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『活かすゲーム理論』刊行記念・座談会⑤

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小ネタに命をかけて書きました

――少し難しい話になってしまったので、「小ネタ」のほうに移りましょうか。

浅古:というわけで、すでにいっぱい話はできたと思いますが、この本の中には小ネタとして、たとえば囚人のジレンマのところでプレーヤーとして「容疑者X」を登場させたり。

森谷:ああ、東野圭吾先生。

浅古:まあそれは読んでからのお楽しみと。

森谷:なるほど(笑)。

浅古:練習問題の中にポケモンの話やヒロアカの話が静かに隠されていたり。

図斎:それに、浅古さんとイラストレーターの滝上英さんが描いてくれた楽しいイラストもいいですよね。

浅古:いろいろイラストも工夫をしていますよね。事例に合わせてイラストを描いて。第6章の「真光(まひかり)電設」と「真暗(まっくら)電設」とか。そういえば、その名前をどうするかというのは喧々諤々でしたね。

©滝上英

森谷:すごいどうでもいいところで議論してたよね、プレーヤーの名前とか。

浅古:どこかで新撰組が出てくるんですけど、新撰組もかなり喧々諤々のうえでこういうのがいいんじゃないかと出てきたり、小ネタが豊富なのでその小ネタを探しながら元ネタを考えながら読んでほしいですね。

森谷:プレーヤーの名前も安直にA、Bと書くと浅古さんが怒ったじゃないですか。そんなつまんないものにするなと。

浅古:普通にプレーヤー1、プレーヤー2と書いているところもありますよ。

森谷:時々ね、ほんのちょっとだけね。

浅古:そういう小ネタのところで元ネタはなんだと考えながら見ていただければ。

森谷:でも、「Gon-K」という人物が教科書に何度も登場するのですが、なんで「Gon-K」なのかよくわからないんですけど。

©浅古泰史

図斎:オリジナルキャラですよね。浅古さんが先にイラストを書かれたので、私はそれに対してそれは違いますとは言えなかったんですけど……私のイメージではGon-Kはまずウェイウェイ系のインフルエンサーというイメージで私は名前を提案したんです。いまっぽい陽キャな若者のYouTuberなのに、本名は権助という昔の日本人みたいな名前をしてるので、DJやラッパーぽくGon-Kと名乗ってますよみたいなふうに思い描いてたんですよ。でも、なんか浅古さんのイラストではどっちかというと迷惑系YouTuberみたいな感じになっていて、ちょっとショックでした。

森谷:第7章のカジノとかやらかしているし。

図斎:だって飛行機にモバイルバッテリーを持ち込もうとしているし。迷惑系なんですよね、結局ね。

森谷:あと気に入っているキャラクターとしては愛田さんと恋下さんがけっこう好きですね。

©浅古泰史

図斎:けっこう今風というかジェンダーを特定しない感じになっているんですよね。

森谷:なっていますね。

浅古:愛田さんと恋下さんが小ネタの出発点ですよね。そこからいろいろ。

逢い引きゲーム[1]についてはジェンダーの問題があるから、言い方を変えたり男女を逆にしたりいろいろされているんだけど、そもそもそういう話自体やめませんかというところはあるにはありますね。男女という見方とか、ボクシングバレエを逆にすればいいとかそういう話でもなくて。そもそも本質的なところはそこじゃないので。

[1] 逢引ゲームは「男女の争い」(Battle of the sexes)と名付けられる解釈が古くから広まっている。この解釈を提唱したLuce & Raiffa (Games and Decisions, 1957, Dover)ではボクシング観戦かバレエ鑑賞かを男女が選び、男性はボクシングを好み、女性はバレエを好んでいるという設定になっている。この著者らが自ら述べるように(同書. p.91)、当時のジェンダーのステレオタイプのイメージを色濃く反映している。

森谷:まあ、そういう真面目な話もありますが、それだけじゃなくて逢い引きゲームのモデルの設定の書き方について、図斎さんと浅古さんの間で長い時間議論してたじゃないですか。どう雰囲気を出すか。不自然な設定じゃないかとか。

浅古:そもそもが不自然なんですよ。

森谷:そうですよね。同時手番で待ち合わせ場所を決めるなんて不自然ですもんね。

浅古:ベースボールとバレエをみるのにチケットが必要じゃんという話。チケット買ってんじゃんという。最終的に図書館とコンピューター室のどちらで自習しに行くかという話になりました。

