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【ヴァサラ戦記二次創作】ヨモギ外伝①―出会いと喪失―

山奥の小さな農村、ワカバ村。
ここでは十数軒ある農家達が肩を並べ、決して裕福ではないにしても、力を合わせて懸命に生きていた。

村の奥の方に住む、ヨモギの家も例に漏れず農家で、両親と弟、妹と暮らしていた。畑では季節の野菜を育てており、同時に稲作も進めていた。
毎日家族総出で農業を営む。大小の差はあれど、ワカバ村ではこの光景が日常である。

「父ちゃーん! ここに肥料置いとくべ!」
ドサッと肥料の詰まった麻袋を地面に置きながら、ヨモギは畑作業をする父に声をかけた。
「おう、ありがとな、ヨモギ。……ん、もうお天道様がこんな高く……」
空を見上げれば、だいたいの時刻が分かる。時計などなくとも、時間も、今後の天候も目測がつく。
「腹減ったなぁ……」
「みんな、お昼にするべー! 今日もたくさん作ったから、どんどん食べな!」
母が出来上がったばかりのおにぎりの山を、ドサッと作業台の上に置く。ツヤツヤとしたお米に巻かれたのり。シンプルなおにぎりも、彼らにとってはこの上ないご馳走だ。
「よし、飯にするか! ヨモギ、チビらも呼んできてくれんか」
父は作業の手を止めて、先に汚れた手を洗いに水場へ向かっていく。
「キナコ、ズンダ! お昼だべー!」
ヨモギは、畑で水やりをしている下の兄弟達を呼びに走っていく。
忙しくも、家族と共に暮らす生活。贅沢など出来なくとも、日々の生活が送れていれば、戦が続く世の中では充分幸せだ。ヨモギはそう思っていた。

――"あの日"が来るまでは。

その日は、山の麓の町、フタバ町まで野菜を売りに出かける日だった。
「ヨモギ! 忘れ物はねーか?」
「大丈夫、大丈夫! ちゃーんと持ってるべ!」
長い黒髪をひとつに束ね、身なりを整え、最後に腰に食糧袋を括り付ける。帰ってくるまでは、母が作る美味しいご飯は食べられない。しかし、ヨモギは非常に燃費が悪く、帰宅するまで腹が持たない。今この瞬間にも、食べたものが消化され、麓の町まで半分まで来てないのに、必ず空腹感に襲われる。そうなると本来の力が出せず、歩くスピードが遅くなる。
そこで、桃太郎よろしく腰に括りつけた食糧袋だ。これには、きびだんごが沢山入っており、これを食べながら山の麓の町を目指すのだ。帰る頃には当然一つも残らず、ヨモギの胃袋の中に消えてしまっている。
家族が丹精込めて育てた、ナス、キュウリ、オクラ、トウモロコシ。色ツヤ、形、大きさ、どれをとっても最高の夏野菜たちを背中のカゴに詰めて、ヨモギは家を出た。
「行ってきます!」
振り返ると、快活な緑の瞳が家族を映す。
「行ってらっしゃい、ヨモギ」
母は優しげな笑みを顔に湛えて。
「おう、行ってこい!」
父はゴツゴツとした拳を天に突き上げて。
「行ってらっしゃい、姉ちゃん!」
「姉ちゃん、気をつけてね!」
弟と妹は無邪気に跳ねながら、小さな手を精一杯振って。

家族が見送りの言葉をかける。それを聞いてから、ヨモギは山の麓の町、フタバ町へ歩き始めた。

***

フタバ町。山奥にあるワカバ村より少し離れた、山の麓の町だ。昼間は町の中央にある商店街では、数々の商店が軒を連ね、各地からやってきた行商人が露店を開いている。商人や町の人たちの喧騒で、町は活気に溢れていた。
「さ、今日もたくさん売りまくるべ……!」
カゴに詰めてきた野菜たちをゴザに丁寧に並べて、ヨモギは商売を始めた。

「やぁ、アンタのとこのトウモロコシ、最高に美味かったぜ! 今日もこれ買ってくよ」
「毎度あり! いつもありがとね」
今日も家族みんなで作った野菜が順調に売れていく。時々、食べた野菜の感想を言ってくれる客もいて、その客の笑顔を見る度、ヨモギの心は暖かくなった。
(へへっ、今日もみんな笑顔で野菜、買っていってくれたべ。これでまた、家族が喜んでくれるべ)
客の笑顔を見ることももちろんだが、出迎えてくれる家族の笑顔を見るのはもっと好きだ。父や母が、「お疲れ様」「ありがとう」と朗らかな笑みを浮かべて出迎えてくれる。売れ行きが良くて、おもちゃやお菓子を買ってきた日なんかは、弟や妹がお祭りのようにキャッキャとはしゃぐ。
皆が笑顔になれるなら、多少の苦労は何のそのだ。

