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とある牧師との思い出ーウキグモこぼれ話ー

※挿絵は高橋朋さんより頂きました!!

 ウキグモがヴァサラ軍に入り、数年。元々の剣の才や極みが発現したこともあり、副隊長入りも秒読み段階に来たある日のこと。今日はスラム街での暴徒を沈静化する任務に赴いていた。

 「ったく、キリがねぇな……」
自分たちの暮らしが逼迫し、精神的に余裕が無い彼らの攻撃は想像以上の力を発揮している。まともな仕事にも就けずお金もない。食糧もなく、満たされた状態ではない。自分が生きる為なら、何でもする。飢えた獣のような精神状態であることは、彼らのギラついた目を見れば明らかだった。

 そこそこの実力を持つウキグモや他の一般隊士でもやや苦戦気味だ。しかし、相手は暴徒といえど一般市民だ。無用な怪我をさせたくはない。街中で極みを発揮する訳にも行かず、状況は膠着していた。
(どうすれば、この状況を打破できる……?)

 「お困りのようですね」
背後から声がした。振り返ると、褐色肌の筋肉質でがっしりとした体格の男。彼はこのスラム街にある教会に住んでいるジャンニという牧師であり、ヴァサラ軍8番隊に所属している。

 白のシャツにデニムのパンツという清潔感溢れる出で立ちだが、傍目からは牧師だとは判別できない。しかし、首から掛けているロザリオだけが、彼は牧師であると証明していた。普段はTシャツを着用していることが多いが、この時は誰かの結婚式か葬式に呼ばれた帰り道だったのだろうか。
 スラム街では暴徒が現れるのは日常茶飯事だからか、特に慌てたり焦ったりといった態度はなく、むしろ穏やかさや余裕すら感じる。

「おう、あそこの教会の牧師サンじゃねぇかァ! 献金とかタンマリあんだろ?! それ俺らに寄越せやぁ!」
暴徒の1人である、チンピラ風の男は鋭く光る短剣を突き出して脅しをかける。
「やれやれ、人に物を頼む態度ではないでしょうに。……ウキグモさん、合わせられますか?」
「俺はいつでも準備万端だ」
ウキグモは剣を、ジャンニはロザリオを構える。
互いの波動の大きさが同じになり、『同調』を生み出す。

「へっ、お前ら何する気……」
「「天津風雲路の迷宮/Labyrinthus venti et nubes de caelio(ラビリントス・ヴェンティエ・ヌーベス・デカイロ)」」


挿絵:高橋朋さん


ウキグモの「朧雲」は元々撹乱や奇襲といったもので、生み出される雲自体に攻撃力はない。
「わ、何だこれ、痛ぇ!!」
「突き刺さるようだ……!!」
しかし、ジャンニとの『同調』で起きる「天津風雲路の迷宮」に関しては撹乱用の雲に『攻撃されている』という幻覚を見せることが出来る。見た目はぼんやりとした雲だが、暴徒たちには鋭利な刃物で切られているかのような攻撃が襲いかかっているように感じるのだ。

「くそっ、覚えてろ……!」
攻撃される雲の幻覚に騙された暴徒たちは、戦意を喪失して、飛んでいくように逃げていった。
「ベッタベタなセリフ、どーも。……助かったぜ、ジャンニ。おかげで誰一人傷付けることなく沈静化出来た」
剣を鞘に納めて、助太刀に現れたジャンニに礼を言う。
「いえ、礼を言うのはこちらの方です。ああいった騒ぎはいつもの事ですが、やはり誰一人怪我なく収めるのは難しいですから」
ロザリオを再び首にかけながら、ジャンニは物腰柔らかに微笑む。

