怪談「うなじの矢」
大学生のKが、夏だというので肝試しに行った。
車で三十分ほどの場所に寂れた集落があり、古い神社がある。
その神社は、昔は村人たちに信仰されていたが、今では誰も参拝しなくなり、荒れ果てているという。
夜、訪れると恐ろしい目に遭うという噂があった。
その程度の心霊スポットで、地元の人にしか知られていない。ネット上にも情報はない。
ある晩、Kは友人のTを誘い、車に乗り合わせてその神社に向かった。
着いたときには日付が変わる頃だった。神社周辺は深い森、暗くて静かだった。ただ、ときどき、奇妙な鳴き声やざわめきが聞こえてきた。
鳴き声は鳥だろう。ざわめきは草木が風に揺れているんだろう……。
「ここが噂の神社か」とKが言った。
「思ったより不気味じゃん」とT。
二人は車を出て、鳥居をくぐり、境内に入った。
神社はむしろ祠といったほどの大きさ。朽ち果てていて、屋根も壁も崩れかけている。
手水の水盤も角が崩落し、水もなかった。
「いちおうお参りするか」
Kは言って、神社の前に歩み寄った。Tもついてきた。
二人が手を合わせた瞬間、突風が吹いた。木々が揺れ、葉が舞う。
それが収まったかと思うと、森の中から不気味な声が聞こえてきた。
「おおぉぉぉぉ……」
「うわぁぁぁぁ……」
「きゃあああああ……」
二人は驚いて顔を見合わせた。
「何だこれ?」Kはきょろきょろする。
「やばいやばいやばい」Tはもう、足早に鳥居の方へ走り始めていた。
二人が鳥居の前まできたときにはもう、風も声も止んでいた。森はまた静かになっている。
「なんだったんだ?」
「知らん。でも、不気味すぎる」
帰る前に、Kはスマホを取り出し、鳥居や森の様子を撮影した。Tは動画を撮ると言ったが、あれ、あれと首を傾げて画面を見つめている。
「おかしいな。画面が真っ暗だ」
しばらくあれこれやってみたが、反応しなかった。
「充電切れ?」
「さっきまで満タンだったのに」
動画撮影はあきらめ、二人は神社をあとにした。
翌日、KはTにSNSでメッセージを送った。
「きのうのあの神社、怖かったな」
すると、Tから返事が来た。
「何の話? おれは行っていない」
Kは驚いて、やり取りを確認してみた。すると、昨日の夜にTと神社に行く約束をした記録自体がない。他のメッセージは残っていたが、神社に関するものだけが消えている。
KはTに電話した。Tはすぐに出たが、神社のことになると、やはり話が噛み合わない。
「昨日の夜なら、一人で家にいたよ」とT。
「じゃあおれは一人で行ったのか?」
「そういうことらしいね」
Kは信じられなかった。
そこで、Kは改めてスマホで写真を見てみた。まちがいなく、神社の写真がある。鳥居や森が写っている。
だが、鳥居を背後に二人並んで自撮りした写真に、Tの姿がなかった。自分だけが写っていた。
Kは混乱した。自分の目や耳や記憶が信用できなくなった。
これは直接、確認してもらおう……。
すぐTに会うことにした。
Tはこれからバイトがあるというので、近くの駅前で待ち合わせることにした。
Kがやや遅れて着くと、Tは広場に背を向けて、たたずんでいた。
近づくと、何か違和感を覚えた。Tの後頭部に何かが生えている。
それは、長さ五センチほどの矢だった。木製で、羽根がついている。それがTのうなじに、突き刺さっているのだ。
「おまえ、うなじに何か刺さってるぞ」
Tは掌でうなじを触り、あっと小さく叫んだ。
「何これ」
血は出ていないし、痛みはないという。
「鏡のあるところに行こう」
そうして確かめてみたが、鏡には何も写っていない。
「俺にしか見えないのか?」
「でも……確かに、そんな感触はあるな……」
その日の夜、Tが交通事故で死んだ。バイトが終わっての帰りに、トラックにはねられたという。
Kがショックを受けたのは、言うまでもない。葬儀に参列したかったが、地元でとの両親の意向で、それはかなわなかった。
数日後の朝、Kは突然の痛みで目を覚ました。
うなじが、痛い。Kが悲鳴を上げて手で触れると、そこには矢のようなものが刺さっていた。
感触からすると、木製で羽根付き……Tのうなじにあったものと同じらしい。
Kは恐ろしくなった。自分もあるいはTと同じように……? この矢を抜く方法はないのだろうか?
だが、結局Tのように命を失うことなく、Kは今も元気だ。
合わせ鏡をして見てみても、矢は写らなかったという。しばらくの間、その感触はあったのだが、気づいたときにはもう、消えていた。
ただ、それからKはときどき、耳元で声を聞くようになったという。何をしていても突然、何の前触れもなく。
「おおぉぉぉぉ……」
「うわぁぁぁぁ……」
「きゃあああああ……」
それは、神社で聞いた声で間違いないという。
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