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西加奈子 『 i 』 の感想

「そこに愛はあるのか?」 
何か行動するときに、これを自分に問いかけようと決めた。

本を買うとき、あとがきから読む派だ。今回の『 i 』を手に取ったときも同じだった。あとがきは西さんと又吉さんの対談だった。そこで西さんは、「私自身は親の愛を疑わなかったんです。あるとき友達と話していたら、その子、すごくデリケートで、この人たち、なんでこんな私によくしてくれるのかなって思っていたんだって。実の親ですよ」と話した。このセリフを見たときに思い出したのは、西さんと村田沙耶香さんの対談である。西さんが言っている友達は、村田さんのことだか分からないが、私の好きな作家さんが好きな作家さんのことを想って、小説を書いているのだとしたら、とてもワクワクする。

さらに、西加奈子さんの『さくら』は、私の中学生のとき宝物にしていた小説だ。
『さくら』の冒頭でチラシの描写をするのだが、「絵本か?」と勘違いするぐらい脳内で綺麗に再生される。そこからこの本文に引き込まれて、気がついていたら美しさの渦に巻き込まれて、むせび泣いていた。そんな小説だ。
このときから、西さんのやさしい文体に惹かれ、ありえないくらい美しい登場人物とその関係性に惹かれていた。

とにかく、西さんが好きだ。今回もステキな本なんだろうなという確信を持って、安心して本を読んだ。

あらすじ

さて、本題の『 i 』だが、まず冒頭のひとことめ、「この世界にアイは存在しません。」
はい、ずるい。まんまと引きこまれる。

そこからの展開、あらすじとしては、主人公の繊細で考えすぎな女の子アイ。アイは小さい頃に、アメリカ人のダニエルと日本人の綾子の養子となった。アイの生まれ故郷は、今でも内戦が続いているシリア。人が絶えず死んでしまっている貧しい国シリアの現状を、アイは幼い頃から両親から知らされていた。「もしかして他の人の権利を自分は奪ってしまったのか?」そう考え、自身の恵まれている境遇に恥じらいを感じる。自分なんかが誰かを慮ったりしても良いのだろうか? そう考えているアイの周りにいる両親、親友のミナ、夫のユウ、みんなの愛情を受けてアイは自身の考えを変化させていく。

感想

今回も西さん特有のやさしい文体や美しい登場人物にほれぼれした。アイの苦悩がまざまざと想像でき、アイの周りの人たちがアイに愛をたくさん与えているのだなぁとおもうと、すごく心あたたまる。わたしもちゃんと愛のある行動をとろうと思った。

アイが繊細でしかもちゃんとハッピーエンドで終わる。良い作品だった。

繊細な人が生きやすい未来とは?

ちょっと話は変わるが、今回のアイと同じ境遇、「元々シリア出身で、養子として育てられたストーリー」は、スティーブ・ジョブスも同じだ。そして彼がスタンフォード大学でスピーチした死生観を思い出した。

彼は、両親から女の子が欲しかったと言われていたらしい。つまり、彼の両親が彼のことを養子として受け入れなかった未来もあると考えられる。以下、彼の死生観の一部だ。

私は17歳のときに次のような一節に出会いました。「毎日をそれが人生最後の一日だと思って生きれば、その通りになる」という言葉でした。それはとても印象に残る言葉で、その日以来33年間私は毎朝鏡に映る自分に問いかけるようにしているのです。

なぜ彼はこんなに死について考えていたのか? もしかしたらシリアで生まれた自分、養子としてもらわれなかった自分について深く考えたからかもしれない。ただ彼が「stay foolish stay hungry」と言っているように、彼のハングリー精神はすごかった。この本の主人公アイと違って。

