ジャパネットさん

はじめに断っておくと、この記事は「ジャパネットたかた」には一切関係が無い。

先日、息子の幼稚園で誕生日会があった。誕生月の子は、保護者も招待され、ホールで壇上に並び、名前と、何歳になるのかと、将来なりたいものを答える。
年少組の子は、アニメのヒーローとかプリンセスとか、夢がある答えをする子も多い中、息子の回答は「警察官」だった。なかなか堅い答えに聞こえるが、息子は「警察24時」とか「緊急車両24時」といった番組をよく見ているせいである。私が戦隊モノの特撮やヒーローアニメみたいなものが昔から苦手で、息子にも積極的に見せていないのもあるだろう。
誕生日会のたびに、将来の夢の質問に答えることになるのだが、来年はきっとまた違う答えになっているのではないだろうか。気が早いが、どんなふうに変わっていくか楽しみだ。

私も子どもの頃から、さまざまな職業を将来の夢に掲げてきた。今はそれらとは全く違うしごとについている。いまの息子と同じ歳頃に抱いた、最初の将来の夢は「スーパーのレジの人」だった。
商品の入ったカゴをススーッと移動させ、手際よくバーコードを機械に読ませていく。そんな動きがかっこよくて、自分もやってみたいと思っていた。たまに祖母と一緒に行くスーパーで、レジに立つ店員さんを憧れの目で見つめていた。
学生時代のアルバイトでレジ打ちはやったし、新卒で百貨店に就職したので、ここでも飽きるほどレジに立ったが、その頃にはもう、幼い日の夢が叶ったという感慨もなかった。

前置きが長くなったが、今日書きたい本題はここから。

最近は、スーパーでもコンビニでも、フルセルフレジを備えた店が増えた。私が子どもの頃憧れた、バーコードをピッとやる作業が誰にでもできる。
スーパーにセルフレジがあれば、基本的にそちらを選ぶ。ピッとやりたいからではなく、その方が会計と袋詰めを同時にやれて効率がいいように思うからだ。それに、私は人とコミュニケーションをとるのが苦手なので、ほんのわずかな店員さんとのやりとりでさえ、避けられるなら避けたい。他人の手を煩わせずにすむなら、そのほうがいい。
しかし、どうしても有人レジを選ばなければならないこともある。近くの某ディスカウントスーパーは、セルフレジで使える決済方法が、現金かバーコード決済に限られている。我が家の家計管理の都合上それでは困るので、いつも有人レジを使わざるを得ない。
このスーパーは、いつも混んでいる。安いうえに規模も大きいので、客数は多いし、みなカートにいくつもカゴをのせ、商品を山盛りにしてレジにいく。時間帯や曜日によっては、レジ待ちの行列ができていることもめずらしくない。
誰しもがそうだと思うが、できるだけ待ち時間は短い方がいい。だから、早く進みそうなレジはどこか、己の眼力と思考力をフルに使って、その判断を瞬時に行わなければならない。会計待ちの列が短ければ早いとも限らない。客のカゴの中身の量、品物の種類によって、1人をさばくのにかかる時間は大きく変わる。レジを打つ店員さんの技量も重要な要素だ。新人研修中のレジが遅いとは限らない。フォローに入っているベテランがいれば、1.5人分くらいの作業スピードになることもある。

このスーパーには数年通っているので、店員さんの顔も何人か覚えている。その中で、私が内心「ジャパネットさん」と呼んでいる人がいる。
ジャパネットさんがいるのを見つけると、私はすかさず彼女のレジを選ぶ。けったいなあだ名で呼んでいるが、彼女はべつに「高田さん」ではないし「佐世保さん」とかでもない。私は人の名前を覚えるのが苦手なので、いまだに正確な名前は覚えていないのだけど。なぜジャパネットさんなのかというと、話し方がジャパネットたかたの人っぽいからだ。バカにしているのではない。ハキハキとした小気味良い話し方で、早口ぎみではあるが滑舌よく、ざわついた店内でも言葉が聞き取りやすい。そこに敬意をこめてジャパネットさんと呼んでいる。
ジャパネットさんは、入社したての研修中のときから、研修中とは思えない手際の良さだった。ほかのスーパーで働いていたことがあるのかもしれない。店員さんによって、作業のなかにも個性がそれぞれあると思うのだが、ジャパネットさんはとにかく速い。人によってはスピードよりも、レジを通した後カゴの中にいかにキレイに商品を詰めていくかにこだわりを持つ人もいるが、私はそのタイプの人と相性が悪い。私はとてもせっかちなので、カゴの中で何度も商品を積みなおしたり出し入れしたりされるとイライラしてしまう。どうせすぐまたカゴから出してマイバッグに詰め直すのだ。よほどつぶれたり崩れたりしなければ、だいたいで構わないと思っている。マイバッグに入れる時に、一番下に重くて硬いものや安定した形のものを入れたいので、カゴの底にそういうものをキッチリ敷き詰めて、テトリスのように隙間なく上に積まれると、袋詰めする時には逆にカゴの上の方に積まれたものを一旦取り出し、底から掘り起こさなければならなくなる。急いでいる時に、あーでもないこーでもないとカゴの中の整理整頓を繰り返す店員さんに「適当でいいですよ」と言ってしまったこともある。
その点、ジャパネットさんは速い。直感的に手に取った順に商品をレジに通し、サッサッとカゴに移していく。詰め直したりすることはあまりない。動きに無駄がない。そして商品を通しながら「トマトが1点〜」などと言うときも、常に滑舌がよく、小気味良いのだ。
愛想がいいかというと別にそういうわけではない。事務的だが、いらっしゃいませとか、ありがとうございましたとか、挨拶ことばは欠かさない。高級ブランドの店じゃないのだから、その程度で十分だ。
ジャパネットさんの姿をみつけ、その列に並べると、いつもちょっとだけ嬉しい。そんな密かなファンがいることを、彼女は知っているだろうか。知るわけないだろうが、いちいちご意見カードに書くのも恥ずかしい。おもいきって書いたら少しは彼女の時給が上がるだろうか?

セルフレジで気軽に「ピッ」ができるようになった昨今、「スーパーのレジの人」に憧れを抱く子どもはいないかもしれない。もしかしたら数年のうちに、この世から無くなっていくしごとなのかもしれない。
でも私は、ジャパネットさんの列に並びながら、幼い頃にレジの店員さんに抱いていた憧れを、ちょっと思い起こす。


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