身体讃歌

ティートゥリーのにおいが好き
なんだけど、どんなにおい?と聞かれたら説明するのが難しい
においって幽霊みたい
ふと、においを嗅いだ瞬間、記憶がふっ飛んでくることがある
ノスってしまう(ノスタルジーな気分になるの意)

香道では香りを聴くというそうで、その言葉だけでも精妙な瞑想的身体が伝わってくる
作家の朝吹真理子さんは伽羅だったか白檀だったか香木を嗅いで身体がイッタンモメンになり文字通りぶっ飛んでしまったことがあると言っていた笑
違う香木を焚いてもらいそのにおいで意識が身体にグラウンディングされ無事帰れたそうな
においには不思議な力がある

ふと思った 視覚・聴覚はオンライン上でも共有することができるけど
味覚・嗅覚・触覚は共有できない

この記事を読んでそのことについて理解が深まった
https://www.mitsumura-tosho.co.jp/kyokasho/c_kokugo/interview/tsukurareta/story3.html

視覚・聴覚は脳でつながる感覚
味覚・嗅覚・触覚は身体をともなう感覚

後者の感覚を共にすることでチームワークや信頼感は強まるという
寝食を共にする合宿はその典型だと言える
一緒に行動を共にした記憶が大切

これは共同体の話だけど個人にもいえることだと思う
食べるとき、触れるとき、聴くとき、嗅ぐとき、見るとき
日常のなかの無意識を丁寧に身体で感じること
自分の身体と共に在る感覚が生きることへの信頼感を育む

しんたいさんかのプロジェクト初期に掲げた
身体讃歌=身体を取り戻そうという構想は
共同体という生きる土台が失われた現代においての拠り所は身体のうちにあるという実感が核にある


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