【怖い話】ビル清掃のバイト

これは求人情報を漁ってたときの話なんだけど。
変な求人を見たんだよね。でも、これは何年もひきこもりニートで、社会を知らないから変に思ったのかもしれない。とりあえず、正社員、契約社員、派遣社員、アルバイトの区別しかわからない人間が、ネットで見つけたんだよ。その求人を。

『月2回でOK!高単価ビル清掃!』

業務内容は、毎月1日と15日に1時間だけあるフロアの掃除をするだけ。資格も必要なし、学歴不問。そんな求人があるのか、って俺も驚いたんだけど、もっと驚いたのはその時給。

20000円。

いや、おかしいだろ。1時間2万円って。
怪しい求人だってもう、すぐに分かった。
でも、やっぱり俺ももうすぐ三十路でさ、やっぱり親から言われるわけ。アルバイトでいいから働けって。今週中に仕事決めなきゃ出て行かせるってマジ顔で言われてさ。だからなりふり構ってられなかったわけ。月4万貰えるって事だろ? だったらもうこれでいいかって。

で、電話かけたら一発OK。面談も無かったし、履歴書も用意したけど必要なかった。
この時点でやめときゃよかったって今でも思ってる。
もうね、電話先がすごい必死なの。本当に掃除1時間するだけで2万なんですか?って聞いたら、もう相手がね、おかしいの。

「大丈夫です!! 大丈夫です!! 本当にモップかけるだけですから! 大丈夫ですから!!」

必死過ぎて逆に怖かったよ。だって清掃のバイトだぜ?
なんでそんなに必死な声してんだよって。
まあでも、こっちとしてはお金ほしいから気にしないようにしようとしたんだけど。

当日、朝早くからその採用担当者からスマホに業務のやり方のメールが来たんだけど、ここも、今思えばおかしかったと思う。

『業務のやり方
掃除用具入れのモップを使って4階をからぶきしてください。フロアの廊下の四隅には盛り塩が置かれていますので、掃除用具の中の塩と取り換えてください。業務が終わったら速やかに帰宅してください。係の者が塩と掃除を確認次第、指定口座にお金を振り込ませていただきます』

塩?
そんなことは聞いてない。盛り塩って明らかにヤバイやつじゃん。正直バックレようかと思ったよ。でも金は欲しいから、行っちゃったんだよな。現地。

指定されたビルはマジで普通のビルだった。
廃ビルだったらどうしようって思ったけど、中には会社もあるっぽい。その件の4階にも会社はあった。とりあえず事故物件には見えなくて一安心。

で、エレベーターで4階行ったんだけど。
その時、あれ?って思ったんだよね。
4階には3社入ってるはずなんだけど、全部閉まってたの。真っ暗。ドアも開いてない。
マジで? って思ったけど、ほら、その時インフル流行ってたからさ、学級閉鎖みたいな感じなのかな? って思って普通に掃除用具入れ漁ってモップかけしてたんだ。

なんもなかったよ。
ああ、なんか心霊現象とかに巻き込まれるのか? って覚悟してたけどマジで何にもなかった。四隅の盛り塩見るまでは。
盛り塩さ、見たことないくらいに黒くなってて、形も崩れてんの。四隅全部じゃないよ。トイレに一番近いある会社……、仮にA社って言うわ。A社の前に置いてある奴だけ。他は綺麗だった。
うわ、って思ったよね。でも深く考えないようにして、掃除用具入れに貼ってあったやり方通りに崩れてる奴だけ盛り塩作って、その日は設定してた1時間のアラームが鳴ったから帰った。翌日にはちゃんと2万振り込んであった。

次も来てくれますか?って電話もかかってきてさ、何も無かったから2つ返事でOKして、またあのビルに行くことになった。

15日になって、現場行って、エレベーターで4階行った時、あれ?って思った。
なんか変だなって、1日と同じように4階の会社は全部閉まってた。それはいいんだけど、なんか、なんかが変だった。4階に着いた瞬間、何? 本能っていうのかな、やめろやめろ! って言ってた。でもなんも無いの知ってるから、俺は金の為に掃除を始めた。

盛り塩、全部崩れてた。
前回整えたA社の前なんか皿こえて床にまで零れてた。まるで誰かが蹴り倒したみたいに。
そしてその延長で床を見て、やっと異変が何かに気が付いた。

