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努力は夢中に勝てるか?

またしてもお久しぶりの投稿です。例に漏れず今回も思考の備忘録となっております。就活も終え、最近はプレ社会人生活に挑戦しています。一応週5×7hを目標にバイトしていますが、ありがたいこと(?)に出社を増やせば増やすほど、仕事が多くいただけます。(結果的に8h働くこともしばしば)そんな生活のなかでの気づきが今回のnoteになります。
社会人になると趣味が持てない、勉強したくてもできない、平日は疲れちゃって無理、大学生が人生の夏休み。どれも良く聞く話ですね。個人的はこれらはいけてない社会人から聞く言葉だと思っています。このプレ社会人生活を続けて3ヶ月が経ちますが、どれもこれも全くの嘘です。朝1時間強から2時間弱読書の時間は取れますし、週に最低でも2回は運動していますし、平日の夜や土日に人と会うことも叶います。どう考えても平日3時間は好きに使える時間はあります。様々な意見が飛んできそうなので、批判じみた話はここまでにして今回の気づきに移ります。
そうやって作り出した時間を自己研鑽や勉強に費やした時、効果が現れなかったらなかなかにメンタルがやられそうです。もっときついのが頑張ってる自分より、大してやってない隣の人がぐんぐん成長していた時です。今回はこの感覚を客観的に考えてみました。前置きが長くなりましたが、それでは本文もお付き合いください!

努力は夢中には勝てない

努力という言葉は耳には心地よく聞こえるし、してる人は偉い。成功者は少なからず努力をしている。
本当だろうか。成功者の努力の量は段違いだと誰もがわかっている。そしてそれを努力だと思っているのは客観的に見ている私たちだけではないでだろうか。これは成功者は少ない努力でコスパ良く、とか運で成し上がっているとかって話ではない。当人たちは、側から見れば努力と呼べるそれを努力だと思っているのだろうか。馬車馬のように働いて、寝る間も惜しんで勉強し、活躍し続ける狂気の沙汰を努力だと思って取り組んでいるだろうか。
たかが20年そこら生きただけだけどこれだけははっきりした。努力は天才には勝てない。しかし、この天才とは能力における天賦の才のことではなく、何かに没頭できる才能を備えた人のことをいう。今回のnoteのタイトルの答えになってしまうが努力は夢中には勝てない。なぜなら当人が努力だと思っているそれは天才たちが夢中になっている時、微塵ほどのものでしかないからだ。一瞬で過ぎ去る。そんな人たちに努力で立ち向かうなんておかしな話だ。バグってる。頭がちぎれるほど試行錯誤し、効率的な道を見つけ、それでもなお努力を続けてやっと、やっと並べるかどうか。そんなレベルの話だ。ましてや夢中というのは恐ろしく、常にアップデートしていく。努力ではなく楽しんで工夫し、上手くいったらさらにブーストがかかる。努力によって新たな道を見つけても、それはとうに天才たちが踏んだ轍かもしれないのだ。では天才ではない凡人たちはどうやって闘うのか。

まずは同じ土俵を降りよう。そして勘違いしないで欲しいのは天才は全てにおいて天才なわけではない。そしてこれは凡人にも言えることで、違う土俵なら天才にもなりうるのだ。先にも言った通り、天才とは何かしらの天賦の才を備えたものではなく、何かに没頭できる才能をいう。数年前から急に聞くようになった、「好きなことで生きていく」はある程度正しいと思う。好きなことであれば没頭できる確率がグッと高まる。つまり天才になる可能性が高いわけだ。ただ好きなことをすることが目的ならば構わないが、好きなことで「生きていく」となると一筋縄ではいかない。やはり工夫やら挑戦が必要になってくる。それらを意識的に行う場合やはり努力になってしまう。もちろん意識せずとも夢中になれるという人もいるだろう。「得意なことで生きていく」こちらの方がよっぽど夢中になれる気がするのだ。

閑話休題。
タイトルの問いには先ほど答えたが、もう一度考えてみよう。努力は夢中に勝てるのか。まず努力は裏切らないは嘘である。適切な努力をしなければ、つまりがむしゃらの努力は簡単に裏切る。そして適切な努力を尋常じゃないほど積んでやっと夢中に並べるのだ。並べるだけで勝てはしない。
ここで、夢中についてもう少し考えようと思う。夢中とは”それに心を奪われ、他のことを考えない状態になること”とある。ではこの状態になれば凡人も天才に並べる、または超えられる可能性があるわけだ。天才とは簡単に夢中になれる人だが、凡才は努力によってこの状態になればいい。

暫定解にはなるが、凡才が天才に並び、超えるにはこれしかないと思う。つまり、その努力が習慣化し、無意識になるまで頑張り抜く。努力と呼んでいたものが、いつの間にか歯磨きのように、しないと気持ち悪いと思えるほどにやり続ければもう習慣と呼んでいいだろう。そして習慣化したそれは気づけば実力と呼べるものになっているはずだ。
そしてここからが重要で、新しい習慣のタネを撒き始めるのだ。これを繰り返した時、狭く深くのめり込んでいた天才とは異なる、そこそこに深い能力の掛け算によって天才にも勝ることができるだろう。
1/10000の一つの能力か、1/100の能力の掛け合わせ(1/100×1/100)か。希少性としては同じものになる。能力をアップデートしようと思う時、1/10000から1/20000になるより、1/200×1/100の方がよっぽど楽であり、再現性もあるだろう。
努力は夢中に勝てるか?努力が努力であるうちは不可能だが、それが呼吸のように無意識な習慣になった時、容易に夢中に打ち克つ事があるだろう。習慣は夢中に勝る。

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