図斎:逢い引きゲームもすでにデートをどこでするかではなくて、まだそういうところまでいけてないよという話なんですよね。モデルを分析する側の神様としては、お互いに好きなの知っているんだけど、それぞれはよくわかってないし、だから言い出すこともできないし、どこで会おうなんてことも。わりと初々しい、まさに大学1年生とか高校生くらいの子の恋愛というイメージですよね。

浅古:こういう単なる事例みたいなのが現実的になるように変に議論してたよね。図斎さんこだわっていたよね。囚人のジレンマもけっこう書き直された覚えがある。こんなので逮捕されないみたいな。

図斎:なんか突っ込みがあれですよね。

浅古:ま、小ネタにも命をかけて書いているんで

自習用だけじゃない『活かすゲーム理論』の活かし方

――そろそろ2時間も越えてきましたが、他に議論されたいテーマなどはありますでしょうか。

森谷:刊行後の本の反響なんですけど、いろんな先生からコメントいただくと、1人で読むのには事例も多くて面白いし、解き方も丁寧だから自習用にいいですね、というコメントが多かったんです。ちょっと想定外でしたよね。

図斎:でも、たしかにこの教科書、自習用と言ったらあれですけど、本当は講義で均衡もこういうふうに考えますよとか丁寧に説明したいところがテクストになっているんですよね。逆に言うと、本当はこういう話でもって理論的な枠組みを説明したいというのを教科書に投げてもらっちゃって、授業では手をたくさん動かしてみるとか、あるいは活かすというところを授業であらためて丁寧にやるという使い方はできるんじゃないでしょうか。そうすると、アクティブ・ラーニングというか反転授業では使いやすいんじゃないかとは思います。

本当だったら入門レベルでも均衡とかも合理性とかもここまで話をしたい、あるいはしなきゃいけないというふうに思っている先生も多いかと思います。とりわけゲーム理論を経済学部で教えているような先生方は少なからず大きな割合でゲーム理論のプロパーの先生だったりするので、そうすると本当は深い話もしたい。ただ深い話だけやっていると、それで講義が終わってしまうと学生が練習問題を解けない。まして事例を分析することまでは時間が取れない。「ああどうしよう」という感じになっちゃうと思うんですけど、そこでわれわれの教科書を使っていただければ深い話はそっちでカバーしますよと。逆に学生に対しては実際に手を動かすなり、事例分析でみんなで考えるなりに時間を割けるんじゃないかな。

浅古:それがオンライン・コンテンツで出している「『活かすゲーム理論』の活かし方」ですね。コロナ禍が明けつつあり対面授業も改めて練り直さなければならず、さらにChatGPTなんかが出てきて、授業のあり方とか大幅に皆さん見直さなきゃいけない時期になっているので、我々の教科書を活かしていただけば。

一つ森谷さんが言った自習向けだよねというところについて言及すると、どれだけ今までのゲーム理論の教科書が自習に向かなかったかということの裏返しだと思います。今までの教科書は、入門でふわっと簡単に読めて表層的なことだけがわかる本か、難易度が高くて式の展開を理解したりするのに1ページを丸1日、2日、3日考えて悩まなきゃいけないようなレベルの本か、どっちかだったと思うんです。

一方で、この教科書自体はすごく行間を埋めて右往左往している過程も描いているから、これで1つのそれなりに面白い読み物としてたぶん成立していると思います。

ふわっと簡単に読めるものを入門の教科書で使っちゃうと、ちゃんと厳密な理論的なところを授業でやらなきゃいけなくなる。で、難易度が高いのを教科書にすると、難易度が高くて理解できないところの穴を埋めることを必ず授業でやらなきゃいけなくなる。なので、授業でやることの制約は強いと思います。一方で、我々の教科書は基本的にある程度読めば深いところまでいける教科書なので、使い勝手はいっぱいあると思います。

