見出し画像

「女性の物語」との和解ー『ナポリの物語』

私は長いことフィクションの「女性の物語」が苦手だった。今もまだ完全に和解できているとは言い切れない。それでもこの数年で以前よりも幅広いストーリーに接したおかげで随分とわかってきたことがある。自分の思考の整理も兼ねてこれまでの経緯とターニングポイントとなった作品について書いてみたい。

子供の頃から小説が好きでよく読んでいた。フィクションの物語が好きだったけど地方で映画は超大作をたまに観る程度、テレビドラマも滅多に観なかったので小説を読むしかなかった。途中ほとんど読書をしない時期もあったけれど、大抵は翻訳小説が好きで図書館で借りて読んでいた。

そして、ある時気がついた。私が読む小説の大半は男性が書いたものだったのだ。少しずつフェミニズムなどを学び、自分も「フェミニスト」だと思っていた私は動揺した。読む作品を選ぶのに著者のジェンダーを気にしたことはなく、ほとんど無意識だったからだ。

今改めて考えてみれば原因はいくつか思い浮かぶ。思い込みもあるだろうが、女性作家の作品は恋愛が前面に出ていることが多く、私は恋愛描写に興味がない。また、女性が書いた本の装丁はステレオタイプに「女性的」なものが多く、私は「女性的」なものを好まない。自分も女性だと思っていたのに、「女性の物語」に自分の物語は含まれていないという疎外感もあったと思う。

実際、女性作家の作品を全く読んでいなかったわけではなく、好きな作家はいた。たとえば小川洋子氏。たとえばエミリー・ブロンテ(といっても『嵐が丘』しか読んでいないけれど)。恋愛が絡むことはあっても、それ以上に個性の強い作品だから抵抗を感じなかったのだと思う。他にも、私が読んでいた女性作家の作品の共通点として、主人公が男性であることが多かった。

こうしたことに気づいてからは意識的に女性が書いた作品を手に取るようになった。配信サービスのおかげで洋画や海外ドラマを見るようになってからは女性主人公の物語に触れることも多くなった。だが、それでも私の中にはまだ「女性の物語」への苦手意識が根強く残っていた。それがミソジニーだと認めたくはなかったが、少なくとも一部分はそうだったと思う。

その苦手意識を根本から見直すきっかけになったのが、エレナ・フェッランテ『ナポリの物語』シリーズだ。HBOでドラマシリーズ化(My Brilliant Friend)が決定したのがきっかけで興味を持ち、当時邦訳で出ていた第1巻『リラとわたし』を読んだ。圧倒された。400ページ超を一気に読み、すぐに出た第2巻『新しい名字』も同様に読み終えた。それから少し経ち、先日第3巻『逃れる者と留まる者』を夢中になって読んだ。

『ナポリの物語』はこれ以上ないほどに「女性の物語」だ。女性が書き、主人公二人をはじめ登場人物の多くは女性、内容も恋愛が大きく関わる。では、それまで「女性の物語」に苦手意識があった私がここまで夢中になったのはなぜか。それは、女性にも男性と同じように、もしくはそれ以上に魅力的な物語があるという、当たり前だけれどなかなか認められない事実を見せつけてくれたからだと思う。

子供の頃からずば抜けた才能と暴力性をあわせもっていたリラと、リラの才能に憧れながら真面目に勉強してきたエレナ。『ナポリの物語』はこの二人の生涯にわたる友情を軸にした作品だ。子供の頃からお互いに競い合って遊び、勉強していた二人は、物語中で女性というだけで度々理不尽な目に遭う。同じような才能を持ち努力をしてきても男性ならば決して気付かない、気付いても無視してしまえるような出来事だ。物語が始まるのは1950年代のナポリの下町、今よりもずっと女性蔑視が激しい時代。

彼女らが受けるのは、#MeToo後の現在でも女性が表立って発言するのは難しい、あるいは語るべき言葉を持てない差別の数々だ。私自身経験したこともあれば聞いたこともある。それは女性を表舞台から遠ざけ、職場の隅へ、家の中へと追い詰めていく。『ナポリの物語』はそんな差別を直接糾弾するわけではない。むしろ、エレナやリラが受ける差別と彼女らの人生の他の部分とを地続きで語るのがこの作品の特別なところだ。性格がまったく違う二人は同じような差別をされても状況はもちろん、対処の仕方も受ける影響も違い、それによって否応なく物語そのものが変化していく。それぞれの人生はもちろん、二人の関係にも影響していく。男性の登場人物よりも制限されることが多く、自分の意思で決められることも少ない女性たちが、その選択肢の少なさゆえに複雑な人生を歩んでいく様を描いたのが『ナポリの物語』なのだ。

『ナポリの物語』は、女性の物語が男性のそれと違うのは彼女らを取り巻く環境が男性とは違うからだと明かしてくれた。そしてその違いで女性の物語がつまらなくなるのではなく、反対により複雑でより面白い物語になるということも。エレナもリラも、その他の女性の登場人物も、何より二人の関係性の複雑さは「友情」という一言では片付けられない魅力が詰まっている。「女性の物語」に興味が持てない、という人にこそ読んでほしい。私も最終巻である第4巻を(HBO版が観れるようになるのも)楽しみに待っている。

#ナポリの物語 #MyBrilliantFriend #小説 #海外ドラマ #フェミニズム


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?