見出し画像

『家計・企業の金融行動から見た中国経済』著者インタビュー(前編)

こんにちは,有斐閣書籍編集第二部です。

昨年末に発売となった『家計・企業の金融行動から見た中国経済――「高貯蓄率」と「過剰債務」のメカニズムの解明』の著者・唐成先生(中央大学教授)に,本書の特徴や中国経済の現状や今後の展望,研究の動向などを伺いました。

来日30年という節目での出版

――まず最初に,本書ができあがって初めて手にされたときの感想をお聞かせください。

:自分がコツコツとやってきたものが形になって,研究者としてとても幸せだと感じました。非常に嬉しく思いました。装幀もきれいで,とても満足しています。家族も装幀がきれいだと言ってくれました。また,家族はいつもは論文などを読んでくれないのですが,今回は「まえがき」と「あとがき」を読んでくれて,感動したと言ってくれました。

――私も「あとがき」を初めて読んだときに胸が熱くなったことを思い出しました。「あとがき」には,昨年(2021年)が来日30年にあたることが書かれていますが,その点についてもお話しいただけますか。

:来日30年でやっと2冊目の本ができて,自分への「けじめ」にもなってよかったと思っています(前作の『中国の貯蓄と金融――家計・企業・政府の実証分析』は慶應義塾大学出版会より2005年に刊行)。中国金融の研究をしてきて,日本の読者に発信したいという思いがずっとあったので,30年という記念すべき年に本が出せたことを大変嬉しく思っています。こういう機会をいただけて感謝の気持ちで一杯です。

本書の特徴

――それでは,早速本書の内容について簡単にご紹介いただけますか。

:本書では,「経済構造転換期」に入っている中国経済が今後,経済成長を持続的に続けるためには何が必要なのか,という課題に対して,2つの視点を取り上げています。つまり,高貯蓄率(過剰貯蓄)過剰債務です。そういった問題意識のもとで,本書は2つの部に分けられています。

第Ⅰ部では,家計の貯蓄行動,資産選択行動,借入行動という3つの側面から金融行動を分析しています。第Ⅱ部では,家計から企業への金融仲介(資金配分)の変化,企業の生産能力の過剰問題を生み出した投資行動,政策金融と地方の過剰債務問題という3つのテーマを取り上げています。最後の終章では,中国のデジタル金融について,中国経済にどういった影響を与えているかを分析した先行研究を紹介するとともに,今後の研究課題をまとめています。

本書の目次
序章 中国経済におけるISバランスの変容
第Ⅰ部 家計の金融行動
第1章 家計の貯蓄行動──なぜ家計貯蓄率は高いのか
第2章 家計の資産選択行動──なぜ家計はリスク資産を保有するのか
第3章 家計の借入行動──金融リテラシーはどのような影響を与えるのか 
第Ⅱ部 銀行・産業の金融行動
第4章 産業における資金配分と銀行貸出──金融機関の融資行動はどのように変わったのか
第5章 企業の過剰投資行動──フリーキャッシュフローはどのような影響を与えるのか
第6章 政策金融──地方政府の債務問題にどのような影響を与えたのか
終章 持続的経済成長に向けての課題──デジタル金融は経済成長の牽引役となるのか 

――先ほど前著のお話が少し出ましたが,前著との違いについて少し説明していただいてもよろしいですか。

:当時の関心は,中国経済は1990年代に急速な高度成長をどうして遂げることができたのかということでした。今回の書籍は,経済構造転換期に焦点を当てていますが,そういった書籍はあまりないと思います。そして,中国金融を理論,データ,制度から体系的に分析している点が,今回の書籍の大きな特徴だと思います。献本をお送りした中国経済の研究者の先生からは,「体系的に中国経済を考察した研究書は他にはなく,しかも,本書では最新の動向までカバーされていて,有用かつ意義深い」という高評をいただくことができました。

また,前作は金融の仲介機能や日本の金融との比較などに焦点を当てている点では今回の書籍と共通していますが,当時はミクロデータを使うことができなかった点も,今回との大きな違いだと思います。

――今回新たに増えたテーマなどはありますか。

:今回はミクロデータを使っているので,家計の膨大な資産がどのように運用されているのかといった資産運用の研究を扱うことができました(第2章)。また,不動産市場の急拡大を受けて,住宅ローンなど家計の借入行動についても分析しています(第3章)。

――高度成長が終わって,「債務」に関心が移ってきたということでしょうか。

:そうですね。以前は債務の問題は注目されていなかったのですが,成長が鈍化するとともに金融リスクが高まり,債務の問題が表面化してきたことで関心が高まりました。

日本経済は中国経済の鏡

――本書は中国経済をテーマにした研究書ですが,中国経済の研究者のほかに,どういった読者に読んでもらいたいとお考えですか。

:中国経済に関心のある官庁やシンクタンクのエコノミストや,ビジネスパーソン,学生さんにも読んでもらいたいです。

――ビジネスパーソンも中国の金融行動の研究に関心を持つことはあるのでしょうか。

:本書では今の中国金融の姿をさまざまなデータから明らかにしているので,中国経済がどう変わってきているのか,あるいは今後の中国経済がどう変わっていくのかを知るうえで,有益な示唆を与えることができるのではないかと思っています。