それはたとえば経済学部と経営学部と政治学科とかで使い方は全然違う。学生の前提知識が違うわけだから、そういう学生の前提知識にあわせて図斎さんも言う通りいろんな使い方がありうる。そういう使い方がいっぱいありえますよと、単に教科書をフォローするだけじゃなくて、難しいところを説明するだけではなくて、いろいろな方法がありますよと。オンライン・コンテンツでも教員向けに出しているし、そういう意味では自習向けだよねとは言うんだけども、それぞれのニーズにあわせた使い方ができる教科書を書いたつもりではあるとは言えるかな。難易度が高すぎて、先生これじゃまったくわからないので授業でフォローしてくださいでもなく、簡単すぎてというわけでもなく。というふうには思います。

図斎:分量は全然違うんですけど、欧米の教科書のような感じかなという気はする。もちろん欧米の教科書といっても物によるんですけど、上級・大学院生レベルで数学バリバリのものか、2,30年前に書かれたビジネス系の読み物みたいなものが日本でポピュラーになっていると思うんです。しかし私が前任校のテンプル大学の学部入門で使っていたような、欧米での入門レベルの教科書は1000ページとかすごい分量のなかで、例を前面に出しながら理論を説明している[2]。すごい分厚いぶん、説明も馬鹿丁寧で。われわれの本は分量はそこまで多くはないんですけど、近い書き方かなとは思っています。分量も1000ページとかはないし、400ページ。四六判にしては分厚いけど、欧米の教科書ほど分厚いわけではなくて、なおかつ3000円を割っている。しかも、われわれがたくさん書いて削られた原稿がオンラインでも楽しめますと。

[2] 図斎が使っていたのはJoseph E. Harrington, Games, Strategies, and Decision Making (Ed.2), Worth Publishers, 2014.

森谷:個人的に授業の使われ方としては、やっぱり事例を授業で説明してあげてほしいなと思うんですよね。ゲーム理論の面白さを伝えるために現実の事例を使いたいけど探すのが大変で、結果として理論を重点的に説明している授業も多いんじゃないかと想像しています。実際われわれもゲーム理論を勉強するときに適した事例を探すのにすごく苦労したので、それだけに授業の資料としても担当者一人ひとりが探すのは大変だと思うので、そういうふうに使ってもらえるとありがたいのかなと感じています。

進化していく教科書へ

――ありがとうございました。それでは、最後に読者へのメッセージをいただけますか。

森谷:終章もそうですけど、このゲーム理論の教科書はかなり実験的な側面が強いと思うんです。ゲーム理論の知識をただ単に勉強するだけじゃなくて、「現実の複雑さにゲーム理論をどう活かしていくか」など今までにない部分がたくさんあります。読者に引き込むためにも、実験的にいろいろ試してみた部分があります。なので、できれば授業で使ってもらったりゼミで使ってもらったときの感想をどしどしとお寄せいただいて、この教科書を少しずついい方向に変えていきたいという希望は持っているんです。仕事を増やすようなことを言って、すごい浅古さんと図斎さんの視線が冷たいんですが。

だから、この事例や応用理論を扱ってほしいとか何か気がついたこととかそういうことがあれば、次があるかどうかわかりませんが、そうした感想やご意見を反映する形でこの教科書をプラットフォームにしていければうれしいなと思っています。こんな感じでいかがでしょう、浅古さんどうぞ。

浅古いろいろ試行錯誤して右往左往しながら書いた教科書で、試行錯誤して右往左往しながら読むような内容になっているので、それぞれの読み方をしていただければ、それぞれに合った使い方、読み方ができる、自習にも当然向いていると思うので、さまざまな形で使っていただければと。図斎さん、最後の一言、よろしく。

図斎:この教科書はオンライン・コンテンツまで含めるとカバーするレベルもトピックも当然多いし、やろうと思えば入門レベルからがっちりした研究レベルというか専門家になる、たとえば応用の専門家でも純粋理論の専門家でも、そういったところへの誘導までも幅広くカバーしています。オンライン・コンテンツはアップデートされていくものなので、まさに読者の方々からのフィードバックを実際にわれわれが観察して、そのうえで戦略を改訂していくということで、まさにわれわれの教科書が進化していく、という感じでいければと思っています。

森谷:なんか最後、ゲーム理論じゃなくて進化ゲーム理論で終わっちゃったような。これ進化ゲーム理論の本じゃないんですけど(笑)。

図斎進化していく教科書です

(2023年4月10日収録。今回の座談会のダイジェスト版が『書斎の窓』7・8月号に掲載されています)

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