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【ヴァサラ戦記二次創作】ヨモギ外伝③-3―初陣―

 山の方から陽が昇り始め、じわじわと陽光が街を温め始めた頃。サルビア街の自警団の隊舎前には、今回の作戦を実行するメンバーが集結していた。ヨモギの他たちにも、ウキグモが集合を掛けた自警団メンバーがぞろぞろと集まり始めている。

 ヨモギはギュッと拳を握りしめる。任務の本番ともいえる段階にきて、緊張感が高まってきている。
(失敗するわけにはいかん……。この街の安全がかかっているんだから)
「嬢ちゃん、緊張してんのか?」
「は、は、はぃぃ!?」
思考の渦に飲まれそうになっているところに、突然ウキグモの声が降りかかってきて、ビクッと肩を震わせ、そちらを見る。あまりの驚き具合に、普通に声をかけたつもりのウキグモも若干引き気味に謝罪する。
「わ、悪いな。そんな脅かすつもりはなかったんだが……。そんな背負いこむこたぁねぇよ。自警団のメンツは誰一人としてヤワな鍛え方はさせてねぇし、アマネもセトの坊主も立派な戦力だ」

 見てみなと言わんばかりに、他メンバーが集まっている場所を指さす。ウキグモ自慢の自警団のメンバーは、纏っている鎧の下からでも分かるほどに筋骨隆々で、各々が始めているウォーミングアップの動きからしても、慣れた様子であり、キビキビと動いている。日ごろから鍛錬されているものであると自然と窺い知れる。
「出来ねぇことは他の奴らを頼れ。そんで、自分が出来ることは全力でやれ。そうすりゃ、自ずと結果はついてくる」
ポンポンと肩を軽くたたき、ウキグモは歯を見せて笑う。そんな励ましにヨモギの表情も少し和らぎ、微笑みを見せる。
「わかったべ……! ありがとう、ウキグモさん」
「よーし、さてそろそろ作戦決行……といきてぇところだが、アイツはまだ来てねぇのか?」
 ウキグモは、キョロキョロとあたりを見回すが目的の人物が見つからないようで、首を傾げる。今でも数十人ほど集まっているが、まだ来ていない人物がいるらしい。

 「ウキグモさーん。カトレア、今来ましたぁ」
噂をすればなんとやら、それらしき女性がルビー色の目を細めながら、ふわりとした歩調でやってきた。明るめのアイボリー色の髪を頭の上の方で細めの赤いリボンで結い上げ、白のハイネックワンピースを着こなしている。全体的にゆるふわな恰好をしているが、その中でもふくよかな胸が、優し気な大人の女性であることを主張している。
「カトレア……、お前も副団長なんだから、ちったあ急いで来い。下に示しがつかねぇ」
「ごめんなさいねぇ。あら、見ないお顔だけど、新人さん? 私、副団長のカトレアよ。よろしくねぇ」
「あ、あたしはヴァサラ軍三番隊のヨモギっていうべ。よろしくお願いするべ」
 ウキグモの呆れた物言いには、特に動じることもなく、初めて会うヨモギに挨拶を交わす。周りの自警団メンバーは、練兵されてるだけあって『屈強』という言葉が似合いそうだが、目の前にいる女性はどうだろうか。
「ウキグモ、こいつも戦いに出んのか?」
ヨモギが感じていた疑問は、懐疑的な視線とともにセトがぶつけてくれていた。副団長とは名乗っていたが、鍛え上げられた集団に似つかわしくない程の優美な女性だ。
(花とか植物を育ててそうだべなぁ……)
「心配すんな。こいつも立派な自警団の一員だ。実力は俺が保証する」
「カトレアさんも加わってくれるなら、大丈夫ですって。よろしく、カトレアさん」
「ええ、よろしくねぇ」
「フン……」
やや納得のいかない様子のセトだったが、団長のウキグモや顔見知りであろうアマネが太鼓判を押している様子を見る限り、戦力的に問題はないのだろう。こういうのは部外者より身内が理解しているはずだろうと、それ以上セトが口を挟むことはなかった。
「こいつはヨモギ達、待機組の戦力に入れる。街やこいつらを頼んだぞ」
「はぁい。お姉さんに任せなさい♪」


