【掌編】バージンロード
ほらね。と、さぞ当たり前かのような言い方を岡本君はする。いやいやいや、え? なに? えっと、マジック? 最初はこんなふうにリアクションしていた5分前の僕はもういない。
「たぶん、宇宙に行ったと思うんだよ」
小高い丘から投げた紙ヒコーキが、旋回しながら飛んでいき、必ず同じところで消えていく。何度やってもそうだから、岡本君はもうそれを受け入れている。
「宇宙のどこに?」
「探しにいこうかなあ」
「探しに行くのはいいけどさ、帰ってきてよ」
「ぼくがもし消えたらさ、紙ヒコーキをここから投げておくれよ」
両親を事故で亡くして、おじいさんに育てられている岡本君は、そんなふうに刹那的なことを言うときがあって、そのたび僕はドキッとする。そういうときに、どんな言葉が正しいのかわからないから、いつも「うん」と返すだけになってしまう。
「紙ヒコーキに地図を書いて飛ばすから、道に迷わないでよ」
今日はそう、付け加えた。なんとなく。
「じゃあ、そのロードマップを歩いて帰るよ」
「宇宙から歩いて帰るのか、時間かかるよ」
とぼくが答えると、岡本君は、そっか、ってどこか遠くを見つめて頷いた。
*
【臨時ニュースです。先月、宇宙へと飛び立った有人ロケットが消息を絶ちました。ロケットには日本人宇宙飛行士、岡本さんが乗っています】
研究室のテレビから聞こえた音が、コンビニ弁当を食べる箸の手を止めた。消えちゃうなら宇宙がいいな、だから宇宙飛行士になろうかな、そう本気か冗談かわからないことを言った岡本君は、本当に宇宙飛行士になった。僕はふと、ホワイトボードに書いた、「宇宙ポケットに紙ヒコーキを飛ばす方法」の文字を眺める。まだ実証されていないその研究は、あの日に消えた紙ヒコーキのことが知りたかったから。それだけで僕は研究者になった。
ふいに、電話が鳴る。もしもし、と言うなり、「パパを助けて!」と声が届く。花ちゃんという岡本君の娘だ。今、僕にできることは──研究用の折り紙を急いで取り出す。
「花ちゃん、お父さんに伝えたいことは?」
間髪入れずに、花ちゃんが叫ぶ。
「パパ! バージンロード一緒に歩くって言ったじゃん!」
まだ幼稚園児の花ちゃんの叫びに思わず笑ってしまったが、どうやらそれは本気のようで「夢なんだから、パパと歩くの」と少し涙声になった。僕はその言葉を折り紙に記して、旋回する紙ヒコーキを折った。
「お父さんの元に届けるから、必ず」
僕はそう言って電話を切った。それから紙ヒコーキを持って車に乗り込み、あの小高い丘へ向かった。岡本君、もう君は一人じゃないんだよ、勝手に宇宙に引っ越しなんかするなよ。時折、涙がこぼれる。
【続報です。消息を絶っていたロケットから、微かな声を受信したようです。『バージンロード』という声が聞こえます】
今、飛ばすよ、岡本君。
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