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ひょんなことから看護学生 受験編

高校の進路相談の時の『そんなことは自分で食べられるようになってからしなさい』という母の言葉にちょっと腹を立て、大好きな演劇にたずさわる仕事をするがために就職したはずの病院。
まとまった休みが欲しい私に看護部長が交換条件的に切り出した看護学校受験。看護師になる気はまったくなかった私だが、休みはほしい。休みか受験か悩んだ結果、私が選んだのは看護学校受験だった。

とりあえず、看護学校の受験を容認はしたが、看護師になる気持ちはまったくなかったこともあり、とりあえず事務長が差し出した看護学校の願書に必要なことだけを書き、看護部長に手渡すとすぐに気持ちは公演のことでいっぱいになった。

看護学校受験という交換条件のもと、友人たちと作った劇団の公演のためにゲットした休み。その休みは舞台本番に向けた準備と稽古に明け暮れ、そして、無事にすべての舞台を乗り切ることができた。
公演はそれなりの成果を上げ、それに気をよくした私は打ち上げの席で仲間たちと次回公演の話で盛り上がり、もらっていた休みのすべてを使いきった。

楽しくて楽しくてあっという間だった連休。長めの連休を終えて職場へ行くと、現実は目の前にやって来た。
そうだ、私、看護学校の受験をしなければいけなかったんだ…。

看護師になる気持ちは1ミリもなかったけど、休みをもらった手前、やっぱり受験はしなければ。そう思うものの、看護学校受験のために何を勉強したら良いのかさっぱりわからず、いや、わかろうとしなかったというのが正解な感じではあるが、受験という現実から逃避するかのように仕事以外の時間は劇団の仲間と次回公演の話ばかりしていた。

しかし、どんなに現実逃避をしていても、看護学校の入学試験の日はやって来るもので…。

受験2日前になった時、『いくら看護師になる気はないとはいえ、私は何も勉強をしないまま受験をして良いのだろうか?』と不安になった。しかし、何を勉強したら良いかわからず…。
とりあえず、同じ寮にいた仲の良い先輩看護師Oさんの部屋へ行き、受験のことを相談したところ、Oさんはたいそう驚き『今すぐ勉強しなさい!』と、その看護学校の受験に必要な科目(確か、数学と国語と英語だった気がする)の参考書を本屋で買ってきてくれて勉強を始めることになった。

でも、そんなOさんの横で、やる気のない私はゴロゴロしたり、Oさんが作ってくれるご飯を美味しく食べて寝る…。そんな私を怒るでもなく、なぜかOさんが黙々と勉強をしている。そんな不思議な時間を過ごし受験当日を迎えた。

受験当日、私はどんな風に看護学校まで行ったのか、どんな気持ちで試験を受けたのか、私の記憶には残っていない。ただ、解答用紙はほぼ白紙に近い状態だったということは覚えている。まったくと言って良いほど勉強をせずに受験をしたのだから当然といえば当然の結果であるが、ここまでできなかった自分の不甲斐なさに少々落ち込んだことだけは今でもはっきりと覚えている。

そんな結果だったからか、受験当日から合格発表までの間の記憶がすっぽりと消え去っている。あまりにもでひどい出来だったので、防衛本能が記憶を消し去ったとしか思えないくらい何も記憶に残っていないのだ。

受験当日の次に記憶されていることは看護学校の合格発表の日のこと。この日は、偶然に私の兄の結婚式の日だった。

兄の結婚式当日ということもあり、家族はみな朝から忙しそうに動き回っていた。そんな家族を横目に、私は合格発表を見に行った。『試験があんなできだったんだから受かっているはずはないって。受かってたら奇跡だよ!それに、私は看護師になる気なんてないんだから!舞台の仕事をしたいんだから…』。私はそう自分に言い聞かせながら合格発表を見に行った。

看護学校に着くと、門の横に合格者が書かれたボードがあった。受かっているはずはないと、自分に言い聞かせながら合格者の番号を一つずつ目で追った。受かるはずはないと思っているにも関わらず、そこには高校の合格発表の時よりもドキドキしている自分がいた。しかし、いや案の定、自分の受験番号は合格者の中にはなかった。

当時は自分が負けず嫌いだと自覚していなかったが、私はかなりの負けず嫌いで、看護師になる気もなく、受験勉強もせずに臨んだ看護学校受験。解答用紙はほぼ白紙。そんな状態で受かるわけはない。そう確信はしていたが、合格者の中に自分の受験番号がなかったことはものすごくショックだった。看護師になれないことではなく、合格できなかったことが何よりも悔しく感じた。

悔しい…。そんな気持ちのまま兄の結婚式の会場へ向かった。『仕方ないよね。自分が勉強しなかった結果だもん』『これでまた思いっきり芝居に打ち込める』『私が看護婦何て笑っちゃうよ』と自分に言い聞かせていないと、悔しさで涙が出そうな気がした。そんな私を追い打ちをかけるかのように、多くの方が『今日はおめでとう』『めでたいねぇ~』と笑顔で私に語り掛けてきた。

そう、今日は兄の結婚式。結婚式場ではお祝いムード満載。あちこちで笑いが溢れ、感動の涙が流れていた。そんな中、私は『何がめでたいんだよ。私は落ちたんだよ。おめでとうじゃないんだよ』と心の中で毒づいていた。そして、このお祝いムードがさらに私の負けず嫌いな性格を後押しするかのように、『看護婦???看護婦になったって良いことなんかない。私は絶対に舞台関係の仕事について成功してやるんだ!』と、密かに闘志をもやしていた。でも、それと同時に心のどこかに看護婦に対するあこがれみたいなものも芽生えた気がした。

≪ 次に続く ≫

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