 「おい、今回の作戦メンバーどうなってんだよ……。あの、風神セトがいるじゃねえか」
「ヴァサラ軍まで出張るってことは、今回の任務は難度高ぇってことじゃあ……」 
全てのメンバーが集結し、列を整えていく中で団員がこそこそとしゃべっていた。自警団メンバー、団長や副団長に留まらず、十二神将までいることに恐れおののいている様子だった。
「おい、そこ! 私語は慎め! 浮ついた態度で戦場に赴くと死ぬぞ!」
 ウキグモの一喝により、ざわざわとした空気が一気に張りつめる。
(すんげぇ……さすがは団長さんだべな)
先ほど、優しく励ましの言葉をかけてくれた時とは打って変わって、厳しく団を導く長の顔つきになっており、ヴァサラやセトとは違うリーダーの姿を目の当たりにして思わず感心する。

 「今回は、近頃騒がせている誘拐団の壊滅、及び被害者の保護が目的だ。アジトの地図が入手できたことにより、敵側にも何かしらのアクションを起こすはずだ。そうなる前に一気に叩く。万が一に備え、街での護衛も強化する」
「アジト潜入組は、ウキグモとオレを中心に誘拐団確保と被害者保護目的に行動。待機組はヨモギ、アマネ、それからカトレアといったか……、こいつら中心に動け」
「はい!!」
自警団メンバーが団長と風神の指令に、ひときわ大きな声で応え、各自持ち場へついて準備を進める。

 「いよいよ、だな。ウキグモさん、セトさん、アジトは頼んだ」
「言われるまでもねぇ。面倒事はとっとと片づけるに限る」
「心配するな。今や、十二神将の戦力も加わった俺たちに不足はねぇ。――行ってくる」
一足先にウキグモ、セトのアジト潜入組が街の地下水道へ向かう。

 作戦が開始されたが、初対面のカトレアとの作戦は大丈夫なのだろうかと、ヨモギは彼女を見やる。
(あたしが言うなって話だけんど……)
「さあて……。私たちは”待機組“よねぇ。敵さんが来るのを待っておきましょうか」
よっこらしょとベンチに腰かけて、文字通り待機し始めた。ピリッとした空気が漂う中、この人ときたらニコニコと柔和な笑みを浮かべ、挙句の果てには、自前のおにぎりを取り出して食べ始める始末だ。
(だ、ダメだったべ……)

「ちょっ、カトレアさん! 悠長にメシ食ってる場合じゃねえって!」
ガクッと肩を落とすヨモギと、素早くもっともなツッコミを入れるアマネ。
「まあまあ、そんなにカリカリしていたら敵さんも警戒しちゃうでしょう? それにず~っと気を張ってたら疲れちゃって、いざという時に力が出ないわよぉ」
これでも食べて、と言いながら、手作りのおにぎりをアマネとヨモギに差し出す。
受け取りながらも、毒気を抜かれたのかアマネはやれやれと肩をすくめる。

「なあ、アマネ……本当にこの人大丈夫べか……?」
のほほんとした戦場に似合わない空気に、初対面ということも手伝い、理解できないといった風にヨモギは問いかける。今は、少しでも事情を知っている人から話を聞きたい。
「まあ、仮にも副団長の立場にいる人だから……多分何か考えがあっての事だと思う」
「そ、そりゃあわかるけども――」
「それに、カトレアさんが動く時は、決まって何か起こるときなんだよな……」
アマネの口から出た言葉を聞いて、ヨモギは反論の言葉を飲み込んだ。

 「そうなんだべか……? 未来がわかる、とか?」
「そんな大したものじゃないわよぉ。勘よ、勘♪」
非現実的な能力をあっさりと否定する。アマネもそんな能力があるわけないという風に、軽く笑い飛ばす。
「ははっ。まあ、焦ってもしょうがねぇってことを言いたいだけなのかもな」
「確かにそうだべな……!」
ウキグモにも緊張していることを見透かされ、励まされたことを思い出して深い息を吐いた。よほど自分は緊張しているのだと、改めて実感する。
 周りにはアマネ、カトレア、自警団メンバーもいる。一人ではない。やれることを全力でやる。出来ないことは他の人に頼っても良いのだ。
 ヨモギは受け取ったおにぎりを頬張り、来たる戦いに備え始めた。


 ジメジメと薄暗い地下水道を歩いていく。雫が落ちる音、水たまりを踏み、わずかに飛沫が上がる音だけが木霊している。アジト潜入組は、そんなことに気を留めることもなければ、歩みを止めることもなく、突き進んでいく。