――確かに貴重なデータがたくさん載っているので,ビジネスパーソンの方にも読んでいただけるといいですね。

:加えて,日本経済の研究者,例えばマクロ経済学や金融論の研究者の方々にもぜひ読んでいただきたいです。本書を読むことで「日本もこういうところがあるんじゃないか」「日本にもかつてこういった問題があったんじゃないか」といった共通点が見つかると思いますので,日本経済の研究を進めるうえでも参考になるのではないかと考えています。献本をお送りしたマクロ経済学の研究者の方からは,「中国では日本と同様,遺産動機が家計貯蓄を引き上げる点に興味を持ちました」,あるいは「副題にある「高貯蓄率」と「過剰債務」は,まさに高度成長期の日本経済の特徴でもあります。日本のことを考えるうえで,非常に参考になりました」という感想をいただくことができました。

――その点は本書の特徴の一つでもあるように思いました。中国経済を扱った類書には,日本経済との違いを強調するものが少なくないと思いますが,本書はむしろ共通点を重視している点に魅力を感じました。

:私は常々,「日本経済は中国経済の鏡」であると考えています。日本が経験したことを中国も経験していますし,日本が今経験していること,例えば少子高齢化などはこれから中国が本格的に経験することです。なので,中国は日本の経験を真摯に学ぶ必要があります。その一方で,中国の方が進んでいる面もあります。例えば,終章でも取り上げたデジタル金融です。それが経済成長にどのような影響を与えるかについては,日本にはそのエビデンスがないわけですよね。中国にはそのエビデンスが出始めているので,日本の政策当局者がデジタル金融をどう進めていけばよいのかについて,有用な示唆が得られるのではないかと思っています。

中国のミクロデータの凄さ

――本書の研究で扱われているデータも特徴的かと思いましたが,データについても説明していただけますか。

:データについては,マクロデータとミクロデータの両方を使って分析しているのが一つの特徴だと思います。また,最新のデータを取り入れるように努めました。中国経済は刻々と変化しているので,データを最新のものにするのは,とても重要なことだと思っています。

特にミクロデータについては,中国では多くのものが公開されています。本書の巻末には付録として,データベースの簡単な紹介とURLを紹介していますので,日本の研究者でも簡単にアクセスできるのではないかと思います。

――ミクロデータについては,私も拝見していて規模が大きくて,驚きましたが,ミクロデータの整備については日本よりも中国の方が進んでいるのでしょうか。

:確かに,中国の方が普及していると思います。データベースははるかに日本よりも多いと思います。さまざまなデータベースが2000年代の後半から整備されるようになりました。経済学や社会学などの社会科学の研究では,データを使って論文を書き上げるスピードは日本よりもはるかに速いように感じています。

またデータ整備に対するお金のかけ方も違います。本書で使っている西南財経大学の「中国家庭金融調査」は,聞いたところによると億単位,だいたい2億円くらいのお金を1回の調査で使っているようです

――1回の調査にですか!

:全国規模だと研究者や学生が事前トレーニングに参加して,調査の際に宿泊したり,場合によっては飛行機を使って調査に行ったりと,相当お金をかけています。私が参加した2019年の西南財経大学の調査では,全国各地で行われた調査の結果が刻々とセンターに集められて,モニターに映し出されていました。回答者はiPadを使って回答して,終わったらすぐに入力されたデータがセンターに転送される仕組みになっていました。センターにも100人以上の学生や研究者が待機していて,対応にあたっていました。

――すごいですね。ちなみに,そういったデータベースは日本の研究者でも利用することができるんでしょうか。

:一定のルールを守れば,日本の研究者でも利用できると思います。多くのデータベースは,英語にも対応していると思います。

理論と実証と「現場」

――データ分析で興味深かったのは,先生はデータを使われるときに,現地調査も行うようにしているということです。やはり,データだけではわからないこともあるからなのでしょうか。

:私自身の研究スタイルとして,つねに現地に足を運んで確認するようにしています。2019年に同行した際には,どうやって調査されているのかを見てみたいと思いました。実際に,センターの方と一緒に農村にも行って,調査をしている様子をうかがったり,村に住んでいる人と直接年金などの話もしたりもしました。そうすることで,自分なりに確認することができました。

第3章では債務行動を扱っていますが,なぜ住宅ローン残高が債務行動に影響を与えていないのか,中国に住んでいる私の姉とか友人に聞いたりして確認しました。また,銀行の方に会って,確認もしました。そのときの感触が研究を進めるうえで,とても重要だと思っています。

実証分析をして結果がわかっていて,それがなぜそうなるかを自分なりに考えてみて,いろいろな方に確認しながら,やっぱりそうなんだな,実証分析の解釈は正しかったなと思う経験はよくありますね。

例えば,第2章のリスク選択に関しては,日本の証券会社の方に借入制約が株式投資に与える影響などを聞いたこともあります。中国と違う面を聞いて,実証結果で得られた結果は,中国に特徴的なことであることを再確認することができました。

第6章の政策金融も2つの政策金融機関の方からヒアリングをしました。ほとんどの研究で自分なりに理論と実証と現場のそれぞれを確認するようにしています。

――先生の研究スタイルが本書の内容にも表れているように感じました。

(後編に続く)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?