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星芒鬼譚35「…帰ったら、いなり寿司だかんな」

「やっと、終わりにできるんですね、この命を」

道満の声は震えていた。
死にぞこないの体を引きずりながら、ずっと求めていた。死という終わりを。
しかし、いざ目の前にすると体が竦むのはどうしてなのだろうか。
晴明も、わずかに震える拳を握りしめた。

「ああ…ゆっくりと休むとしよう…お前をこの手で葬り去ってからな!」

千年もの時に耐えうるように、人の体はできていない。
道満は体が軋み始めたのを感じていた。
まるで、自分のものではないかのような。
強大な玉藻の力を使った代償なのか、晴明の動きは目に見えて鈍くなっていた。
光太郎、夏美とヴァンヘルシングの連携攻撃で追いつめられていく。

「晴明さん…終わりです!」

ついに膝をついた晴明に、今度こそすべての攻撃をぶつけんとしたその時だった。

「まだだ!」

晴明が玉藻から奪ったのであろう力の残滓が空間を包んだ。
道満を除いた全員が、そこに縫い留められたかのように身動きできなくなった。
光太郎が必死に抵抗する。夏美は晴明を睨みつけ、ヴァンヘルシングは諦めたようにため息をついた。

「これは私とお前の戦いだ。邪魔者は不要のはず」

晴明が小刀を道満へと向ける。
そうだ。晴明さんはもともと負けず嫌いで、将棋なんかでも負けそうになると「まだだ」と粘っていたっけ。それが子供みたいで、思わず頬がゆるみそうになるのを必死に隠しながら次の一手を待ったものだった。
ずっと、そんな日々が続いていくと思っていた。

「そうですね…最後の師弟対決といきましょうか」

鉄扇を構える。
さっきから体が鉛のように重い。
道満は考えるのをやめた。今は、目の前の師匠とただ向き合いたかった。

「道満!一人でなんて無茶だ!!」

イヅナの叫びが虚しく響く。
晴明の小刀を鉄扇で受け止めた。ぎりぎりと込められた力が伝わってくる。

「思い出すな、お前が初めて私の屋敷を訪れた日のことを」

緑がみずみずしく輝く頃の、穏やかな晴れの日だった。

「呪術勝負を仕掛けて負けた、あの日のことですか。僕もまだ若かった」

誰にも負けない自信があったから、勝負を仕掛けた。
しかし、実際は晴明の足元にも及ばなかったのだった。

「面白い若者だと思ったよ。私に勝負を挑む者など初めてだったからな」

自らの負けを認め弟子入りを申し出た道満に、晴明は柔らかく笑いかけた。
優しい風が吹いていた。
あの時、初めて人に受け入れてもらったような気がしたのだった。
もう、遠い昔のことなのにこんなに鮮明に思い出せる。
晴明さんも同じ光景を覚えているだろうか。もしも覚えていたのなら、こんなことにはなっていなかったんだろうか。

「…僕らは、どこで間違えてしまったんでしょうね」
「さあな…今となっては、もはやどうでも良いことだ」

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