 「そういや、ルトは元気なのか?」
不意にウキグモの口からセトに向けた質問が飛び出す。唐突な質問に面を食らい、セトは眉を顰める。
「あ? 今この任務と何の関係が……」
「特に関係はねぇ。ねぇが……別にいいだろ、減るもんでもなし」
あっけらかんとした口調に、軽くため息を吐きつつもセトは口を開く。
「……ヴァサラ軍に入った」
「えっ、あいつも入ったのか? 『絶対ダメだ』って反対してたのに」
ウキグモは、まだ隊員だった頃のセトに剣を指南したこともある。その時に弟であるルトも軍に入りたいと言い出しており、ただ一人の兄弟を守りたいセトとしては、断固反対の意思を示していたと記憶している。
「全然言う事、聞かねぇし。そのうちめんどくなってやめた」
「面倒って、お前な……」
面倒事を嫌うセトらしい物言いだが、大事な兄弟の事をそれで片づけていいのかと突っ込もうとした――。
「けど」
 地下水道にセトの声が響く。
「あいつの生き方は、あいつ自身で決めりゃいい。オレや他人にどうこう言われて、決めるもんじゃねぇ。……オレも、オレのやり方であいつを守るだけだ」
最後は、自分に言い聞かせるように呟いて、先を急ぐ。
「確かに、な」
ウキグモはかつての教え子の背中に目を細めて、独りごちた。

 「団長! 以前、発見したハシゴです。ここから遺跡内部に潜入可能です」
遺跡へと繋がっているハシゴを見つけ、他の自警団員がウキグモに報告する。
「よし、ここからだ。俺が先陣を切る。セトも続けて警戒だ」
「言われなくても分かってる」
ハシゴへと右手を掛ける。鉄でできたそれは固く、冷え切った感触が手から伝わっていき、身体の芯から冷やされていくような感覚を覚える。
一歩、また一歩と上へと登っていくと、出入口としても使われている鉄扉に行き当たる。
「……よし、開けるぞ」
鉄の軋む音が辺りを包むと同時に遺跡内部へと飛び出す。すぐさま刀の柄に手をかけて、敵襲を警戒する。

 「なにもこねーな……」
「ああ」
二人は敵襲に備え、武器を構えるが、思惑に反して敵はやってこない。辺りを見回すが、それらしき姿も見当たらない。
「ここは……」
辛うじて明るさを確保しているかがり火は、鉄で出来た檻と石造りの壁で囲まれた、牢屋の間といって差し支えない場所を照らしていた。
「誰……?」
か細く、消え入りそうな声が耳に届く。
「っ!?」

 そこにアクアマリンのような透き通った水色のショートヘアの女性が目を凝らして、突如として現れたアジト潜入組の姿を確認していた。
「まさか、貴方は……ウキグモさん? 助けに来てくれたの!?」
「ああ、サルビアの街自警団、そしてヴァサラ軍十二神将セトが君たちを助けに来た」
「なるべく静かにしてろ。奴らが嗅ぎつけてこないとも限らねぇ」
 不自然なほどに静かだった牢屋の間に、いくつかの足音が床を蹴って近づいてきている。
「お前たちは!? この女たちは渡さねぇぞ!」
アジト員数名がこちらに刃物を持って、真っすぐに突進する。
「いつテメェらの物になった! 『弐蓮風車』ッ!!」
「うわあああっ!!」
流れる水のようでありながらも、鋭く抉る蹴りを二連続で決めた後に、風の刃がアジト員たちに襲い掛かる。直線的に突っ込んできた為、まともに攻撃を食らい態勢が崩れる。
 その刹那、チャリンという床に落ちた金属音が耳に入る。ウキグモは、口角をわずかに上げながら刀を正面に構える。
「雲の極み『流水行雲』……朧雲!」
「なっ、なんだ!? 何も見えねぇ!」
瞬時に辺りがモヤモヤとした雲に包まれ、態勢を立て直そうとしたアジト員たちは右往左往し始める。
「今だ! 鍵を取れ!」
 視界を奪われたのは、敵のアジト員のみでウキグモ達の視界は良好だ。セトは、床に落ちた金属のきらめきを逃さず手に取り、すぐさま解錠する。
「あ、ありがとうございます!!」
「礼はいい。セトと俺はこれから敵の大将を討ち取る。自警団の奴らの指示に従って、避難してくれ」
「あ、あの……。この紙、さっきアジトの人が落として行ったんです。何か役に立てばいいですけど」
 先ほどのアクアマリンの髪の女性は、ウキグモに紙切れ一枚を手渡し、自警団員の一人に身柄を保護させた。
(紙か……)

