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人生のどのタイミングで車が好きになるのか。

先日車を買った。軽自動車の新車をね。
車体価格が安く、燃費が良く、小回りが利く。私が車に求めるモノはまずはこの3つ。デザインとか色とかそういった部分に拘りがまったくないといえば嘘になるが重要な部分は先に上げた3つである。

車に求めるものが決まっているので不必要な装備はきっぱりと断るため商談自体は非常にスピーディーである。

車を買うとき、いつも思い出す事がある。
まだ私が10代だった頃に父親が言ったセリフだ。この頃の私はバイクにハマっていたのだが、
「歳を重ねればいずれ車にしかならなくなるんだから、今はバイクに乗っていてもいいんじゃないか?」
バイクに乗る私を心配した母に向けての言葉だったが何ら心配の解消になっていないところがウケる。

車に興味のない私からすると、ふーん、いつかは車にしかならなくなるのかぁ〜なんてアホの子みたいなことを言っていたと思う。

時は流れ中年の域に入った私は未だにバイクに乗っている。車への興味やその使用頻度は父の予想を外れまったくないと言っていいほどだ。ちなみに母は未だに心配している。

この度の購入も嫁が必要だから買っただけでそれがなければ購入はしなかっただろう。それほどに車というものに思い入れやロマン的なものを感じない。移動のためのツールという感覚から抜け出せないのだ。

原体験があるか無いか

幼稚園時代、とにかくミニカーを集めるのが好きな友人がいた。話題はまずミニカーから。何が欲しいかと聞かれれば当然ミニカー。親が買い物に行くよーと声をかければ「ミニカー買ってくれる?」と聞くような友人だった。私も彼の膨大なコレクションを見せてもらっていたが、どうにもピンとこない。何がいいのかサッパリ分からないのだ。そんなガラクタより早く戦隊モノのおもちゃ使って戦隊ごっこしようぜ、って思ってた。
年齢的には4、5歳ぐらいのものだが、彼にはこの短い人生の中で車にまつわる強烈な原体験があったに違いない。
大人になってから彼に会ってはいないが、あのときの気持をそのまま持ち続けているならきっといい車に乗っていることだろう。
私にはこうした車に対しての強烈な原体験がなかったのだろう。だが当時放送されていた仮面ライダーBLACKには衝撃を受けた。変身後に乗っているオフロードバイク(バトルホッパー)ではなく変身前の人間状態のときに乗っているレプリカ(今で言うカウルで覆われた前傾姿勢のスポーツバイク)で走る姿を見たとき「これはかっこいいものだ!」と子供心に思った。これが未だにバイクに乗る私の原体験になったと思う。
しかし、1つ疑問がある。実は仮面ライダーBLACKの放送は毎回ミニカー少年の家で2人並んで見ていたのだ。つまり、私とミニカー少年は同じ映像を見ていることになる。入ってくる情報も同じだ。
しかし彼はバイクにハマることはなかった。彼のミニカーコレクションの中にバイクは1台もない。

人生わずか数年である。この時点ですでに好みというものが確立されつつあるわけだ。彼のその後が分からないため断定できないが、少なくとも私の例でいくならば原体験はおそらく人生の価値観を決定づけるものになり得る、ということだ。

結局お前は何が言いたいのだ?

私にもわからない。車を買うとき、必ずミニカー少年が脳裏によぎるのだ。今回もあのホームベース顔の少年が嬉しそうに私にガラクタ(ミニカー)を見せてきた。その顔を思い出すうちに何故かこのことを書き留めておこうという気持ちになった。
最初はXでポストしようかと思ったが端的にはまとめられないと思ってnoteにした。

しっかし初っ端の記事がこれって…




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