――この階、1日以降に掃除されてないんだ。
ほこりが床にたまってた。髪の毛とかもめっちゃ落ちてた。
俺、社会の事よくわかんないけどさ、ふつう毎日掃除するもんじゃないの?
前回はそういうもんかって気にしなかったけど、給湯室っぽい所のペットボトルゴミとか山になってたぞ?
俺は気になって(本当はいけないんだけど)ひとつ下の階までエレベーターで降りてみた。階段で行こうとしたけど、3階に続く階段は扉で封鎖されていて、仕方なくエレベーターを使った。
3階の給湯室にはゴミはたまってなかった。床も奇麗だった。盛り塩もされてなかった。

じゃあ、4階だけなのかよ。

改めてエレベーターで4階に行く。
嫌な予感が胸にこみ上げた。
だって、多分「いる」んだろ?
これは今でもわからないし、予想に過ぎないんだけど。恐らくこのフロアには1日と15日には「来てはいけない」んだ。髪の毛が落ちていたりペットボトルの量から人が普段来ている事はわかる。その人たちは今日はいない。何故か?

恐らく、1日と15日には、

「何かがいる」

でも、何がいるのかはわからない。姿はない。
いや、大丈夫だ。例え曰く付きだったとして、前回だって何もなかったんだ。今回だって何もないに決まってる。
俺は掃除を続けた。
前回と同じく、フロアにモップかけて、盛り塩を変えようとした。
でも、A社の前だけが何故かうまく盛れない。何回作っても崩れる。そうして四苦八苦しているうちに1時間のアラームが鳴った。帰る時間だ。でも盛り塩がまだできない。何回やってもできない。

5分、オーバーした。
足音がする。確か担当者が確認しに来ると言っていた。担当者が来たのか?
なら、この事を相談して手伝ってもらおうか。
俺は階段に目を向けた。階段はA社の左向かいにある。

トン、トン、トン。

誰かが下から上がってくる。

あれ? でも担当者ならおかしくないか?
4階の階段は扉で封鎖されている。鍵がかかっているのか開かない。非常階段のランプはついているけれど、なぜか開かない。だから俺はさっきエレベーターを使ったんだ。

トン、トン、トン。

担当者なら、知っているだろう。4階の階段の扉で封鎖されていることくらい。だったら、エレベーターで来るはずだ。

じゃあ、「誰が、今ここに向かっている」んだ?

音が止まった。

「だ、だれか、いるんですか……?」

俺は扉に向かって話しかけた。

「そこ、鍵かかってて開かないですよ。エレベーターでこっち来た方が…」

ドンッ!

鉄の扉を叩く音がした。

ドンドンドンドンドンッ!

「ひ……っ!」

多分だけど、あっち側にはなにかがいる!
扉が何回も叩かれ、その音の中、俺は震える手で盛り塩をつくる。
早くこれを作って帰らなければ!
そうして気付く。

今、外からドアを叩かれている。
「そいつ」はこっちに入ってこれない。それはこの叩く音からして確かだ。
返答がない事からおそらく人間では無いだろう。

だったら、だ。

前回から盛り塩を壊し続けてる奴、どこにいるんだ?

俺はハッとして後ろを振り向いた。誰もいない、当たり前だ。
でも、見えないけれど、確かに居るのだ。1日と15日の前、盛り塩を壊している奴が。
この、目の前にいる「なにか」こいつは盛り塩に関係ない。
関係があるのは、もしかして。

ドンドンドンッ!

扉を叩く音、その意味を理解してしまった俺は、盛り塩を諦めて掃除用具も片さずにエレベーターに乗り込んだ。
家までの道中、震えが止まらなかった。
俺はひきこもりでニートで、中二病で、男だ。
だからとは言わないが、興味はあった。だから少しだけ知っていた。

『---・ ---- ・-・・ ・・・ -・-・ -・-- ・・ ・-・-』

扉の外から叩かれていた音のリズム。
あの「なにか」は「扉を開けろ」と俺に伝えたいわけではない。
本当に俺に伝えたかったのは――。

給料は振り込まれなかった。
それでも良かった。あんな仕事、2度とやりたくない。

それから、あのバイトの求人は見かけない。
きっと探せばどこかにあるんだろうけれど、俺はもう探そうとしない。
いくら時給が高くても死ぬのは御免だ。
あれ以降、俺は近くの神社のお守りを肌身離さず持ち歩くようになった。
だって、あの「なにか」が俺に忠告をしていた時、俺のすぐ横で盛り塩をつくる邪魔をしていたのは、間違いなく、「よくないもの」だったのだから。





このお話はフィクションです。一般の団体、個人とは一切関係ありません。

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