 書かれている内容は気になるものの、ひとまず紙切れをポケットに突っ込む。今は事件解決が優先だ。ウキグモとセトは、残りの団員を引き連れて遺跡内部の階段を駆け上がる。
「敵さんが攪乱されてるうちに、とっとと行くぞ」
「なるべく無駄な戦いを減らして、目的を達成する……まどろっこしくなくていいな」
面倒事を避けたいセトにとっては、好都合な作戦だったようでふっと微笑みながら階段を駆ける。
「被害者の保護、それに敵の大将を討ち取ることができりゃ、この事件は解決……。このまま順調に進めばいいがな」


 同時刻。ヨモギとアマネは街の北側、住宅区の警備を任され、異常がないかを見回っていた。
 人々は変わらず生活を続けている。
――しかし、ヨモギには心の底から安心して暮らしているような顔には見えなかった。相次ぐ誘拐事件を警戒するように、特に大人たちは周りに目を光らせ、親子連れの場合は子供を引く手を絶対離すまいと握っている。
「異常はないけんど……。みんなちょっと顔が暗いべ」
「ああ。いつもならこの広場で子供が遊んでるけど、それもない」
北の住宅区と南の商業区とを繋ぐ中央広場にさしかかる。普段は子供がよく遊んでいるとのことだが、今はその姿もない。
「……けど、きっと師匠やセトさんがさっさとこんな事件終わらせてくれるはずだ」
「もちろんだべ。……そういや、ウキグモさんに剣を習ってるってことは、アマネは自警団に入るつもりべか?」
 警備の歩みを止めることなく、ヨモギはふと気になったことを問いかける。
「や、そこまでは考えてなかったな……。カスミを守れるのは俺しかいないから、その力をつけるためにって思ってるだけで、どこかで活かそうとは考えたことなかったな」
 それまでに鍛えた技を活かす先を本当に考えてなかったのか、慌ててうーんと腕を組みながら考える姿勢を取り始めた。
「でも、カスミちゃん守るのだって立派なことだと思うべ!」
「そ、そうか? あいつには俺しかいねぇからな……。もしものことがあったら、ウキグモさんにも、両親にも合わせる顔がないよ」
 トーンが少し重たいものになり、顔つきもやや真剣みを増す。ヨモギと同じく、もしくはそれ以上に緊張しているかもしれない。
(住んでいる街に、家族のことがかかってるもんな……)
「だ、大丈夫だべ! アマネには、ウキグモさんやセト隊長、自警団のみんながいるべ!」
ヨモギは朝方に、ウキグモに励まされた言葉を思い出し、気負わなくて良いと、努めて明るい声を出す。
「一応、あたしも……! ま、まだ新人だけど……!」
一生懸命なヨモギの様子に、それまでシリアスな表情をしていたアマネは、フッと吹き出して笑う。
「ははっ、まあ、軍に入ってる以上はそれなりに鍛えてんだろ? ……そういや、お前は何でヴァサラ軍に?」
 セトがヨモギのことを『ついこないだまで農民だった女』と言っていたのが気になっていた。戦いとは縁遠そうな人間が、なぜ軍に入ったのか、気になったのだ。
「……あたしの村は、カムイ軍とやらに滅ぼされた」
「え、あ、悪い……」
 興味本位で聞いてはいけないことを喋らせてしまい、すぐさま謝罪するがヨモギは気にしないでという風に首を横に振り話を続ける。
「いいんだべ! それで村や家族もなくなって、その時は絶望したけど……。ヒジリ隊長に命を救われて、隊長への恩返しと、あたしみたいな人がいなくなるように、戦うって決めたんだべ」
「それが軍に入った理由なんだな……」
真っすぐに前を見据えるヨモギの目には、静かだが確かな思いに燃えていた。アマネと話すことで、より覚悟が定まったという形だろう。
(俺も、今はここを、カスミを守らないといけないな)

