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【ヴァサラ戦記二次創作】ヨモギ外伝③-1 ―初任務と出会い―

 ヨモギがヴァサラ軍に入り、数ヶ月。夏が過ぎ、秋の気配が訪れていた。カラッとした晴れた青空が広がり、時折そよ風が頬を撫ぜる心地よい天候の中、ヨモギは三番隊隊舎の庭の一角で、畑を耕していた。
 この畑は、ヨモギ自らが希望して用意してもらった畑で、隊長のヒジリはもちろん、ヴァサラ総督にも許可を貰い、庭の一角を畑として利用することが叶ったのだ。
 “許可”とはいうものの、実際は「軍の兵糧にもなるし、美味い物は単純に隊士たちの士気を上げてくれるじゃろう」とほぼ二つ返事での快諾だった。なんと太っ腹な人なんだろうか、やはり伝説と呼ばれる男は持っている器が違う、とヨモギは心底感服した。そして、せっかく土地を借りているのだからと、どんなに辛い剣の修行の後でも、畑の世話だけは毎日欠かさず行っている。
 美味しい野菜を作って皆の士気をあげるのは当然として、全ては命を救ってくれたヒジリの恩返しの為に――。

 慣れた鍬捌きで、充分に耕したフカフカの土に、野菜の苗を植えていく。今の時期は、キャベツや白菜といった葉物系野菜を植えるのに最適な時期だ。冬の厳しい寒さで甘みを増したそれは、煮物や鍋料理の最高のお供だ。脳内にホカホカの湯気が立ち上った鍋を想像し、自然とヨダレがこぼれてしまいそうになるが、何とか堪えたヨモギであった。
「……美味しく出来上がるのが楽しみだべなぁ」
「ホッホッホ……精が出るのぉ」
最後の苗を植え終わると、そこにヒジリが杖をつきながら穏やかな歩調で様子を見にやってきた。
「よっ、ヨモギ! へー、いっぱい植えたんだなぁ。出来上がるのがたんのしみだなぁ!」
続けて、ヨタローが軽い足取りで顔を見せに来た。白菜とキャベツが植えられた畑を見て、感心した様子だ。
「ヒジリ隊長! それにヨタローも。そうだ、ヨタロー。暇だったらでいいから、収穫の時は手伝ってもらえたら嬉しいべ!」
「おう、分かったよ! ガラさんやクマさんも呼んで、みんなで収穫祭だな! ……おっと、そういや、ヨモギに用事を伝えに来たの、忘れてた!」
へへへ、と調子のよい笑いを浮かべた後、何故かわざとらしく咳払いをした後に、ヨタローはこう告げた。
「おっほん、聞いて驚け! ヨモギに初任務を伝えに来たぞ! んーと……、詳しいことはヴァサラのじいちゃんに聞いてくれ!」
以上ッ! とこれまた何故か誇らしげな顔で、用事を伝え終わるヨタローであった。話の中身は、ただ“初任務がある”ということだけなのだが。
「……ええええええええッ!? 任務!? ついに、あたしも任務に? ええ……大丈夫かなぁ」
素っ頓狂な声を上げて驚きの声を上げたかと思えば、今度は初任務の不安から声のトーンが下がって心配そうな顔を浮かべるヨモギに、ヒジリが穏やかな口調で声をかける。
「なに、心配は要らぬ。今回は任務補助ということで、隊長格の一人も同行する手筈になっておるぞ。……まあ、若様の元へ行けば分かる話じゃ」
「そ、そうですね! それじゃあ、総督さんとこに聞きに行ってくるべ!」
今度はハッとした表情を顔に出して、それまで手に持っていた鍬を用具庫にしまってから、慌ただしくヴァサラの元へ走っていった。
「おー、行ってらっしゃい!」
ヨタローは、ブンブンと手を振ってヨモギを見送った。


