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343: 風に吹かれて夜に消えた魔女のお気に入り帽子色

森の奥深く
あなたが知っている
あるいは知らない場所にある色屋の話。

びゅぅ。
風が横を通り過ぎていった。

“秋の風は好きだけれども,
こうもびゅうびゅう吹かれると
皆早足になるし、枯葉は落ちちゃうし,
秋の名残を楽しむには不向きになっちゃうわね。

今日は市場を回って,
色々と冬支度するつもりだったのに。“
ふぅ。

深い紫と紺色の混じった,天辺がまあるく
頭まわりの縁には光沢のあるリボンが巻かれ,
小さな花束の飾りがチョんとついた
帽子を被った比較的小柄な女性が,ため息と共に
買い物かごを持ち直してつぶやいた。

彼女は平和になった世の中の、
めっきり数が少なくなった魔女だ。
といっても,おどろおどろしい色の
液体の入った鍋をかき混ぜたりする訳ではなく,
よく効く風邪薬や湿布薬など,
生活に少し不便があった時に,瞬く間に治せる
「治療薬」を作るのが主な仕事だった。
まぁ,部屋の隅には大鍋がスタンバイしており,
”いつでも劇薬作れますっ“という顔を
していたりするのだが…

買い出しと,森のあちこちを、
素材を集めつつ,フラフラと歩いていたら、
家に着く頃には,森にはとっくに夜が来ていた。

びゅぅ!

鍵を開けて家に入るため半歩足を出した時,
一段と強い風が吹き,
魔女の頭から帽子を吹き飛ばした。
「あっ」っと手を出したが少し遅かった。
夜も風の妖精が笑うかのような
なんとも言えない音に乗って,
帽子は空高く吹き飛ばされ,くるくると回って
夜の色に溶け込んでいってしまった。

「お出かけ用のお気に入りだったのに〜!
明日朝探しにいったら見つかるかしら…?」
ブチブチと文句を言いながらも,
今森に中を探しても見つからないだろうと,
探索を諦め,家に灯りをつけ,荷物を置き,
外出着から,いかにも魔女ですという
裾の長い服に着替え,ローブをくるりと
巻き,とんがり帽子を被った。
「あ。これは今いらないわ」
と帽子は脱いだ。なんなのだ。

“さぁ,美味しい椎茸がたくさん生えていたから
今夜はこれを調理して暖まりましょ。”
…おどろおどろしさからは程遠い光景が
コンロ周りで繰り広げられ…
(バターの香りが部屋を満たし…)

日々の糧に感謝しお腹を満たして
眠りについた魔女なのでした。

早朝,通りかかった旅人が帽子を発見し,
どうしようかと思案していた目の端に,
ヒョコヒョコとあちこちを覗いたり
ピョンピョンと飛んでいる小柄な女性を見,
これはあなたの探し物ですか?と尋ね,
魔女はニッコリと笑い、そうですそうです!と
嬉しそうに返事をした。

そしてそこで別れるはずが,
ぐーぐーと合唱するお腹の音が聞こえ,
お礼も兼ねて我が家へどうぞということになり,
美味しい朝食を挟んで,世間話から始まり
お互いの生業をふんわりと説明し,
それならコレを差し上げますということになり,それじゃぁお礼にコレをと,様々なものを
お互いが交換しあい、お互いの幸運を祈り別れた。
その後,色々な時代と出来事を経て
色屋の元に可愛らしい紫の色と夜空が混じった
色の瓶が巡ってきたという。

え?この色は貴重な大昔の色ですかって?
どうでしょう?
ただ,今でも魔女はいるらしく,
夜にこっそり箒に乗って色屋の森を訪れて
おおばあちゃん魔女の話をしたり,
色屋に連なるご先祖の話をしたりして
交流を温めているそうですよ。

そんな時は,色屋のカウンターに
天辺がまあるく花がチョコんと飾られている
帽子が置かれているようです。
その会合に混ざりたいですよね。






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