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カネのなる橋の向こうには

 ジョホール・バルからシンガポール国境への橋は大渋滞だ。毎日20-25万人が往復して入国検査するってんだから仕方ない。2本ある通過橋のうちどちらかを選択するのはギャンブルのような感覚があるらしく、行きの第二橋はいたって順調でドライバーはご満悦、しかし帰りは、自信満々の別のドライバーは第一橋を選択して見事にハマってしまった。もちろん今の世の中はスマホがあるので、混雑情報はある程度共有されてるが、渋滞なんてものはしょせん予測不能だ。それがギャンブルたるゆえん。

国境を行き来する理由はマレーシアとシンガポールの物価格差によるものが多い。25万人のうちシンガポールへの出稼ぎ労働者がもっとも多く、次はマレーシアへの日常品の買い出しだという。ガソリンを補給するのは制限があり、シンガポール出国時にタンク2/3以上入っていないと罰金があるそうな。たしかに残量をチェックされてる車がある。シンガポールに戻る車はトランクを開けられて荷物チェックされる。前に並んだ車は大量の食料と水を積んでた。同行したスマイリー(仮名)の友人はシンガポールで屋外では食べられないチューインガムを大量に持ち込んで没収された。

「ガムごときが麻薬並みの扱いだね?」
「いやいや自己消費分以外は持ち込んだらダメなんだ」

マレーシアリンギットはシンガポールドルに比べて脆弱だから時に想定以上の値差が出る。スマイリーはユニクロはいつもマレーシアサイドで買うという。曰くユニクロ製品のタグには二つの通貨で価格が印刷されている。リンギットが安くなっても大量刷ったものを修正することはなく、マレーシアではお安いことがすぐわかるそうな。

長さたった1キロ程度の橋と国境にグローバル資本主義の縮図があるね。カネとモノに右往左往する人々が流れてゆく。

往路の第二橋の左側海洋には巨大な人工島が見える。橋から高層ビルが建ち並ぶ威容が見える。その島はマレーシア史上最大のプロジェクトといわれ中国系デベロッパーが十数年かけて開発した。その名もフォレスト・シティ。森にある木々はビル群だけどね。シンガポールのすぐ脇で、シンガポールよりはお安く夢の高級マンションが手に入る。ターゲットは中国人富裕層だ。しかし折から習近平政権の中国からの資金持ち出し規制が強まり客手が弱まり、完成まもなくゴーストタウンになってしまった。夢の跡というより夢すら見えてない段階だな、

渋滞にハマりつつ、英語のヘタな中国系ドライバーは横のレーンに隙ができるとすぐに車線を変える。まるで第一橋を選択したことの腹いせをするように何度も何度も繰り返す。そういう車が多いせいでますます列は長くなる。時にクラクションを鳴らされる。横に並ぶバンもオレの前には行かせねえぞと言わんばかりに急発進させる。こちらも負けずに無理矢理横入りする。衝突寸前に接近した車のウィンドウ越しでドライバーはこちらに何か怒鳴ってる。あいつはインド系だな。

「この渋滞で車線変えても意味ないよ」たまらずに注意する。

「わかってる。でもこれがシンガポール人のやり方なんだ。『キアース』ってやつだ」とスマイリー

「え?いまなんて?」

「キアース。福建語だよ。意味は、負けたくないってこと」

「中国語でどう書くの?」

「漢字は知らない」
方言話者は漢字を気にしてない。
そもそも書き言葉は官製だ。
それに我々とは英語で話すしね。

「マンドリンではパース(怕输)ってこと」

怕=恐れる
输=負ける

負けを恐れる

でも福建語だって対応してる漢字があるはず。Wikipedia老師に尋ねてみよう。

正解は「驚输」

驚輸(kiasu)源自閩南語,字面上的意思就是「怕輸」

但在新加坡、馬來西亞的福建話中,此字衍伸為表示害怕失去或表示吝啬、自私(的态度),常被用来形容害怕没有拿到最好的、害怕失败的人,或常被用来指在每一次交易中总想占大头、占每一次竞争中都想占先的渴望,其中暗含了对其贪婪、自私、粗鲁等的影射

意訳すると

シンガポールやマレーシアでは、何か失うのをこわがることをや、ケチ、自分勝手、一番良いものを得られないことに使われる。さらには取引で常に優勢な位置を占めたい渇望だったり、その目的のための貪欲、自分勝手、無骨さも暗に示す。

英語版Wikipediaこ解説はさらに面白い

Kiasu is part of the vocabulary of Singapore's colloquial language: Singlish. Singlish is an English-based language comprising vocabulary from Singapore’s four official languages: English, Malay, Tamil, and Mandarin, as well as other Chinese dialects such as Hokkien, Teochew, and Cantonese.However, the language represents a homogeneous Singaporean way of thinking, rather than a mixture of the various cultures from which the specific languages originate.The word reflects a Singaporean mindset and has become ingrained in Singapore’s national culture.

移民国家シンガポールは英語、マレー語、中国語、タミル語のほか中国の方言、福建語、潮州語、広東語の話者にもあまねく通じてしまう言葉なんだそうです。

福建語だけどみんなに通じるのね?試しに英国人に聞いてみよう。

「ジェラルドもキアースって理解できるの?」

「オフコース。もうシンガポールに30年住んでるんだからね」

そしてこのキアース魂がシンガポールを世界有数の先進国に引っ張り上げた原動力になった。

あいつに負けたくない。儲かるのはどんな商売だ?一番安いのはどれだ?安く買えるのはどこだ?ずるしてでも一番金持ちになってやる。この国境を跨ぐ橋だってカネのためだ。

渋滞は未だに続いている。相変わらずクラクションが鳴っている。ん?何か重低音が混じってないか?

「なにか聴こえない?」
「え、そうかなあ」
「いや、やっぱり聴こえるよ」

重低音が響き、振動が徐々に伝わってくる。揺れが大きくなる。橋自体が波打っているように見える。何かが壊れる高い音も加わる。悲鳴も混じり出した。渋滞の先の橋桁が揺れながら崩れ、車が次々と転落している。

そうだ動画撮らないと。
とっさに窓を開けてスマホを構える。これならバズって一攫千金だああああ。追突された衝撃でスマホは投げ出され海に放り出された。



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