さて『 i 』のアイに話は戻すが、彼女はずっと自分が人の権利を奪ってきてしまったと感じていた。彼女は謙虚だった。それゆえに、もがき苦しんでいた。

なぜ、スティーブ・ジョブズのように自分に貪欲に生きる人間が成功して、アイのように繊細な人間がもがき苦しむ運命にあるんだろう?(別に私は貪欲さが悪だと考えているわけではないが) 
そもそも資本主義社会で成功するためには、利潤を追う、つまり合理的に他人を切り捨ててまで、会社の利益を追う姿勢が成功に繋がるからかもしれない。現に、スティーブ・ジョブズはApple創業のときガレージで一緒に働いていた仲間たちを優秀じゃないという理由で切り捨てた。
対してアイは、死にゆく人たちを記録し続けて、彼女には本当は関係がないことなのに、心を痛め続けた。

確かに、現代はどちらが生きやすいか? と尋ねられたらスティーブ・ジョブズかもしれない。彼が放った、「もっと自分のために生きなさい」というメッセージは多くの人の心を捉え、彼のように生きたいと強く願わせただろう。

アイの繊細さ、他人の目を気にする気持ちに共感するあまり、そこにある生きづらさについて考えた。
でも、これからの時代、確信を持っているわけではないが、もっと混沌とする気がする。盲目的に1つのことだけをやり進めて成功するやり方が主流だった時代から、複雑なことに真剣に悩める人が成功する時代になりつつあるなと感じる。
世界がもっと多様性、選択肢が重んじられ、従来のやり方では成功しなくなった未来、もしかしてアイみたいな繊細な人、他人を気にしてしまう優しさが利点となる可能性も十分ありえると思う。
アイが生きやすい未来、繊細で今を生きづらい人が生きられる未来を夢想する。それはどんな世界になっているのだろうか?

小説内のステキな言葉

選ばれた自分がいると言う事は、選ばれなかった誰かがいると言うことだ。

生まれた環境によって信仰する神が違うのであれば、「神」とはどういう存在なのだろうか。

9.11から4年経って、ニューヨークは元の姿を取り戻していた。と、テレビで言っていた。亡くなったおよそ3000年の命は元には戻らないのに?

でも、いつ、悲しみ終えたのだろうか。皆が悲しみ終えていい瞬間は、いつ訪れたのだろう?

人が「どうでもいい」と言うときは、「どうでもよくない」時だと、経験から知っていた。

罪に1度も手を染めたことのない、だからといって汚れていないわけではない自分の手を。

誰かのことを思って苦しいのなら、どれだけ自分が非力でも苦しむべきだと、私は思う。その苦しみを、大切にすべきだって。

知らないことを罪悪だと思ってきた。自分の悲劇、世界中で起こっている悲劇に目をつむること、耳を塞ぐ事は幸福な人間の傲慢で、おぞましき罪悪だと思ってきた。

誰かのことを思って、苦しいのなら、どれだけ自分が非力でも苦しむべきだと、私は思う。その苦しみを大切にすべき。

自分で起こったことではなくても、それを慮って、一緒に苦しんでくれることができる。想像するというその力だけで亡くなった子供は戻ってこないけど、でも、私の心は取り戻せる。

自分の幸せを願う気持ちとこの世界の誰かを思いやる気持ちは矛盾しない。

小説内の知らなかった単語

セロニアス・モンク=アメリカのジャスピアニスト
ハラルフード=イスラム教(ムスリム)の戒律によって食べることが許された食べ物
ハヌカ=ユダヤ教のお祭
シナゴーグ=ユダヤ教の会堂
コーシャ=ハラルフードと同意義。
イスラム教のスンニ派=多数派、全体の90%程度を占める。
イスラム教のシーア派=少数派、全体の10%程度を占める。
ヤジディー教=中東のイラク北部などに住むクルド人の一部において信じられている民族宗教。
シリア正教=東方諸教会あるいはオリエンタル・オーソドックス教会[2][3]に分類されるキリスト教教派の一つ。
コニーアイランド=アメリカ合衆国ニューヨーク市ブルックリン区の南端にある半島。

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