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『家計・企業の金融行動から見た中国経済』著者インタビュー(後編)

ミクロデータとマクロデータの双方を駆使して,刻々と変化する現在の中国経済を読み解く『家計・企業の金融行動から見た中国経済』。

著者の唐成(中央大学教授)へのインタビューの続きをお届けいたします(前編は下のリンクからどうぞ)。

恒大問題

――新聞などのニュースでは中国の「恒大問題」に関心が集まっていますが,先生はどのような観点から,この問題を見ていますか。

:中国経済において,不動産セクターが重要な位置を占めていることは間違いないと思います。「恒大問題」を意識したわけではありませんが,本書の中で資金調達の視点から,不動産業を分析しています。そこから言えることは,「恒大問題」が出てくるのは当たり前だと思いました。なぜなら,不動産業の自己資本比率が極端に低く,借入金に過度に依存している経営体質であるからです。一方で,資金調達も商業銀行からの比重が低下し続けています。つまり,不動産業が拡大する中で,必要な資金調達はシャドーバンキングや国内外で社債の発行から賄っているのです。しかし,巨額な負債があることで,元本の返済や金利の負担が不動産業の利益を減少させていきます。こうした構造を考えると,「恒大問題」のように資金繰りが悪化する不動産企業が出てくるのは必然だと思いました。

他方,この「恒大問題」が銀行セクターに与える影響は大きくないことが,本書の分析からもわかります。繰り返しになりますが,不動産業の資金調達規模は中国の銀行貸出全体に占める比重は低いからです。仮に恒大がつぶれても中国の銀行システムが揺らぐことはないと考えています。

ただ,もしこの問題が波及してバブルが崩壊すると,社会的に大きな悪影響を与えることは間違いないと思います。これも,家計の借入行動を扱った本書の第3章の分析から予測できることです。つまり,家計の債務の多くは住宅ローンなので,万が一,住宅バブルが崩壊してしまうと,家計も崩壊してしまうことになるでしょう。そういう意味では,「恒大問題」はこれからも注視しなければいけません。

――そもそも,不動産業の自己資本比率が低くても大丈夫だったのは,なぜですか。

:それは,政策金融を分析した第6章の議論とも関わってきます。中国では,2000年代以降の経済発展とともに,都市インフラ整備の必要性が高まっていましたが,地方政府は財政力が弱かったために,土地を不動産企業に売却して,その資金を得て,インフラ整備を行っていました。不動産企業は地方政府から土地を得て,それを担保にシャドーバンキングや国内外から社債などの資金調達が容易だったことは,結果的に自己資本比率が低くても大丈夫だったと言えます。そうした背景には,政府の不動産業融資への規制強化など,不動産企業が銀行セクターから思うように融資を得られなかったということもあります。

――先ほど言及されていた家計の債務状況についてもお話をうかがえますか。

:不動産市場が拡大したことで,家計にとって一番利回りの高い投資対象が不動産になりました。安定して高い投資収益を得ることができたので,不動産は安全資産として考えられ,持ち家を担保にしてさらに住宅を購入する家計も増えていきました。現在では,平均で1世帯あたり1.5軒も住宅を持っていることになります。

本書でも指摘したように,製造業への銀行貸出が減少し続けたため,いまや銀行部門の最大のお客さんは家計になっています。もう一つ面白いのは,銀行のバランスシート上の貸出については最大のお客さんが家計で,バランスシートには反映されないシャドーバンキングなどについては最大のお客さんが不動産企業になります。なので,うまい具合にお客さんを取っている状況になっていますね。

中国経済の今後の展望

――今後の中国経済についてどのような展望を持たれているか,教えてください。

:中国の経済構造転換期には2つの特徴があります。1つは,少子高齢化という人口動態の変化が大きいこと。もう1つは,産業構造の変化で,経済のサービス化が進んでいることです。こうした状況のもとでは,経済成長の鈍化は避けられません。それに加えて,ここにきて「米中対立」が大きな影響を与えているので,間違いなく,今後の中国の経済成長率は低下するでしょう。

そうした中で,経済成長を持続化させていくためには,TFP(全要素生産性)の向上が重要な課題になってきます。私が注目しているのは中国経済のデジタル化です。デジタル化を進展させて,経済効率を高めることができます。

特にデジタル金融をどう進めていくかに,とても興味があります。先行研究のエビデンスから,デジタル化が経済成長を押し上げることがわかっていますが,一方でデジタル金融の発展によって格差がさらに拡大していくことを心配しています。日本も同じ状況だと思いますが,お金を借りられる人はさらにお金を借りて,その資金を有効に活用して収益を高める傾向がある一方で,借りられない人は借りられないままで,格差がどんどん拡大してしまうことが考えられます。

また,デジタル金融は借入制約を緩和させ,消費者金融サービスの対象をいかに農村地域や低所得層までに広げている。しかし,資産を持っている人や収入が高い人ほど,投資のための借金を多くしているのに対して,収入の低い人は消費債務にお金を使うという特徴が最近の研究からわかりました。そうすると,デジタル金融が発展して,人々がお金を借りやすくなると,さらに格差が拡大するといったメカニズムも考えられます。そういったエビデンスを見出したいというのが,現在の研究関心です。

少子高齢化については,今後も傾向は変わらないと思いますが,少子高齢化をより深刻化させないように注視しなければなりません。例えば,中国では今,婚姻率が下がって,離婚率が上昇しています。離婚率は世界でも最も高いレベルになっていると思います。アメリカよりも高いくらいです。

では,なぜ離婚率が上昇しているのか。1つの仮説として,デジタル金融の普及により家計債務の急増問題が関係しているのではないかと考えています。債務と言っても,住宅ローンが増えても離婚率には影響を与えない傾向が見られますが,消費債務が過剰に増えてしまうと離婚率が上がってしまうのではないかということを,現在取り組んでいる研究で検証しています。債務の問題が社会に大きな影響を与えている可能性について,もっと注意していかなければならないと考えています。

――そういう意味では,本書でも触れられているように金融リテラシーを高めることが重要だと言えるのでしょうか。

:そのとおりで,第2章や第3章でも分析したように,金融行動の中でも大きな影響を与える重要な要素の一つですので,社会的立場の弱い人のためにも,金融リテラシーを高めることは中国経済にとって重要な課題だと言えると思います。

読者へのメッセージ

――最後に読者へのメッセージがあれば,お願いできますか。

:本書は,中国経済の本当の姿を知る上で有用な内容になっていると思いますので,中国経済に関心を持たれている研究者や学生さん,さらにはビジネスパーソンの方々に手に取っていただいて,少しでもお役に立つことができれば嬉しく思います。

もちろん,本書の課題もさまざまに残っていると思いますので,読者の方々からご批判をいただき,今後のさらなる研究の向上に努めたいと思っています。

(2021年12月22日収録)

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