 「あらぁ、二人ともここにいたのね」
息を切らして、カトレアがこちらへ駆けてくる。柔和な笑みは消え、気を張ったような表情である。
「カトレアさん?」
「南の商業区に、敵さんが現れたの。ヨモギちゃん、急いできてもらえるかしら?」
カトレアが走ってきた南の方角からは、普段の街の喧騒とは違った、悲鳴に似たような声が響いていた。
「わかったべ!」
顔つきを変えて、ヨモギは南へと駆け出す。
「俺も行きます!」
今にも駆け出そうとするアマネを制し、カトレアは北の方角を指さし、叫ぶ。
「アマネちゃんは、カスミちゃんの方をお願い! ……何だか、嫌な予感がするの」
朝に顔を合わせた時とは違い、カトレアは凛々しい顔つきで指示を飛ばす。ピリついた空気さえ、感じさせる。
「わ、わかった……!」
「南の方が片付いたら、すぐ行くわね」
アマネが北の住宅区へと、急行していったのを見届けて、カトレアは南の方へ駆け戻っていった。


 同じころ、遺跡内部では調査が進んでいた。
「人がいねぇだと……?」
遺跡内部は、遠い昔にこの地一帯を支配していた王族達が眠る棺の間や宝物庫など、多種多様な部屋が存在したもののそのいずれにもアジト員は配置されておらずもぬけの殻であった。
(嫌な予感がするな……)
ウキグモは、これまでの戦いの経験から最悪な事態を予測し始めていた。しかし、あくまで自分の思考に留めていた。まだ『ただの予感』なのだ。事件解決まであと一歩なのだ。予感で済めばそれで良い。

 リーダーがいると思わしき「王座の間」。遺跡内部でも奥に位置したこの間の扉は、それまで調べていた部屋の扉とは比較にならない程、豪華な装飾を施されていた。かつての王は、己のみが眠る間を作り、権威を表すかのようにどこの部屋よりも一際煌びやかな装飾を施した……と遺跡に関して、僅かに残った資料に書いてあったことをセトは思い出していた。
「ここに親玉がいるってのか? 随分な趣味してんな」
ギラギラとしたその装飾の眩しさに毒づきながらも、扉を勢いよく開け放つ。
 ――が、そこにも人はいなかった。さすがの異常事態にほかの自警団員もざわざわとしだす。
「皆、伏せろ!」
ウキグモが叫ぶ、と同時に王座の間を轟音と土煙が包み込む。

 「ちっ……、入口は塞がれたか」
扉を開けると、予めセットされていた爆弾のスイッチが押され、起爆するといった仕組みのようだ。それにセトは気づき、苦虫を噛み潰したような顔をする。
「無事か!?」
もうもうと上がる土煙が晴れてくると、床に伏せた状態のメンバーの姿を確認できた。
「だ、大丈夫です、団長!」
「団長が声張り上げてなきゃ、死んでたぜ……」
幸い、ケガを負っている人員もいないようで、各々態勢を整えつつある状況だ。
「地図を奪った時点で、何かあるとは思っていたが……。まさか閉じ込められるとはな」
土の塊で埋め尽くされた入口を見やる。簡単には出られそうもない様子にウキグモはやれやれと肩を竦める。

 「団長! ここにも爆弾が!!」
団員の一人がブンブンと手を振って、爆弾の在処を示す。王座の間の、立派な玉座と思しき椅子に大量に括り付けられている。
「何っ!?」
「……あと3分です!」
緊迫した声色が密室に響き、中には狼狽え始める団員もいた。
「落ち着け! 必ず突破口はある!」
「……風を感じるな。壁の薄いとこが、絶対あるはずだ」
 セトは目を閉じて集中し、少しでも風を感じるところを探り当てる。
「な、何するつもりですか!?」
「出口がねぇなら……作りゃいいのさ……!!」
ウキグモは刀を構え、不敵な笑みを浮かべた。


 同時刻。サルビアの街南商店区では、副団長カトレアとヨモギ、数名の団員達で襲い来る敵と戦っていた。
「そぉれっ!」
カトレアの得物は何と、大剣だ。身の丈程もあるその大剣は真っ白で、陽光を受けて光り輝いている。その一閃は襲いかかる敵を、あっという間になぎ倒していく。
「ここは……守る!」
敵の攻撃を受け止め、弾き返したその隙にヨモギも若草色の剣を閃かせて敵へ真っ直ぐ斬りかかる。
粗方の敵を倒し終えたが、殆どはカトレアの活躍によるところが大きい。
(副団長は伊達じゃないってことだべな)
終わってみれば、被害はそこまで出ていないようで、ヨモギはホッとする。住民からは感謝の声が次々と上がり、周りの自警団員達にも、安堵の表情が浮かぶ。

