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183: 香りほのかな燃え残るセイジ色

森の奥深く
あなたが知っている
あるいは知らない場所にある色屋の話。

すぅ〜。
いい香りが鼻の奥に駆け抜けていく。
僕は、たまたま入ったこの店が当たりだと思った。

時が止まったような茶色が溜まる店の陳列だが,
モノは,手入れが行き届いているし,
年代物の時計がチクタクと,小さいながらも
動く嬉しさが滲み出ている音を,控えめに,
しかし,しっかりと周りにアピールし,
時を刻んでいたからだ。

時計,精巧な作りのものが多いが,
ひとたび人々に忘れられると,裏寂しさが
半端なく現れる道具だから,古くて動いている
時計を見ると,僕のテンションはピーンと張り,
ウキウキしてくるのだった。

「ここは当たりだ」……すぅ〜。

いい香りが残る店内を,軽く深呼吸しながら
巡っていると,店員らしき女性が
メガネをずり上げながら
「気に入ったものがおありですか?」と,
声をかけてきた。
「全体をざっと見ているけれど,気になるものが
沢山あり過ぎて困っていますよ」と,
半分社交辞令,半分本気で答えると,
「わかります。
もう一度命を吹き込まれたものたちが,
今か今かと,役に立つ日を待っていると思うと,
なかなか一つに絞れませんものね〜」
「そうなんですよね。
しかも,ここの子達はいい色艶をしているから,
全部採取して持って帰りたくなっちゃいます」
「と言うと?」
「ああ,僕は色を採取して回る仕事をしていて,
森の奥の色屋さんに卸しているんです」
「ああ!噂は聞いたことがあります。
色屋さんで揃わない色はないんでしょう?
確か,500色はあるって聞きました。」
「ええ,日々美しい色を採取して周り,
販売していますよ」

「このお店の物達の色も持っていって下さる?」
「ええ,お願いしようと思っていたところです」

「と,言うことでもう少しお店の中を
回らせてもらいますが,
お店中,とてもいい匂いがしていますね。」
「セージを燃やして,いい香りを店に広げつつ,
空気を浄化させているんです。
良いも悪いも,物たちには使われた物語が
詰まっていますから,その思い出を、
美しく磨き上げるのと,
癒すのとの意味を込めて焚いているんです。
あちらのカウンターで燃やしています。
ご覧になってくださいな。」

重厚なテーブルには古めかしいレジスターが
どんと置かれ,何かしらの品物や紙類が
置かれている,その横に,鈍く光る銀の皿,
その上にチリチリと丸まり燃え残っている
何か ( セージ )の葉があった。
実にいい塩梅で皿の窪みに残っている。
茶色の店に馴染む,銀の皿。
その中に残る,煤けた茶色い燃え残り。

すぅ〜。
僕はもう一度深呼吸をすると,その燃え残りの
淡い色合いを,香りも閉じ込める気持ちで
瓶に採取し、店の中の陽だまりに輝く家具や
宝石の煌めき色を採取して回ったのだった。

ふわりとセージの香りが追いかけてきた。
これはしばらく色屋さんにもいい香りが
充満するな。(ニヤリ)
僕はとてもいい気分で仕事をするのだった。

このお店と色屋さんに行ってみたいですよね…。

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