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【ヴァサラ戦記二次創作】アマネ&カスミ珍道中〜幸運の兄妹〜

※この作品は、はなまるさんのヴァサラ戦記二次創作小説「イザヨイ島一悶着:前編【コミカライズあるある:別雑誌に掲載される漫画の雰囲気】」に続くお話です。



 「サイカのライブチケットのペア招待券?」
「うん、そうなの! この雑誌についてるハガキで応募するんだって!」
アマネは、妹のカスミが読んでいた雑誌をパラパラと捲る。歌人のサイカが表紙を飾るトレンド情報誌だ。表紙の彼は、全身黒の衣装に身を包んだ上に、フェルトハットを目深に被り、ギターを抱え、ミステリアスな空気を醸し出しながら、木製の椅子に座っている。ざっと雑誌に目を通したところ、サイカのこれまでの活躍の振り返りや代表曲の紹介、サイカへのインタビュー記事が載っているようだ。

 人の悲しみや苦痛や苦しみに一筋の光を射す、と謳われているサイカは、国一番の歌人だ。その歌声は、悲しみを背負った人の心に無差別に『共鳴』し、ついには観客のほとんどがうずくまってしまうという。
 アマネ達も過去にサイカの曲を聴いた事がある。アマネは両親を失った悲しみに、カスミは両親の顔を知らずに育ってきた悲しみに、それぞれ共鳴し、一度は涙を流した。今となってはお互い、兄妹という存在がいる為、すぐには泣けなくなっていたのだが、それでも純粋に楽曲のファンとして時々サイカの曲は耳にしていた。

 「しかもね、今回はイザヨイ島っていう所で、大きいライブをするんだって! 行ってみたいなぁ。ねぇ、お兄ちゃん。応募するくらい、いいでしょ?」
「イザヨイ島っていうと……」
「イザヨイ島は、島自体が歓楽街になってて、その規模は国一番っていわれてる。食いもんに、遊びに、観光に……。一日かけても遊び尽くせねぇ娯楽がてんこ盛りだ」
武器の手入れをしていたウキグモが兄妹の方に視線をやり、島の概略を説明する。
「へぇ、凄いなぁ。行ってみたい!」
キラキラと目を輝かせるカスミとは反対に、ウキグモは眉根をひそめ、どこか浮かない表情だ。次は少し躊躇いがちに口を開く。

 「……まあ、楽しい場所ではあるんだが、光が強けりゃ、その分闇は濃くなる。イザヨイ島は治安が悪い、ってのでも有名……」
「なんだって!? 仮に当たったとしても、そんなとこにお前を行かせる訳には……」
ガタッと椅子から立ち上がり、アマネは鋭い剣幕でまくし立てようとしたところをウキグモが抑える。
「まあ、話は最後まで聞けアマネ。国一番の歌人のライブだ。警備を疎かにするはずはねぇ。ヴァサラ軍だって、警備に駆り出されるだろうよ。あの覇王のヴァサラが率いる、国一番の軍がな」
「それに、これペアチケットなんだよ。お兄ちゃんと行けたらなって思ってるんだけど……それでも、ダメ?」
カスミは、兄の顔を見上げて首を少し傾げて、尋ねる。

 もし行けるとなれば、贅沢をさせてあげられる貴重な機会だ。カスミには家の事をほとんど任せてしまっているし、自分も鍛錬の他、家計を支える為にいくつかのアルバイトを掛け持ちしている。本来なら、美味しいものを食べさせてあげたいし、可愛らしい衣服やアクセサリーのひとつでも買ってあげたい。年頃の女の子らしいことを何ひとつさせてあげられていない。
 それでも、文句のひとつも言わずに、日々の生活を支える一員として、懸命に生きているのだ。仮に当たったとすれば、そういった贅沢をさせてあげられるし、自分が同行者として、責任をもって守ればいい話だ。ウキグモも口には出さないが、ヤワな鍛錬を積ませているつもりはない為、行ってきたらどうだとほとんど賛成のような、アマネを信頼したように真っ直ぐな眼差しを送っている。

 「……分かった。まあ、応募するだけしてみるか。サイカは超人気の歌人だから、当たったら超ラッキーだぞ」
「ありがとう、お兄ちゃん! 確かに当たったらラッキーだよね。応募するだけ応募してみる!」
兄の許可が得られて、喜びを弾けさせたカスミは早速、雑誌の巻末についてるハガキを切り取り、応募事項を埋め始めた。
 この雑誌は、国の全土で売り出されている有名なトレンド情報誌だ。国一番の歌人のライブとなれば、全国から応募が殺到することは明白だ。そんな高い倍率を誇るペアチケットプレゼント企画に当たるだけでもかなりの幸運だ。当たったらもちろん嬉しいが、そんなことが起きることはそうそうありえないだろう……。
 ウキウキと足取り軽く、書き終えたハガキを手に近くのポストへと駆け出すカスミを微笑ましそうに見守りながら、アマネは剣の鍛錬の準備を始めた。


 数ヶ月後。サルビアの街を騒がせていた誘拐事件がひと段落したある日の事だ。
「お、お、お、おにい、お兄ちゃんッ!!!!」
ドタドタとカスミが慌ただしい足音を家に響かせながら、まだ寝床にいたアマネに近づく。
「……ん、何だカスミ。朝から騒がしいな」
「見てよ、お兄ちゃん! これ!」
寝ぼけ眼のアマネに、ズイッと紙切れを見せつける。
「……サイカ、ライブツアー、inイザヨイ島……? サイカ……? イザヨイ……」
その紙切れに書かれた文字を読んでいくと、頭の隅に追いやられていた記憶が蘇ってくる。確か、数ヶ月前にカスミが雑誌についてたハガキで応募したチケットプレゼント企画ではないのか。
「ま、待てよ……。もしかして……」
「サイカのライブチケット! 当たったんだよ!」
記憶にかかっていた霧が、サッと晴れたような感覚。そして同時に激しい雷を打たれたような衝撃を受けて、アマネはバッと飛び起きる。

