『短編小説』形なんて最初からないもの

 
「素晴らしい三角形を見ました」
はずる君は突然そう言い出しては、手でさんかくマークを作って僕に見せてきたのであった。
「素晴らしい三角形?それはどんなものです?」
「っとにかく、とにかく素晴らしいのです。……そうですね、言ってみれば富士山のようなものです」
「富士山?」
「富士山も、横から見れば素晴らしい三角形ですよね?」
そう言って少し興奮気味だ。
 ゆずる君はもうすぐ八歳になる。八歳だっていうのに、突然こんなことを言い出す。今の子供達がどういった風でいるのか、もう中年になってしまった私には分かるはずもないのだが、少なくとも私たちが子供だった頃(そうゆずる君と同い年くらいの頃は)こんなことを突然言いだした記憶なんてなかった。
「……三角形。どうしてゆずる君は突然三角形に興味を持ったんだい?今までも好きだったのかな?」
「いいえ。僕は別にそれまで三角形を好きだったなんてことはありません。……むしろそうですね、好きではない方かもしれません」
「好きでなかったものを、突然好きになったのですか?」
「はい。好きでなかったものを突然好きになったのです。その三角形が突然素晴らしかったので」
「素晴らしかった……」
「とても。とても素晴らしい三角形でした」
僕は頭が痛くなってきていた。……いいや、ゆずる君と話しているのが嫌な訳じゃない。ただ僕の思考がゆずる君には随分と追い付いていないように思えて、それでそれに付いて行こうとすると後頭部と首の付け根の辺りが少し痛むのだった。
「それで、その三角形は何だい?それは教えてもらえるのかな?」
「ええ、もちろん」
ゆずる君はそう言いながらおもむろに自分のバッグの中に手を突っ込んだ。それから何かを持ち出して僕の目の間にかざす。
「これかい?素晴らしい三角形?」
「はい。とても美しい三角形です」
彼の手にはコンビニのおにぎりが握られていた。しかもバッグに入っていたせいか、少しだけ歪んだ三角形だった。

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