太田忠司 月光亭事件

「優しい推理小説が読みたい…」という欲求はミステリー好きならときどき訪れるものですが、僕にもこの年末年始やってきました。

今回読んだ本書、文庫版にはやみねかおるが解説を書いていました。そもそも、「ああ、そうか僕は優しい推理小説が読みたかったんだ」と思ったのは彼の解説を読んだからです。小説を一読すると、主人公の野上さんが紅梅のコーヒーを気に入っている理由とか、名推理が光った俊介くんの相棒ジャンヌの可愛らしい立ち姿に、この小説の優しさが垣間見えると言いたくなってしまいます。が、はやみねかおるがいう「優しさ」はどうやら違うようです。

はやみねかおるによると、推理小説は人が死ぬから嫌だという教え子たち(彼は元小学校の先生です)に、人が死んでも怖くない推理小説としてこの本を紹介したところ、とても好評だったとか。その理由として、名探偵が推理を渋るためにおこる読者の不満(もっと早く推理してくれればこんなに人が死ななかった!ということでしょうか)を、本書は俊介くんの対人関係における葛藤でうまく消化しているからではなかろうか、と述べています(詳しくは読んでほしい)。確かに、事件の真相に近づくと同時に、俊介くんと野上さんの関わり方もまた変化し、ここに両者が登場人物として血肉を与えられていくような感覚を味わえます。

また、はやみねかおると太田忠司が対談したとき、太田忠司が言っていたことがとても評価されていました。太田忠司はこう述べたそうです。

「ぼくは、紙の上のこととはいえ、人を殺している。だから、名探偵がパッと出てきて謎を解くだけのミステリはたえられない」

この発言がすごく心に刺さりました。下手すると内容よりも深く考えさせられる発言でした。最近僕が楽しんでいた様々な創作物のなかで、人が死ぬことはさらりと、軽快に描かれていたからです。まあ、年末年始ホラーゲームの実況動画観てたってのもありますが…。振り返ると漫画も映画もゲームも、結構な人が死ぬ場面をこの3ヶ月で目にしている計算になりました。

改めて、人が死ぬって大変なことだと考えさせられた本書。それは、俊介くんがラストシーンで登場人物に「死んじゃ、だめだ!」と叫ぶところにも凝縮されているような気がします。このセリフで、若き天才名探偵という俊介くんの肩書が、とても親近感のわく12才の孤独な少年として輪郭を持った感じです。

年のはじめにとっても良い本を読めました。あ、ちなみに、年末年始観てた実況動画、ホラーゲームの他に『Watch Dogs』シリーズも観たのですが、こちらの1作目、主人公エイデン・ピアーズの孤独さがストーリーが進むにつれてどんどん浮き彫りになっていく様子、とても楽しめます。人を殺せば殺すほど孤独になっていく正義のダークヒーローとしてとても良く描けているので、こちらも「優しい」作品になっているといえるかもしれません。ゲームなので、とんでもない人数を殺しちゃいますが…。

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