 「は!? ま、マジかよ……! あのサイカのライブチケットが!?」
カスミが手にしていたチケットと茶封筒を受け取り、見てみると『チケット当選のご案内』と書かれたA4用紙と、『サイカ ライブツアーinイザヨイ島』の文字とサイカの演奏姿がデザインされた、長方形のライブチケットが2枚同封されていた。
「凄いよ、お兄ちゃん! 本当に当たったよ!」
この頃の騒動や日々の生活の忙しさで、サイカのライブが開催されることはおろか、当たる確率が極めて低いであろう雑誌のプレゼント企画に応募していたことなど、ほとんど忘れかけていた。その為、感じた衝撃はとてつもなく大きく、思わず鳥肌が立っていた。目の前で興奮を抑えきれないカスミも、同じ気持ちだろう。

 「イザヨイ島か……」
 そこは、国一番の歓楽街。数々の娯楽に、見たこともない珍しい物が溢れて、愉しさや人々の喧騒で光輝くのと同時に、何が目的で動いているのか見当もつかないような闇も蠢いている場所だ。
 そんな危険と隣り合わせのような島ではあるが、サイカのライブに、まだ見ぬ娯楽を想像すると、自然と胸が踊る。何より、妹にたまの贅沢をさせてあげられる千載一遇のチャンスを得たのだ。思い切り楽しませてあげたい。そんな思いも込み上げてきた。
「せっかく当たったしな。よし、この日は思い切り、楽しむぞ!」
「うん! 楽しみだね!」


 イザヨイ島。国一番の歓楽街ともいわれる、その場所には多くの一般客、家族連れやカップルなどが数多く訪れていた。
 人々の大半がこの島にやってくる国一番の歌人サイカのライブを見に来た客だ。この島に到着したアマネとカスミは、普段暮らしている街では考えられない人混みに困惑しつつも、賑やかな様子に心を躍らせていた。
「わ、見て! クレープ、だって! 美味しそう……」
「ああ、甘い匂いがするな。カスミ、絶対俺から離れるなよ。こんな人混みで迷子になったら、ひとたまりもないからな」
二人はピッタリとくっつき、まずは目の前の屋台街を楽しむことにした。見たこともない食べ物に、土産物が所狭しと並べられて、次々と目移りしてしまう。アマネは、とにかくはぐれないようにと気を引き締めつつも、初めて見る物の数々に心が躍っていた。

「あいよ、クリームたっぷりのフルーツクレープだ。聞くまでもないだろうが、兄ちゃんたちもサイカのライブを見に来たんだろ?」
代金と引き換えにクレープを受け取っていると、店主から尋ねられた。
「ああ、そうだけど……」
「なら、抽選会場には行ったかい? サイカの限定グッズが当たるって聞いたぜ」
今日はライブのリハーサル日。物販の会場が開くのは16時頃だ。午前中にやってきたアマネ達は、物販が始まるまでは、屋台街をゆっくり見て回る方に重点を置いていた為、ライブ会場周辺にはまだ近づいていなかった。
「ううん、まだだよ。その抽選会場ってどこにあるの?」
兄からクレープを受け取りながらも、限定グッズと聞いてときめいているカスミが尋ねた。
「それならライブホール近くの特設会場でやってるよ。ライブ会場目指して歩いてりゃ、目立つように設営されてるはずだ」
「ありがとう!」
美味しそうなクレープに良い情報を得たアマネ達は、クレープの屋台を後にして歩き出した。

 落ち着いて食べられる食事席に座って、アマネは焼きそばやたこ焼き、カスミはホイップクリームと新鮮なフルーツたっぷりのクレープや団子を頬張りながら、抽選会場が気になりだしていた。
「バケットハットが当たる抽選会か……」
「サイカが被ってる帽子に似てるね」
焼きそばの屋台で抽選会のチラシを席のテーブルに広げて、それをしげしげと眺めていた。サイカが被っている帽子とよく似たデザインのバケットハットが描き込まれている。チラシの中でも、一際目立つように書かれているのは、"一名様限定!サイカのサイン入りバケットハットが当たる!"ということだった。
「というか……抽選、か。俺たちがここに来られたのも抽選だったし、さすがにグッズまで当たったらラッキー過ぎないか?」
「あははっ、確かにそうだね。でもさ、一応! 一応ね、参加するだけしてみようよ」
抽選倍率の高いライブチケットが当たっただけでも、相当な幸運に恵まれているのは確かなのは、二人とも分かっていることだ。しかし、遠路はるばる、日常では来られない所に来たなら、楽しめる物は楽しみ尽くさねば損ではないだろうか。当たろうが当たるまいが、そこは関係ない。
「そうだな。まだ時間もあるし、食い終わったら、抽選会に行ってみるか」
そう決めたアマネは残りの焼きそばとたこ焼きを食べ始める。
「あ、お兄ちゃん! わたしもそれ食べたい! わたしのクレープも分けてあげるから」

 この後、更なる幸運に恵まれることになろうとはこの時のアマネ達には知る由もなかった。

イザヨイ島一悶着:前編【コミカライズあるある:別雑誌に掲載される漫画の雰囲気】に続く。

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