 木々が紅く染まりつつある、ヴァサラ邸の中庭。そこには、伝説と呼ばれる男ヴァサラと今回の任務の主戦力となる九番隊隊長「風神」セトが待っていた。ヨモギがこの場に現れたのを見て、ヴァサラは口を開く。
「来たか。では、単刀直入に話そう。……今回は、サルビアの街で誘拐事件が多発しておるようじゃ。お主らには、誘拐犯の確保及び、被害者の保護を頼みたい」
今回の任務の説明を受けたものの、初の任務で犯罪者を捕まえ、被害者の保護という任務を課せられ、ヨモギは不安そうな顔を浮かべる。
「ゆ、誘拐犯……それ、あたし達二人だけで大丈夫なモンですかね……。任務の補佐なんて、そげな大層なことが出来るかどうか……」
「フン、戦場に出る覚悟がねぇなら、そのまま留守番してろ。足手まといのお守りほど、面倒くせぇモンはねぇ」
「なっ……!?」
“足手まとい”とハッキリ言われてしまうが、ヨモギは何も言い返すことができなかった。ヨモギはヴァサラ軍に入る前は剣を握ったことはなく、実戦経験も不足している。足手まといなのは、動かしようのない事実だ。なぜ、自分が任務に抜擢されたのだろうか……。
「ヨモギよ。お前は何のために剣を取ったのじゃ? よく思い出してみよ。己の胸に問いかけるのじゃ」
ヴァサラの問いかけに、ヨモギは静かに目を閉じて考える。
――あの日、炎に消えた村と、為す術なく殺され地に伏した家族や村人たちの姿。絶望に打ちひしがれ、一度は生を諦めかけた。しかし、ヒジリが命を繋ぎ止めてくれ、今ここに立つことができている。命を救ってくれた、ヒジリへの恩返しの気持ち……それから、村の跡地に建てた墓標にこう誓ったはずだ。
「自分のように絶望に打ちひしがれる人を生み出したくない」と。
ヨモギは右の拳に力を込める。
「……そうだ。もうこれ以上、あたしみたいに悲しむ人が居なくなるように。その為に、あたしは剣を取ったんだべ」
「それを忘れていなければ良い。お前は既に目的を持って、剣を振るっている。目的や意思を伴った剣は、闇雲に振るう剣よりも格段に強い。自信を持っていくのじゃ」
ヨモギの目に、再び決意の火が灯ったことを確認したヴァサラはフッと微笑み、こう続けた。
「それにのぉ、セトはこう見えて頼りがいのある男じゃ。口では厳しい物言いをするが、弟想いの立派な兄で――」
「おい、余計なことを言うんじゃねぇ」
セトは鋭い剣幕で話を遮る。だが、弟想いの話は紛れもなく事実である。十番隊隊長「雷神」ルト。彼はセトの弟だ。口では「めんどくせぇ」などと言いつつも、弟のこととなると、何処へいても何をしていても、真っ先に駆けつけている。そんな光景を、ヨモギは入隊して数ヶ月の間に何度も見てきた。
(弟や妹を想う気持ちは、あたしにもよく分かるべ……)
かつては兄弟がいた身であるからこそ、ヨモギはうんうんと頷き、同意を示す。
「生暖かい視線向けんじゃねぇよ……。ったく、ジジイが余計な事言いやがるから」
セトは少し居心地が悪いのか、後頭部を乱暴に掻き、ソワソワとし始めた。
(別に恥ずかしがるようなことでもねぇのになぁ……)
「はっはっは、話が逸れたな。では、セトにヨモギよ。出発は明朝じゃ。それまでに各自準備を済ませるように」
 豪快に笑い飛ばしながら、ヴァサラは解散を宣言する。
「さっきよりはマシな顔になったな。……足は引っ張んじゃねぇぞ」
用事が済むや否や、セトは風の速さで隊舎に戻っていった。“足手まとい”と言われた時のような厳しい物言いではなく、多少は使い物になると見込んだような口調だった。
「よし……今日は早めに寝て、きちっと任務を全うできるようにしとかんと! では、ヴァサラ総督。あたしはこれで失礼するべ」
ヨモギはヴァサラに向けて、一礼をすると素早く三番隊隊舎へ向けて駆け出して行った。
(あの調子なら、大丈夫じゃろう。己を強く持つのじゃ、ヨモギよ)


