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242: 愛はふれあい,と口ずさむハスキーボイスな色

森の奥深く
あなたが知っている
あるいは知らない場所にある色屋の話。

微かな歌声が聞こえる。
低く、耳に残るハスキーな声。
八塩さんの歌声だ。

彼女の得意レシピを作る時…とは言っても、
彼女が作り出す、どのスイーツも美味しいのだが
(そして得て不得手があるとは思えないが、、)
それでもお気に入りのレシピはあり…
少し酸っぱさが残るベリーを散らすタルトを
仕上げる時に、よく歌声が聞こえる気がする。

歌の終盤だ。
♪ 愛はふれあい… ♪ 微かに聞こえる歌詞。

古い歌だそうだ。
彼女の母がよく口ずさんでいたと言う。
「昔」といってもいい時代に生きていた
彼女の母が歌う歌詞は、ハイカラと言われるか、ハレンチだと言われるか、どちらにせよ、
大きな声では歌えなかったと思う。

もう一度、リズむをなぞる鼻歌になり、
しばらくするとハスキーな歌声がやんだ。

バーン!
途端にドアを蹴破る勢いの八塩さんが
ベリーのタルトを持って店の表に出てきた。

「お待たせしたね!
あんたの可愛い姪っ子へのお土産さ。
とびきり美味しいベリーを仕込んでおいたよ!」

「ありがとうございます。
少し酸味が残る、瑞々しいベリーと
カスタードソース、硬めに焼いたタルト生地が
彼女のとびきりお気に入りなのです。
小さな少女だと思っていたのですが、
いつの間にか大人と同じ味を味わえるように
なっていて、驚かされています」

「あははは!女はいつからか、
そしていつまでも「女」なんだよ!
ウカウカしてると
アンタも置いてけぼりにされるよ!」
「そうですね。姉の話によると、オシャレをして
ボーイフレンドと遊びに出かけているそうです」
「もうすぐ『おじさま♡』なんて可愛らしく
呼んでくれなくなるよ!」

「寂しくなってきてしまいました…」
「あんたも気が早いねぇ、
アンタは色を求めて世界中を旅してんだろ?
今までにどこかに素敵だなと思う人は
いなかったのかい?」
「そうですね…いた…と思います」
「あーやだやだ、煮え切らないよ、この人は。
美味しいうちに、とっとと姪御の所へ行っとくれ。

言っとくけど、愛にもいろんな形があるのさ。
せいぜい色々な愛に触れて、
これは手放したくないと思うものを見つけな。
そこからだよ、アンタの色に深みが増すのは。

さぁヒヨッコ、早く森を抜けな!
私の詰めた愛も溶けちまって
美味しさが半分になるよ!行った行った!」

バーン!
タルト店のドアが勢いよく開けられ
色屋は外へと押し出された。

あんな乱暴な言動をとる八塩さんだが、
繊細な味を紡ぎ出すのも確か。
彼女に敵うものは、
この森にはいないのではないだろうか。

また、店の奥から
ハスキーな鼻歌が聞こえてきている。
♪ 愛はふれあい… ♪






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