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椅子取りゲーム : short story



壇上で礼をすると、少女たちは思い思いに座るように床に座り、メインパートを歌う少女だけが、スツールに腰掛けた。

それと同時にハープが前奏を始める。

メインパートの少女の歌がそれに続く。

強く優しく、懐かしい気持ちになる。


これは日本の歌で「いつで何度でも」
と言う歌だと、娘が言っていた。
歌詞も日本語だから分からない。
「生きている不思議 死んでゆく不思議…と、歌ってるんだよ。」と娘は教えてくれた。



朝霧が立ち、今朝はとても寒くてコートを羽織って来たのだが、歌が始まると体が熱くなりコートを脱いだ。
脱いだコートをたたみ膝に乗せると、自分の体温を感じて、また体が温めてられていく。


ステンドグラス側に日は当たらずその色だけが際立っていたけれど、少女たちには天窓から、帯状の朝日が差し込んで来た。

この子たちは天使だ…。

この世界に、悲しみなんか存在しないのではないだろうか…。



歌が終わると、寛いで床に座っていると言う演出が終わり、少女たちは壇上に並びお辞儀をした。

いつものことだが、拍手は鳴り止まない。
この歌を、ずっと聴いていたい…。
そう思うのは、私だけではないようだ。


少女たちの姿がなくなると、司祭が壇上な表れてお説教を始めた。

私は敬虔な教徒ではないし、無宗教だ。敬虔な教徒でも、キリストを信じている者は少ない。全てを抱き慈しむマリアの方が人気がある。
お気に入りのアーティスト選びのようだ。
それなのに、争いになるものをわざわざ選ぼうとは思えない。

「神は皆さんの中にあるのです。」
ん? 神は唯一神じゃないのか…。
「皆さんは、神のわけ御魂、誰もが神の子なのです。」
ああ、そう言うことか…。

お説教が終わると、司祭に一人の男が近づいて行った。
「洪水が増えています。神は私を助けてくれるでしょうか?」
と言う。

神は私を助けてくれる?

私を助ける?

それは、私だけ助かりたいと言う事だろうか?

それは、自分だけ助かりたいと言う、椅子取りゲームをイメージさせた。
この世界はみんな椅子取りゲームをしているのかもしれない。
自分だってそうだ。
必死に生きるのとそれはちょっと違う。
濁流が押し寄せて、必死で生きようとするのは分かる。
濁流も来ていないのに、安全な椅子を探し、自分は安全な場所にいたい、そう言う事だろう。
さっき、司祭はわけ御魂と言った。

もし、濁流が来て死んだとすれば、それは単に寿命だ。命が尽きたのだ。
もし、濁流が来て怪我をしたとすれば…。

私は昔、とても病弱だった。
「病や怪我は、魂がとても疲れていて、休ませてほしいと言っているからやって来るんだよ。魂が休めるように、ゆっくり眠りなさい。」
と、父親に言われた事がある。

濁流が来て怪我をしようと、同じではないか?

休憩し、また立ち上がる。


そんな事をボーッと考えていたら、
「パパお待たせ。」
と、娘が肩を叩いた。

僕の天使。

「とても良かったよ。」

娘は、嬉しそうに声を上げて笑った。
なんて無邪気な笑い声だろう。

「今度ね。バーバラの家にプリンの作り方を教えてもらいに行ってもいい?」

「プリン? ママに作り方、習ったじゃないか?」

「うん。バーバラののプリンはトロトロなんだよ。」

「そうかぁ。いいよ。行っておいで。」

「やったー。」
「バーバラ、パパがいいって。」

と、バーバラと思われる年上の女の子の所に駆けて行った。
無宗教で最年少だから心配したけれど、娘は全く物怖じしない。

親ばかとは思うが、娘は本当に天使なのだ。



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