 翌朝。セトとヨモギは、今回の任務地「サルビアの街」を目指し、鬱蒼とした林道を歩いていた。今朝も雲ひとつない快晴であったが、手入れの行き届いていない木々は、太陽の光を遮り、朝であるのにもかかわらず、薄暗さが漂う。加えて、ひんやりした空気も相俟って、不気味さを醸し出していた。
 そんな薄暗い林に入り、警戒度を高めたセトは後ろをついてくるヨモギに忠告した。
「こういう場所には、敵が潜んでる事が多い。慎重に行動しろ」
「は、はい……!」
気合いを入れた瞬間、グゥゥゥ……と盛大な腹の虫の声が静寂な林の中に響き渡った。
「……あ、えっと、ごめんなさい。ちょっと腹ごしらえを……」
ハッキリと聞こえた腹の虫の声に、少し恥ずかしそうにヨモギは食料袋からきびだんごを取り出そうとする。
「……緊張感無さすぎだろ、テメー」
ため息をつき、セトは呆れたように呟く。
「や、緊張するから余計に腹が減るんだべ! それにずっと歩きっぱなしだし」
アワアワとしながらも、取り出したきびだんごを口に入れて良く噛む。仄かな甘さが口いっぱいに広がり、これだけでもうしばらくは歩けそうだ。
「普通、逆だろ。安心して腹が減る……とかなら聞いたことあるけどよ」
「んー、美味しい……。あっ、セト隊長も一ついかが……?」
「要らねえ、別に腹減ってねえし。さっさと食って、先に進むぞ」
ヨモギの差し出したきびだんごには目もくれず、セトはズンズンと林の奥へと歩いていく。まだ任務地にも着いてないし、こんな所で置いていかれては事だ。ヨモギは慌てて、きびだんごを飲み込むと駆け足で、セトの後ろについていった。

 「あっ、あの看板……!」
しばらく歩くと「この先、サルビア」と書かれた木製の看板が目に入った。ようやく、街に着くのだ。
「待て、何か聞こえる」
安心しようとしたのも束の間、セトが制止するようにヨモギを腕で遮る。慌ただしい足音。草むらを掻き分け、地面に落ちている木の枝が容赦なく折られていく。
その足音のする方向を見ると、年端もいかない少女が誰かに追われていた。少女は肩までかかるプラチナシルバーの髪を激しく振り乱し、追っ手を振り切ろうと走っている。時折、後ろを振り返り、追っ手との距離を測るが遠ざかる気配はなく、むしろ近づいてきている。少女の大きな青い瞳は恐怖に彩られ、心臓は早鐘のように鳴り響き、呼吸も自然と浅くなっていく。
「はっ、はっ、はっ……! 誰か……! 助けて!」
「こんな暗ぇ所に人なんか居やしねぇよ。おとなしく捕まんなァ」
追いかけている男が、少女を連れ去ろうとしているのが分かるや否や、ヨモギは一目散に駆け出して、男の前に両手を広げて立ち塞がった。
「逃げて……! ここはあたしとセト隊長で何とかすっから……!」
「チッ、あいつ、真っ先に飛び込みやがって」
指示を出すよりも先に飛び出していった事にセトは多少の苛立ちを覚える。しかし、この男が誘拐事件の犯人だった場合は、犯人確保と被害者の保護が優先されるはずだ。
(まあ、あいつの場合、任務っていうよりは世話焼きな性格で飛び出してったんだろうけどな)
任務の面から見れば、被害者の保護に回ったヨモギの判断は間違っていない。
「おい、ヨモギ。そのチビ連れて、街へ逃げろ。コイツはオレが始末する」
刀を構えて、犯人と思しき男の前に立ち塞がりながら指示を出す。
「は、はい。了解だべ! さ、行こう!」
「分かった……! 街はこっちだよ」
少女が指を指す方向にヨモギが走り出そうとした途端、男の指笛が鳴る。甲高い合図に、草むらから男の仲間と思しき野盗がぞろぞろと現れ、ヨモギと少女の周りを囲んだ。
「へへへ……逃がすと思うかよォ」
余裕の笑みを浮かべた男に、セトは表情一つ崩さず、刀を一回転させ始める。
「フン、雑魚を並べてやれると思うのか? 風の極み……『旋空神風・嵐斬華』ッ!!」
突如として、林を揺らす暴風が吹き荒れ始める。その暴風は、やがて、全てを斬り裂く刃となって、野盗達に容赦なく襲い掛かる。
「ぐわぁぁぁあ!!」
ヨモギと少女を囲む野盗は、一瞬にして風の刃で切り裂かれ、力なく地面に倒れる。初めて目の当たりにする極みの力にヨモギは、あんぐり口を開けて見惚れてしまう。
(す、すんげえ……、これが極みの力!?)
「おい、ボーッとしてねぇでさっさと逃げろ! あとはこいつだけ……。この程度なら、オレ一人でも充分だ」
セトの一喝で、ヨモギは現実に引き戻され、改めて少女の手を離さないように握り直し、街へと駆け出した。
「い、今のうちだべ……!」
「くそっ、なめやがって!!」
実力を下に見られた男は半ばヤケになってセトに切りかかるが、容易く攻撃を受け止め、得意の鋭いキックをみぞおちに決め、樹木に打ち付ける。
「なめてんのは、テメーの方だ」

