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祖父に捧ぐ、角とオールド

幼少期の私にとっての祖父

怖い人だった。それしか記憶に残っていない。
笑っているところを見た記憶がない。
飼っていた犬の散歩に一緒に行っても、道草を食う犬を急かしてはハーネスで犬の背中を鞭打った。
左利きの私が箸や鉛筆を左手で握るのを見咎めては手首を叩いた。
祖父の家の部屋の引き戸を勢いよく閉めて胡桃を割る遊びに夢中になる私たちのところに「うるさい!」とすごい剣幕で乗り込んできたのを覚えている。
いつもニコニコと笑っていた祖母とは対照的な、いつも不機嫌な人、そんな印象だった。

祖父の変容〜逝去

私が中学生という多感な時期に、運動嫌いだった祖父に異変が訪れた。血管系疾患を患い寝たきりになってしまったのだ。
リハビリを嫌がり日に日に衰えてゆく祖父。怖かったあの人は変わり果ててしまった。
私はもとより、息子(私の父と伯父たち)すら誰だかわからなくなってしまっていた。
見舞いに行ったときに「どなたさんでしたかな」と言われ、ショックで涙があふれた。
そうして、私が高校生になったばかりのある日、静かにこの世を去った。

亡くなってから知った意外な祖父の一面

祖父が亡くなってからたまに、昔、私が生まれるより以前、祖父がどんな人だったかを聞く機会があった。
昭和の、転勤族でモーレツ社員だった祖父は、生真面目な面とともに昭和の「おっさん」の顔も同時にもち合わせていたことを知り、驚きの連続だった。

居酒屋ごっこ

話をいきなり現在に飛躍させる。
先日、冷蔵庫やキッチン収納いっぱいにたまった食品を消化したくなり、思いつきで父母や妹も含め家族みんなを呼んで「居酒屋ごっこ」をやってみた。
結果、大成功。会話は普段にも増して弾むし、冷蔵庫とキッチンの在庫を大幅に減らすことができた。

サントリーのウイスキーが7月から値上げすると聞き、オールドとリザーブとローヤルを買いだめしておいた。
居酒屋ごっこの時に、酒好きな父に勧めてみたところ「わしはビールと日本酒のほうが落ち着くねん」とあっさり断られてしまった。
そして、父は言葉をつないだ。
「あめちゃんは知ってるか。オールド言うたら昔っからあるウイスキーやねんで。そこそこの高級品やったんや」
それぐらいはさすがに知ってる。

角とオールドを、祖父に捧ぐ

しかし、続きは初めて聞く話だった。

※これ以降は、生真面目な方はもしかすると不快感を覚えられるかもしれません。読まないことをお勧めします。
私は昭和なおっさん=祖父の一面を感じて吹きそうになりました。もう時効やしええやろ

父は言葉を続けた。
昔、親父が会社勤めやってた頃、部下を家に呼んできては時々飲み会をしとったんや。
わしが中学生ぐらいの時のことや。いつものように部下数人連れて帰ってきてな。オールドの瓶を食卓にドンと置いて、部下に注いで回ったんや。
「まあ飲め」
部下は普段おいそれとは飲めないオールドを口に運んでは「さすがはオールド。安もんとは全然違う。専務、ほんまにうまいですな」と大喜びやった。
でもな。わしは台所で見てて知ってたんや。
親父がオールドの空き瓶に角を詰め替えて出してたんを。

「どうせ誰もわからん。素人でそうそう味のわかる奴なんかおらんわ」
親父はそう言うて、台所の隅でニヤリといたずらっぽく笑ってたんや。

単なる悪戯心だったのか、それともただのケチだったのか。それは知る人ぞ知る。
私にはわからない。

ただ、怖いだけだと思っていた祖父に淡い親近感を覚えたのは間違いない。

そうして。
父から聞いた祖父の悪戯を今日突然思い出し、角とオールドの飲み比べを真面目にやってみたくなった次第。

じいちゃん。
角もオールドもどっちも美味しかったわ。
飲み比べてみたら味も違ったで。
でもな。
「これはオールドやで」って言われて角を出されても今の私にはわからんと思う。

人間の味覚は他の五感や筋肉と同じように鍛えることが可能なんやって。
中国語の音の違いも、発音を学ぶうちにどんどんわかるようになってきたし、そこは自信がある。
味覚ももっと鍛えて、次は飲んだ瞬間に言えるようになってたいなぁ。
「じいちゃん、オールドの空き瓶に角詰めて出したらあかんでぇ。私にはわかるで」って。

今宵の盃は、あなたに捧げます。
天国で角でもオールドでも、どっちでも好きな方飲んでぇな。

杯を重ねながら思い出していた。
写真の中のじいちゃんは、私たち孫を抱き抱えて、満面の笑みを浮かべていたことを。

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