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ウキグモと友の命日

 「……よお、今年もこの日が来たな」
目の前に友人がいる体で話しかける。当然、反応等あるはずがなく、声が空気を震わせて、響き、やがて溶けて消えていくだけだ。

 街が激しい炎に包まれ、この街で生きていた人々や生活が一瞬にして奪われた。そして、己の親友の命も自分の手の中からすり抜けて消えてしまった。ただ、何もかもが無くなったわけではない。ソラトとコハルの産んだ子供……アマネとカスミはソラトが死ぬ直前まで必死で守り、ウキグモも親友の残した『灯』を消すまいと、軍を抜けて街を復興しながら二人を育ててきた。

 ウキグモはドサリと草地に腰掛けて、綺麗にリボンがラッピングされた酒瓶から、二つのお猪口に酒を注いだ。
「ほら、お前も呑めよ」
一つはソラトの墓前に捧げる。八分目の水面に、満月が揺れて浮かび上がった。一口呑んでから、友が目の前にいる体で話しかける。
「お前の息子……ヴァサラ軍に入るってさ。ま、天から見てるなら知ってるかもしれないけど」
雲ひとつなく、月が煌々と輝く空を見上げながらウキグモは尋ねる。
「なあ、俺はあいつがやりてぇようにさせてるつもりだけど、お前ならどうしてた?」

 生きていたら、自分の持てる技術を伝えて武器屋を継がせただろうか。武器に関しては並々ならぬこだわりがあったから、穏やかでどちらかと言うと尻に敷かれがちなソラトといえど、妥協はしなかっただろう。
 はたまた親とは違う道を選んだとして、それに賛成するのか反対するのか。今回のようにヴァサラ軍に入る道を選んだとしたら、どうしただろうか。

 尋ねたところで、答えなど返ってくるはずもなく、全ては想像でしかない。実の親の意思など分からないままだ。――だけど。

 「でもな、託された以上は責任持って育てたつもりだ。ない知恵絞って、生きる知恵や技術を伝えて、お前の分まで愛情込めて、育ててきたよ」
自分の口から『愛情』なんて言葉が出てきて、誰に聞かれた訳でもなく、周りに墓石だけが建つ空間で、何故か小っ恥ずかしい気持ちになり、一気に酒を煽る。
「らしくもねぇ事言っちまった。……ま、文句なら俺が死んでから受け付けるよ。だけど、俺はまだ死ぬつもりはねぇ。カスミのことも見届けてやらないといけないし、この街のことも守っていかねぇと」
 それに――、と一呼吸置いて続ける。
「お前に託されたもう一つの『物』……アマネに渡す仕事がまだ残ってるしな」

 「さてと」
そう言って、酒瓶を手にウキグモは立ち上がる。
「それじゃあな、また来るよ」

 踵を返し、街へと戻っていく。道は満月の光が優しく照らしてくれていた。

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