 無我夢中で走ってきて、林道を抜けた。久しく浴びる陽光がまぶしく感じるが、陽光が生み出す温かさに思わず胸を撫でおろす。
「ここまで逃げてくれば大丈夫だべ。あ、ケガはないべか?」
セトの風の極みで、野盗は壊滅状態。少女を追いかけていたあの男もじきに倒され、合流も時間の問題だろう。
「大丈夫。助けてくれてありがとう。何かお礼しなきゃ……」
「そんなの気にしなくていいべ。あ、お腹減ってないか? 実はここまで逃げてきたから、お腹減っちゃって……。一緒に団子でも食べねぇか?」
少し照れ臭そうに提案していると、タイミングよく腹の虫が騒ぎ始めた。少女は、それにつられてくすくすと笑いだす。
「いいの? ありがと、お姉ちゃん!」
それまで、恐怖に彩られていた少女の顔が少し明るくなった。ヨモギは、その顔を見て、少し安心しつつも食料袋から団子を取り出そうとした……その矢先だった。
「おい、お前か!? 誘拐事件を起こしてる犯人ってのは! 今度は俺の妹まで狙いやがって」
突如、怒声が響きヨモギはバッと振り返りながら、少女を自分の背後に隠す。怒声の主は、プラチナシルバーの髪をうなじまで無造作に伸ばしており、切れ長の青い瞳は怒りに燃えている。右頬には絆創膏を貼っており、普段から活発に動いていることを表している。歳は、ヨモギより二,三歳年上だろうか。
「な、何をいきなり言うか! あたしはヴァサラ軍三番隊のヨモギだ、誘拐犯なんかじゃねぇべ! ……というか、妹?」
「お前みたいなのが、ヴァサラ軍だって? 嘘も大概にしろよ。その団子を使って、妹をたぶらかそうとしてたんだろ! 妹は返してもらうぞ!」
疑問を挟む余地もなく、プラチナシルバーの髪の男は、刀を抜いて構える。普段から武器を握り慣れているのか、その構えに不自然さはなく、今からでも斬りかかれる闘志を滲ませている。
(ヴァサラ軍って信じてもらえてねぇべ……! どうしたらいいんだべ!?)
話し合いになりそうもない雰囲気が生まれ、ヨモギはおそるおそる刀を抜き構えるのであった。

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