「今日はソラトのとこ……ああ、俺の昔からの友達んとこで、食事に誘われててな。何とか遅れずに街に向かえそうだ。お前も一緒にどうだ? 今日の任務の礼に」
「よろしいのですか?」
「遠慮すんな、飯は大勢で食った方が美味いだろ。一人増えたところで気にするタマじゃねえし」
ま、用事とかあるなら無理強いはしねえけどと付け足した。丁度、カウンセリングの予定もなく、ウキグモの言う通り『飯は大勢で食った方が美味い』のには同感だ。教会に帰っても自分一人だけなのだから。
「では、お言葉に甘えて」

 ――サルビアの街。現在、修行を終えたソラトは故郷であるこの街に戻って、武器屋を開いていた。細部までにこだわった武器は、武器商人や武器を扱う戦士の間では、名が知れ始めていた。
ジャンニは体術メインで戦う為、剣や刀といった得物は使わない。だが、職人の魂が宿る武器であることには剣を持たないジャンニでも分かった。『神は細部に宿る』とはよく言うが、まさにこの人の武器の為にある言葉だろう。

 「さあ、たくさん食べなよ! ジャンニさんも一人暮らしだと栄養が偏るだろ?」
ソラトの嫁であるコハルは、たくさんの大皿に豪快に盛り付けた料理をテーブルに並べた。さながら、バイキングのようだ。
「母さんの料理は、とても美味しいからな! たくさん食べて!」
5歳になるソラトの息子、アマネもたくさんのご馳走を前に待ちきれない様子だ。
「はは……では、いただきます」
「いただきます!」

 ジャンニの挨拶が、合図となったのかそれぞれ思い思いに自分の皿に盛り付けていく。
「あっ、アマネ! またピーマン避けてるだろ、ちゃんと食べな」
野菜炒めにはキャベツや人参、もやし、ピーマン、豚肉が入っているが、アマネの皿にはやや肉が多めに盛られている。
「ええ〜、だって苦いし……。キャベツとかもやしは入ってるからいいだろ?」
「全く、好き嫌い言うんじゃないよ」
口を尖らせ、不満を漏らすアマネの皿にコハルが容赦なくピーマンを突っ込んでいく。

 「まあまあ、そんな無理強いしても仕方ないじゃないか」
「アンタはこの子を甘やかし過ぎなんだよ」
「ふふ……」
一連のやり取りを眺めて、ジャンニは思わず笑みをこぼした。
「あっ……悪いね、みっともないとこ見せちまって」
「いえ、家族というのはこういうものなのかなって思いまして」
ジャンニには家族が居なかった。赤子の頃、教会の前に捨てられ、教会からは牧師になることを期待されて育てられてきた。捨てられていたのを拾ってくれた恩や愛は感じれど、血の繋がった親や兄弟とは縁がなく、家族の形を知らずに育った。

「はは……お恥ずかしい所を。でも、いつもこんな感じですよ。他愛もない話をしながら、ご飯食べて、明日のことを思いながら眠る……。そんな日々の繰り返しです。でも、この日々が一日でも続くように僕がしっかり仕事しなきゃなって」
「なるほどな。今じゃ武器屋の主で、一家の大黒柱。立派になったもんだなお前は」
「ウキグモだって立派さ。ヴァサラ軍がいるから、平和があるんだ。そういや、副隊長昇進間近なんだろ? おめでとう!」
「ちょ、まだ決まったわけじゃ……」
何処からそんな噂が流れたのかは不明だが、まだ正式に決まった訳では無い為、訂正しようとする。
「え、すごい! おじさん、ヴァサラ軍の副隊長になるの?」
「なんだい、そんなことならもっと料理作っとくんだったよ! 全く水臭いねぇ!」
キラキラとしたアマネの視線に、コハルはガハハと豪快に笑いながらウキグモの背中をバシバシ叩いている。
「だから、まだ決まった訳じゃ……痛ぇ! コハル、ちっとは加減しろって……!」

そんな光景をジャンニは目を細めながら眺めていた。これがこの世界の家族の形。そして、友達の形なのかと。戦乱が続く世の中、不安も焦燥もあるが、ここには確かに暖かで平和な家族、世界の姿があった。

神よ、どうかこの平和が一日でも長く続きますように。

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