 「おかしいわねぇ……」
ただ一人、カトレアだけは右頬に手を当てて、険しい顔つきをして何か考え込んでいる。
「えっ……?」
「商店区を襲ってきたにしては、お店に被害は無いもの……」
 店が立ち並ぶ商店区だが、商人や店主からの商品や金目の物が持ち去られた報告が上がってこない。
「本気で襲う気では無かったってこと、だべか……?」
「敵襲! 北の住宅区が襲われた!! 至急、応援を!!」
間髪入れずに、自警団員の一人が伝令にやってきた。
「北にも……」
「急ぐわよ、ヨモギちゃん」
大剣を携えたまま、カトレアが走り出し、ヨモギもそれに続く形で北の住宅区へと走り出した。


 「カスミに、触るな……!」 
カスミが何者かに連れ去られそうになっているその瞬間に、迷いなく敵へ剣を閃かせる。
「お兄ちゃん……!」
「下がってろ。ここは俺たちで守る」
アマネや自警団員を取り囲むようにして、誘拐団と思しき連中が武器を構えて、こちらを睨んでいる。
(正面に3人、後方に4人……)
「ガキに何が出来るってん、ぐぁっ!?」
アマネは正面の誘拐団員に、すれ違いざまに一太刀を浴びせる。
「妹に手を出したこと、後悔させてやる」
続けざまに、隣で素早く斬りかかってきたアマネに怯んだ団員に逆袈裟斬りを食らわせる。
「こ、このガキっ!!」
もう一人の誘拐団員は、背中を向ける形になったアマネに真っ直ぐ斬りかかるが、斬り終えた態勢のままでその刃を受け止める。
「っ、らぁ!!」
左手を添え、力を込め相手の態勢を崩し、相手を袈裟斬りで仕留める。後ろには、ウキグモが鍛え上げた自警団員がいる。後方の敵も片付けられている――。そのはずだった。

 「ったく、どいつもこいつも使えねぇ奴らだなぁ!」
振り返ると地面に自警団員が力なく転がっていた。
人相の悪い、だが腕っぷしだけはありそうな男が剣を肩に担ぎながら、仁王立ちしている。
「お兄ちゃん……っ!」
「か、カスミ!?」
「おおっとぉ、そこを動くなよ? じゃねぇと、この炎の剣が妹チャンのきれーな顔に傷をつけちまうぜ!?」
前方に気を取られている間に、この男が自警団員を炎の剣とやらでなぎ倒し、カスミを手中に収めてしまっていたようだ。
「くそっ……」
「アマネ!」「アマネちゃん!」
ヨモギやカトレアも、ようやく現場に現れるが、目の前で起きている事の重大さに思わず生唾を飲み込んだ。
「女ばっかりかよぉ。カァーッ、このヘイズ様の作戦は冴えてんなぁ! 上手いこと主力を追い払うことに成功したうえ、こんな上玉まで飛び込んでくるたぁ、嬉しい誤算だぜ」
「作戦?」
下品な笑い声に眉をひそめながら、誘拐団リーダー改めヘイズに、ヨモギは尋ねる。
「オレらは、アジトを捨てて、この作戦に全戦力を賭けたのさ。お前らの主力は今頃、からっぽのアジトでなにしてんだろうなぁ?」

 その時。ドオオオオオン!
地面を揺るがすほどの衝撃音が耳に届く。方角は、北にある遺跡……つまり、誘拐団のアジトが爆発した音だった。もうもうと煙が上がっている。
「セト隊長!?」
「ウキグモさん!!」
ヨモギとアマネの悲痛な叫びを、聞くや否やガハハハと品性に欠けた笑い声をあげて、ヘイズは剣を構える。
「さぁ、この炎の剣<インフェルノ>の威力を思い知れぇ!!」
ヘイズが手にした剣から火山のごとく炎が噴きあがる。その熱は、今にもこちらの身を焦がしそうな勢いだ。
「アマネちゃん、ヨモギちゃん! 今は動揺している場合ではないようよ……!」
「くっ……!」
二人が簡単にやられるはずがない……。そうと分かっていても、<最悪の事態>がどうしても脳裏をよぎる。それを振り払うように、二人はまずは目の前の障害に目を向けて、剣を構える。

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