「よう、嬢ちゃん……」
明らかに人相の悪い、いわゆるゴロツキがやってきた。活気の溢れる明るい町には、走光性が如く、悪い虫も寄ってくるのだ。騒ぎが起こらぬよう、自警団が目を光らせているが、それでも戦乱という混迷を極めた時代の中、こういった輩は必ずと言っていい程現れる。
「そこにある有り金をよこしなァ!!」
「何するべか!? アンタに渡す金なんか、これっぽっちもねーべ!」
「うるせえ、さっさとよこし……」
乱暴な腕がヨモギへと伸びようとした刹那、ゴロツキが体勢を崩し、地面に膝をつく。
「ホッホッホッ……、騒がしくなってきたのお」
刀を構えた老人がゴロツキを見据える。口調は穏やかだが、その目つきは獲物を狩る虎のように鋭い。
(な、何が起こったんだべ!?)
状況からこの老人がゴロツキに何かをしたのは間違いないが動きが早すぎて、理解が追いつかない。そもそも、何処から現れたのか……気配はまるでなかったはずだ。
「何だ、このクソジジイ! やんのか!?」
体勢を整え直したゴロツキが懐から短刀を出し、間髪入れず老人に向かっていく。
「オルァ!! 死ねジジイ!」
「お、おじいちゃん! 逃げた方が……!」
咄嗟に声をかけたが、その老人は瞬く間に、ゴロツキと擦れ違う。
「ぐ、ぁ……ッ! つ、強ぇ……」
倒れたのは、ゴロツキの方だった。一瞬で剣戟を叩き込んだらしい。
「安心せい。峰打ちじゃ」
キンッ……と、水面に波紋が広がるように刀を鞘に収める音が響く。
事の行く末を固唾を飲んで見守っていた群衆から一斉に拍手が沸き起こる。
騒ぎを聞きつけ、ようやく駆けつけた自警団が、ゴロツキの身柄を引き取っていった。
「お嬢さん、怪我はないかの?」
老人は、ゴロツキと相対してた時は違い、優しい笑みを浮かべヨモギを気遣う。
「は、はい……。助けてくれて、ありがとうございました……」
「無事ならそれでいいのじゃ。近頃は、物騒な輩も多いでの。お嬢さんも気をつけるのじゃ」
「はい……!」
先程の殺気立っていた雰囲気はどこへやら、今は陽の当たる縁側でお茶をすすっているのが似合いそうな、どこにでもいる老人であった。そんな柔和な雰囲気が、緊迫感で固まっていたヨモギの心を溶かしていった。
「それにしても……美味しそうな野菜じゃの。一つ買っていっても良いかの?」
老人は陳列されていたナスを手に取り、尋ねる。
「ええ、もちろん……! あ、一つと言わず、たくさん買っていってくだせぇ! 特別に安くしとくんで!」
「ホッホッホッ! 商売上手なお嬢さんじゃなぁ」
老人は、袋いっぱいに野菜を買っていってくれた。
「本当に今日はありがとうございました。……あっ、あの、おじいちゃんのお名前は……」
「ホッホッホッ、名乗る程の者でもない。ただの老いぼれじゃよ。……では、達者でな」
老人は、別れを告げ、ゆっくりと歩を進め始めた。
(いやぁ……ぜってえ、ただモンじゃないべ。あのおじいちゃん……)
ヨモギは、老人の頼もしい背中をいつまでも見送っていた。

***

夕暮れ。日が傾き、周りの商店が店じまいを始め、街の灯りが付き始め、街は夜の姿へと変わろうとしていた。
ゴロツキに襲われるトラブルはあったものの、謎の老人に助けてもらったおかげで、無事に商売を終えた。売れ行きも好調で、お土産を携えて帰路に就いた。
「はぁ……腹減ったなぁ。けんど、もうちょいで村に着くべ」
母の作ったきびだんご、最後の一つを口に頬張って、村を目指す。
村のある方角を見ると、ある異変に気づいた。
――村から煙が上がっている?
「か、火事……? 急がんと……!」
頬張ったきびだんごを飲み込み、ヨモギは一目散に駆け出した。慣れた山道で、坂道を一気に駆け上がることくらいは、農作業と山道の往復で鍛えられた身体には何ら影響はない。……腹持ち以外は。

「な、何、これ……」
ヨモギの目に飛び込んできたのは、変わり果てた村の姿だった。見渡す限りの家々と畑の数々が、燃え盛る炎に飲み込まれていた。
「はっ……、父ちゃんや母ちゃんは……?!」
呆気に取られている場合では無い。自分の家族の安否を確かめねば。ヨモギは家のある方角に駆け出した。
「キナコ、ズンダ……!」
ギュッと、買ってきたお土産の袋を握り締める。今日はたくさん野菜が売れたんだ、お土産も買えた、凄く強いおじいちゃんに助けてもらった……。食卓で話す事も沢山ある……だから――。

