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読書記録2

2023年8月

・世界でいちばん透き通った物語

著者 杉井光 235ページ 新潮文庫

 親が、新聞の書評コーナーで知って買ってきた本を借りた。
 ネタバレ厳禁、予測不可能な展開と書かれた帯のとおりの作品。

 母親を交通事故で亡くしてからぼんやりと生きていた主人公の藤坂燈真はある日父親の死を知らされる。
 藤坂燈真の父親は、大御所ミステリ作家の宮内彰吾。彼は妻帯者であったが、たくさんの女性と不倫関係を築きそのうちの一人と子どもまで作っていた。それが、藤坂燈真である。
 愛人の子であったし、父親の生前も関わりが全くなかったので、遺産等にも全然興味がなかったが、宮内の長男松方朋晃から「話がある」といきなり連絡が来る。しぶしぶ会って話を聞くと、父親は死の直前まで「世界でいちばん透き通った物語」という小説を書いていて、その遺稿を一緒に探してほしいのだと言う。
 いやいやながらも、父親の愛人たちのもとを周って話を聞いていくうちに、だんだん真実がわかっていき……

 仕掛けられたトリックに気が付いた時、今まで読んできたページを戻ってみたり、何度も同じところを見てみたり、それはもう驚愕した。
 こういう類の書籍は今まで何冊か読んできたが、それでも初めて見るタイプのネタをしかけてきている。「電子書籍化不可能」、「ネタバレ厳禁」、「絶対に予測不可能」の踊り文句にも納得せざるをえない。
 ラストに訪れる驚愕と興奮を、一体だれが想像できるだろうか?

 「     」

・向日葵の咲かない夏

著者 道尾秀介 470ページ 新潮文庫

 夏だし季節が夏の本でも読むか~という気持ちで手に取った本。 
 犬猫が残酷に殺される描写、リアルな事件現場の描写があるので苦手な人は注意。
 物語全体に、夏の寝苦しい夜の蒸し暑い空気みたいな、なんともいえない気持ち悪い違和感が漂っている。それなのに、読むのがやめられない。なぜか引き込まれてしまう”何か”がある。

 夏休み前の最後の日、ミチオは担任の岩村先生に頼まれて、その日欠席していたS君の家に届け物をしに行った。ところが、家に入るとS君は首を吊って自殺していたのだ。
 ミチオは息も絶え絶えに学校に戻り、先生にこのことを伝えるが後日「死体がなかった」と言われてしまう。だが、ミチオは実際にS君の死体を見たわけだし、死体から滴っていた排泄物、嫌な臭い、すべてを鮮明に覚えていた。
 一週間後、S君はなんと蜘蛛の姿となってミチオの前に現れた。S君は「僕は殺された」とミチオに訴える。ミチオと妹のミカ、そしてS君は事件の真相を追い始めるのだが……

 読んでいくうちに、誰が正しくて誰が味方なのかわからなくなる。なにが正しいだなんて、正解を固定してはいけないのかもしれない。
 正直、好き嫌いが分かれるストーリー、終わり方だと思うが私はとても好きな物語だった。
 死んだにも関わらず戻ってきたS君、異様に大人びている3歳児のミカ、ミチオの母親の狂気に飲まれた姿。すべての理由が終盤で明かされ、深い納得と虚無感に包まれる。
 読了後、冒頭のプロローグをもう一度読み直してみてほしい。きっと、そういうことか!と納得すると同時に、驚きからの寒気が全身を駆け巡るだろうから。
 作者の巧みなミスリードはだれも予測できない結末へ読者を導くだろう。自分の名前を主人公につけてしまった作者、さすがだと思った。
 今まで読んできた本の中でも上位に入るほど良い本だった。

・告白

著者 湊かなえ 317ページ 双葉文庫

 担任の女性教師が最後のホームルームで今年度で辞職するというということを話すところから、物語は始まる。
 愛するたった一人の娘を生徒に殺された母親の復讐劇と言っても良いだろう。復讐、と言っても殺し返すのではなくホームルームでの語りを種として、犯人たちは徐々に精神的に追い詰められていく。

