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仕事への滅私奉公を無意識のPR材料にするリスク

先日、スポーツチームでS&Cコーチをしている知人と情報交換をした。その中で、少し声を潜めながら「実はうちに新しく入ったヘッドトレーナーが、精神的にやられちゃって途中で辞めたんですよ…」という話をしてくれたのだ。

多少驚いたものの、口から衝いて出た言葉は「あぁ…あるよねぇ。」
あまり表には出てこないが、実はよくある話だったりするからだ。

想像を絶する重圧の中で働く現場スタッフ

アスレティックトレーナーや治療家だけに限らず、S&Cコーチや技術コーチも、長いこと現場に関わっていると、同じことが結構起こっている。

スポーツ現場のスタッフは、未経験の人からするとちょっと想像のつかないような、ものすごい重圧の中で仕事をしているもの。だからこそ、現場の人間関係というのがとても重要だ。何しろ家庭にいるよりも長い時間、そのスタッフの中にいるわけなのだから。

ここの人間関係が難しかったり、少しパワハラ的な人やあまりにも価値観が違う人がいると、ものすごい苦痛になったりする。

 また別のトレーナーからは、「最近は体制も変わって、随分と仕事が楽になったので、何とか自分らしくやれています。」という話があった。

休みの日に普通に家で過ごしていた時に食器洗いをしていた奥さんがふと顔を挙げて、「そういえばよかったわね、あなた。今年は家での愚痴を全然言わなくなって、減ったもんね。随分と今の職場は楽になったのね。」と言ってもらった、というのだ。

何か涙が出そうになるような話だが、家族は敏感に現場の状況や今の立場、追い込まれ方というものを感じているものだ、というのがよく伝わってくるエピソードだと感じる。

一番やっかいなのは真面目な「滅私奉公」型上司

仕事に対して不真面目だったり、選手に対して好き嫌いがあるスタッフ。こういう選手はイジりやすいからもっと言ってもいいや、といったパワハラ的な、本当にハラスメントに近いような距離感が分からないスタッフ。

本当に一部であり、時間経過とともにと自然淘汰されるのだが、やはりたまにいたりするものだ。こういう輩は言語道断であり、そういう人材には即効辞めてもらうべき。

多くの専門家は本当に真面目で、生真面目すぎるぐらいだ。だからこそ、現場仕事に対して、

・滅私奉公すること
・とにかくやれることは全部やるべき
・時間の限り、現場に徹底的に尽くす

 こういった美意識を持ち、それが無意識のPR材料になってしまっているように見えるスタッフは多数いるもの。

 しかし、この価値感は本当に危険で、リスクしかないと私自身は思っている。冒頭の話のヘッドトレーナーにも繋がるが、新しく入ったので早く自分を認めてもらってチームに溶け込みたい。だから、誰よりも長く、労働するんだ!というケースが多いからだ。

 こういったタイプは前述したパワハラ型の輩よりも、実は厄介なことが多い。

 こういった姿勢を持つ専門家の多くは、本質的には「コンプレックスを抱えている」タイプが多いからだ。

 自分の能力に対する自信のなさがあり、突き詰めると自分に自信がない。現場でみていると、充分に能力があるように見受けられても、こればかりは本人がどう感じているかの問題だ。

 ・自分は誰よりも頑張っている
・誰がどう見ても自分が一番時間を掛けている
・自分は生活の大部分の時間をこのチームに捧げているんだ

 こういった気持ちで、自分を保っているタイプ。このタイプは、本当に精神的に危険な状態になりやすい。それだけでなく、他のスタッフへの静かな圧力になっていることに気づいてもいない。

無意識のうちに「自分はこれだけやっているのに、もう帰るのか?」とか「なんで要領よくやろうとするんだ!」のような負の感情を持っており、そういったネガティブな感情というのは、意外と伝わりやすい。この感覚には、あなたもうなずいてくれるのではないだろうか。

全力と効率のバランスにも目を向けるべき

 選手のために時間を割くことは大事である。そしてやれることをやるというのはプロとして当たり前だ。しかし、本当に微に入り細に入り、全部を自分でやろうと思ったら24時間ではとても足りないのは、想像に難くないだろう。

 だからこそ、今と同じ成果をどれだけ効果的に効率よくできるかということを考える。こういった価値観を持つべきだ、というのが私の考え方だ。

今の7割の労働時間や労力で、今と同じ成果を上げるにはどうしたらいいんだろうかという視点。真面目な人ほど、こういった質問を自分に問いかけてほしいなと本当に心から痛切に感じる。

ある種「別人格」を演じる意識も

私自身がスポーツ現場で20年以上過ごしてきて意識していることは、本来の自分と別人格をきちんと置けるかということだ。

どういうことかというと、普段の自分とスポーツ現場(仕事場)に行った時の自分の人格を、切り替えるべきだ、ということ。

私は普段、選手たちと話している時ほど快活ではない。人のことを気にするよりも自分のことばかり考えるようなタイプだ。選手の心理状態や変化に気づいたり、スタッフとしてどうあるべきか、プロとしてどう立ち居振る舞うべきか、というようなことを常に考えているような私生活ではないのだ。

しかしひと度、スポーツ現場に立った時にはスイッチを入れて、その別人格に持っていくことで自分を演じる。演じることに慣れてしまえば、重圧感じすぎたり、自分が精神的にやられてしまうことは随分と減るという実感がある。

スタッフを認めて努めて笑顔に

特にメディカル系や治療家、アスレティックトレーナーの方は、遊びが少ない人が多いなという印象だ。そういう方に関しては本当にシンプルに「認めて、頼んで、笑え」とよく伝えている。

 他の仲間やスタッフ、そして選手、自分自身もしっかりと認める。その上で困ったことや自分にできないこと、自分で全部を背負わないでやれることは周りに頼む。

選手自身にも「俺、ちょっと今、時間がないからさ、こういったことは自分でやってくれよな。こんな風になったら呼んで。」という具合だ。

 同じことを伝えるにしても、すごくテンパっていてピリピリしながら「ちょっと待ってろ。」と言うのと、「俺、ちょっと弱っているんだよ。時間ないんだよ。お願いな。」と言うのでは選手の受け取り方も全然変わってくるのは、わかってもらえるはずだ。

 そして、無理やりでもいいのでできるだけ、笑うこと、口角を上げることを心がける。

ピリピリして、難しい顔をして、眉間にしわを寄せて、目線を合わさずに選手やスタッフと接して、いいことなんて一つもないのだから。

少しでも無理にでもいいから笑う。楽しいから笑うわけではなく、笑ったり明るい顔をすることによって気持ちが軽くなることは絶対にあるのだ。

できるだけテクニック的にしっかりと笑うこと。笑うことによって周りの空気も柔らかくなるし、他のスタッフや選手たちも動きやすくなり、相談もしやすくなることを肝に命じておいて欲しい。

 これらを少し意識することで、自分自身も周りも随分と楽にすることができるし、実際の評価にも繋がるのだ。

 まとめ

私は今、少しずついろいろな現場に関わっているが、今回話したような、少し俯瞰した視点を持ちながら、自分の全力を尽くす、というのは、ものすごく重要だと改めて感じている。

一生懸命やっているのは分かるが、これで認められるのかな?
このままでこの人は仕事も家庭も持つんだろうか?

そんな風に感じることは多い。そういった方たちには、本当に早く「認め、頼み、笑え。」ということを思い出して欲しいなと思っている。

 ちょっとお節介な内容だったかもしれないが、自分の時間の全てを仕事に捧げるといった滅私奉公に対して、こういう風にしたらいいのではないかという提案。参考にしてみてほしい。

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