ヨモギの家も、激しい炎に包まれていた。
「そ、そんな……! 父ちゃん、母ちゃん……!!」
助け出そうと走り出すが、何かに躓き派手に転ぶ。
「痛たた……、ッ!?」
躓いたそれは、変わり果てた姿の父親だった。
「父ちゃん、父ちゃんッ!? いやぁああああああああぁぁぁ!!」
既に息はなく、鍬を持つ逞しい腕はダラリと垂れ下がるのみであった。
「ね、姉ちゃん……?」
「!? キナコ、ズンダ……!」
うつ伏せに倒れる妹と弟が、今にも消えてしまいそうな声で呼びかける。
「姉ちゃん……怖いよぅ……」
怯えた声で、ヨモギの裾に縋るキナコ。
「急に、変な人達が来て、火を放って……。みんな、死んじゃった……」
虚ろな瞳で、事の経緯を呟くように話すズンダ。もうほとんど見えてないのだろう。
「それ以上喋るな……。姉ちゃんが助けるから……」
「……姉ちゃんだけでも、いき、て……」
それだけ言うとズンダは目を閉じて、息を引き取った。裾に縋っていたキナコも事切れていた。
「ズンダ……、キナコ……!」
小さな命が目の前で消えてしまった。無力さにヨモギは唇を噛み締め、項垂れる。弟や妹に渡すはずだったお土産を傍に手向けた。
「後でちゃんと弔ってやるからね。父ちゃんも……」
母ちゃんは、何処だろうか。逃げおおせてくれていれば良いが……。一縷の希望を願いながら、母を探しに駆け出した。

村のどこを見渡しても炎、炎、炎。パチパチ……と木造の家が爆ぜ、崩れていく。そして、焦げ臭い臭いに混じって、血の臭いが辺りを満たしている。
出かける前は、木々の葉が擦れる音や鳥のさえずりが聞こえ、村人の楽しげな話し声に、鍬を持って土を耕す、そんな長閑な音に混じって、何処からか美味しそうなご飯の匂い。土や花の香りが漂っていたのに。
「ヨモギ……」
聞きなれた声がヨモギの耳に届く。
「母ちゃん……!」
腕に怪我を負ったのだろうか、それを庇いながらもヨモギに声をかける。
「今行くべ、母ちゃん!」
「あっ、ダメ、ヨモギッ!!」
そう母親が叫んだ刹那。刃で肉を切り裂く音が聞こえた。そして、母は地面に力無く倒れ込む。
「あっ……あぁ……! か、母ちゃん……!!」
「ヒャハハハハ!! まだ生き残りがいたのか!!」
下卑た笑い声の先には、血塗られた刀をビュンと振るって振り払う粗暴な男がいた。
「か、母ちゃんを……よくもッ……!」
キッと睨みつけるが、少女の反抗の眼差しに何ら感じることなく男は続ける。
「ここはたった今から、カムイ軍の駐屯地となる! カムイ様にこの土地を捧げられることを光栄に思え!」
「な、何を言っとるべ……? かむいだか、なんだか知らんけど、アンタらに捧げるモンなんか何もねぇ! 勝手に奪っておいて……!」
目の前の訳の分からないものに、村や家族を奪われたのか。静かな暮らしを、ささやかな幸せを。こいつらが、一瞬で。
咄嗟に地面に落ちていた鍬を拾う。戦ったことは無いが、抵抗くらいはできるだろう。
「許せん……。村を、家族を、返して……!!」
無我夢中で鍬を真っ直ぐ男目掛けて振るう。
「はん、そんなのでどうにかなると思ってんのか、小娘! オラァ!!」
いとも簡単に刀で受け止められ、勢いよく弾き返す。衝撃で鍬はヨモギの手から離れ、宙を舞う。ヨモギも尻もちをついてしまう。
「しまっ……」
「大人しくしてりゃ、命だけは助かったかも知んねえのによ……。死ねやァ!」
ヨモギは死を覚悟した。村も、家族も、幸せな日常も全て火の海に消えた。……もう、あの日は戻ってこない。もう、いっそ死んでしまえば……。
ヨモギは静かに目を閉じ、闇の中へ身を落とそうとした。

――? いつまで経っても痛みも苦しみもやってこない。いや、死ぬ時ってそれすら感じないのか?
おそるおそる目を開けると、男が刀を振り下ろす状態のまま、立ち尽くしていた。そして、その奥には……あのフタバ町で出会った老人がそこに立っていた。

「――枯山水」
老人が一言呟くと、男はドサリと音を立てて倒れる。
(あ……、あのおじいちゃん……)
あの町で絡んできたゴロツキを一瞬で撃退した老人だ。火の海になった自分の村になぜいるのか。それは分からないが、言い知れぬ安心感をヨモギは感じた。
「怪我はないかの?」
(た、助かった……?)
そんな安心感と今まで感じなかった極度の空腹感に耐えかねて、ヨモギはその場に倒れた……。

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