 登場人物の語り口調で話が進み、一つの事件についての心情が語られていく珍しい構成だった。早い段階で事件の全貌が語られて、これからどうなっていくのだろうと思えば、それぞれの登場人物の心情の深堀りがなされていく。
 話の動き、時間の動きはとても少ないのだが一人一人の個性が強くのめり込むように読んでしまう。
  心理描写が卓越しており、より没入感を得ることができた。ただ、最高に嫌な気分になる。物語が進んでいくにつれそれはヒートアップしていくように感じた。
 「告白」という題名だが、語り手の登場人物たちが本当に「告白」しているとは限らない。後の章を読んでいくと、さっきのこの人が言っていたのは嘘だったとか、逆に今話している人が嘘を言っているだとか、いろんなところで矛盾を感じるところがある。
 それぞれの立場、全員にゆるがせない意思と行動の根源があり、全員に同情せざるを得ない。
 誰も救われないようなスッキリしない後味の悪い作品だが(褒めている)、わたしはイヤミスが好きなので楽しく読めた。
 個人的には、森口先生が無感情に淡々と語っている風に感じ、少し恐ろしさを感じた。

・あの花が咲く丘で、君とまた出会えたら。

著者 汐見夏衛 275ページ スターツ出版文庫

 恋愛小説はあまり好きではないので普段手に取らないのだが、人に勧められてこの作品を読むことにした。

 主人公、中学二年生の加納百合はつまらない学校、うるさい母親にイライラしていたが、ある日母親と喧嘩したのをきっかけに家出をする。仕方がないのでかつて防空壕として使われていた場所で丸まって眠ると、起きた時には70年前の戦争中の日本にタイムスリップしてしまっていた。
 偶然通りかかった佐久間彰という青年に助けられ、ツルさんという女性が切り盛りする食堂を住み込みで手伝うことになる。
 戦時中の生活はとても貧しいもので、百合は現代の生活がどれだけ恵まれていて平和かを実感した。
 助けてくれた青年、彰は特攻隊員で近いうちに死が待ち受けている。彰の仲間たちもまた然りだ。それなのに朗らかに笑って話し食べ物をほおばる、日本のために死ねることは栄誉だと言い切る、彼らの考えを百合は理解することができなかった。
 彰と過ごしていくうちに、百合は彼に惹かれていくのだが、ある日街を爆撃が襲い……

 感動する、と言われて勧められたが、わたしは感動というよりも辛さを強く感じた。戦争の悲惨さが鮮明に伝わってきて、つらくて読んでいられない。 
 当時の人々はこういう引き裂かれる恋愛も当たり前のことだったのかなと思った。
 最後の方はどうしようもなくしんどくて悲しくて、普段の倍の速度で流し読みをしないと読み切れそうもなかった。生きていてほしいという懇願を受けても、涙をこらえて戦地へ散っていく特攻隊員と、おいて行かれる人たちのやり取りは、見ていられない。
 夏のこの時期に読めて良かったと思う。戦争の知識を得るため、深く緻密な物語を読みたいのならこの本は少しおすすめしにくいが、誰が読んでも涙なしには読めないと思う。
 わたしは、途中で本を閉じたり流し読みをパワーアップさせていなければ、電車の中で大泣き号泣女になってしまったと思う。
 夜とか、一人でゆっくりできる時間に読むのをおすすめする。カフェとかファミレスとか、空き時間とか、移動時間とかに読むのはおすすめしない。

・LINEで子どもがバカになる「日本語」大崩壊

著者 矢野耕平 講談社+α新書 187ページ

 図書館で日本語の本のコーナーを物色しているときに目に入り、その大胆な題名に惹かれ手に取った。
 導入はタイトル通り、LINEが及ぼす日本語力低下の問題から始まる。LINEで短い言葉をやり取りしていったり、スタンプを多用していったりする中で、心情表現が乏しくなる、説明能力の欠落、記述力の喪失などの弊害が表れているのだ。
 「キモイ」「ヤバい」「ウザい」はわたしもつい多用してしまうので少しドキッとした。ツイッターとかでも、いつも同じような表現、語彙を使った感想や思考をツイート、リプライしてしまう。毎回、同じ感じになってしまうなとは思うのだが、ちょうどいい言い換えが見つからない。結局、諦めて同じような言葉を使ってしまうのだ。
 現代では英語教育の充実が叫ばれているが、英語学習以前に母国語能力を高めるべきだという著者の意見にはとても納得した。




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