見出し画像

【ヴァサラ戦記二次創作】ウキグモ外伝②―夢への道程―

 16歳の頃。ソラトは鍛冶が盛んな街に修行へ、ウキグモも革命を起こしたヴァサラ軍に入隊を志願し、故郷のサルビアの街を離れた。
 ヴァサラのように『革命』なんて大それた事は出来なくとも、自分の剣の才が一人でも多くの人を生かすことに繋がるのなら。そう思い、入隊を志願したのだ。

 ヴァサラ軍が革命を起こし、かつての国の体制は崩壊した。情報を統制し、国民を洗脳させ、下級民が苦しみ続ける裏で、上級民だけが甘い汁を吸うような国の形は終わりを告げた。
 下級民や奴隷達、国から爪弾きにされていた人達の居場所をヴァサラ達が与えてくれたのだ。絶望し、陰鬱としていた場所に希望の光が射し込んだ。

 しかし、光と陰は表裏一体。ヴァサラについて行く人が現れる一方で、旧国王軍残党をはじめとする、新体制に反発する者同士で密かに徒党を組んでいた。
 そして、また争いの気運が少しずつ高まってきているのであった。

 ヴァサラ軍九番隊に入隊したウキグモ達が派遣されたのはアイビーの街。ここは鍛治職人たちが軒を連ね、盛んな武器の取引が行われている。同時に、ここはソラトが修行を積んでいる場所でもあった。
 入隊して約半年。着実に実力をつけてきたことが認められ、このアイビーの街の派遣任務のメンバーに選ばれたのであった。

 「よう、ソラト」
「ウキグモ! こんな所まで来てどうしたんだい?」
目を丸くしながらも、突然の来訪者の元へ駆け寄った。ウキグモは、ソラトが弟子入りをしているという鍛治職人の店まで足を運び、挨拶をした。
「軍の任務だよ。しばらくここの街に世話になる。……お前こそ、修行の調子はどうだ」
「まあまあ、かな。師匠は厳しいけど、良くしてくれてるし、武器作りは楽しいよ」
柔和に微笑み、頭を掻きながら近況について話す。その彼の手は、サルビアの街にいた頃よりも傷やマメが増え、無骨さを増しているように見えた。

 「ソラト! そんなとこで話し込んで何して……アンタ誰?」
店の奥から燃える炎のような赤色のポニーテールをした女性が覗く。
「紹介する、ここの鍛冶屋の一人娘のコハルだ」
「ウキグモだ。軍の任務でここに寄ったんで、挨拶に来ただけなんだ。そんな長居するつもりは……」

 赤色の長い髪を髪ゴムでざっくばらんにまとめ、黒のタンクトップに藍色の作業用ズボンを穿いた、実用性重視な出で立ちの女性は、ナイフのように鋭い青色の瞳でウキグモを刺すように見つめる。ウキグモは、初対面ながらその凄みに少し気圧されていたが、紹介を聞くなりコハルは得心したような顔をし、ニカッと歯を見せる。
「ああ! アンタがウキグモか! ソラトから話は聞いてんだ。時間なら気にすんな、今休憩中だからさ」
「そういう事だ。奥でちょっと話そう」
「お、おう」
凄みというか威圧的な物から、パッと明るい笑顔を見せ歓迎ムードの女性に呆気に取られているうちに、流されるままにウキグモは店の奥の客間に案内されるのであった。

 「えっ、恋人!?」
ウキグモは飲んでいた茶を吹き出しそうになった。幼なじみに恋人が出来る日が来るとは。
 でも、何となく出来そうな気はしていた。ウキグモから言わせれば"お人好し"とも言えるのだが、自分より他人を優先する、他人の気持ちを思いやれるのは彼のいい所だからだ。そこに惚れられたのだろうか。
「こいつ、ちょっと頼りないとこあるだろ? アタイが引っ張ってからなきゃなーって思ってたら、なんかほっとけなくて」
「……え、あっ、そういう理由?」
ウキグモが頭の中で繰り広げていた予想とは大きく外れ、あっけらかんとした顔をした。
「コハルは凄く頼もしくて、武器の出来だったり、感想だったり……。議論なんかも朝まで交わしたっけ」
「そんなこともあったねぇ」
二人は大きな笑い声を響かせる。ソラトは武器職人として意気投合できる相手を、コハルは持ち前の豪胆さで支えていく相手をお互いに見つけたのだろう。
「良かったな。二人ともお似合いだ」
「ああ。あとは師匠に認めてもらって……」
「ハッ、前もオヤジに怒られてたろ。大丈夫かー?」
「なっ、こ、今度は大丈夫さ!」
いたずら心を顔に浮かべたコハルがソラトを小突きながら、からかう。

 「ウキグモく〜ん、どぉこに行ったんだぁい?」
やけに間延びしたクセのある声が店の外から聴こえた瞬間、それまで楽しげにしていたウキグモの顔は一気に青ざめることになった。
「うわ、いけねぇ! ロポポ隊長にここで武器を受け取れって頼まれてたの忘れてた……」
「任務の途中だったのか?! 引き止めてしまって悪かったな」
「おい、ソラト謝んな。引き止めちまったのはアタイのせいだ。注文の武器なら今すぐに持ってきてやる! そこで待ってな」
突如として訪れた緊急事態に三者三様の反応を見せ、コハルは勢いよく椅子を蹴倒す勢いで、倉庫へと駆けていく。
そんな様子を見て、微笑みを浮かべながらウキグモは呟く。
「……活気があって、いい女じゃないか」
「ああ。……それで、いつか師匠に腕前を認めてもらえたら、その……結婚しようって思ってて」
「本当か!? それはめでたいなぁ!」
親友の照れくさげな報告に、バシッと勢いよく肩を叩きながら我が事のように喜ぶ。
「ほ、本人には内緒だぞ!? あいつは師匠に腕前を認めてもらうだけだと思ってるはずだからさ」
「ああ。いい報告、楽しみにしてる」
ちょうどその頃に、倉庫からコハルが戻ってきてウキグモは武器を受け取り、「じゃあな!」と軽い挨拶のみで滞在しているキャンプ地へ慌ただしく戻っていくのであった。

 (そういえば……)
慌ただしく去っていった親友の背中を見送って行ったソラトはふと思い出した。
 サルビアの街の外れの丘の"約束"の事だ。師匠に認めてもらえれば、それは一人前も同然。一人前になった暁には、自分の持ちうる実力で最高の剣をウキグモに捧げる。夢を駆け出すきっかけを与えてくれた親友への感謝の気持ちを原動力にここまで来たのだ。絶対に腕を認めてもらうのだ――。そして、この街に来て出来たもう一つの夢の実現も。

 「まったく〜、心配したよ、ウキグモく〜ん。名前通り、フワフワってどこかへ行っちゃったと思ったじゃないかぁ」
「す、すんません……」
 初代九番隊隊長ロポポは、独特な喋り口調でウキグモを窘める。穏やかな性格をしているロポポだが、あの覇王ヴァサラと共に革命を成し遂げ、妻(?)であるマルルと共に生き残ったメンバーなのだ。本人にそのつもりは無くとも、感じ取れるオーラの格が違う。任務中に油を売ってしまったことについては、当然ながら反省せざるを得ず、ペコペコと頭を下げているのであった。
「もう少し、気を引き締めて頼むよぉ、ウキグモ君」
ハッハッハと笑い声を発しながら、ロポポは自分の持ち場へと戻っていく。

 (あっ、そういや……)
コハルも居た為、2人では話せなかったがあいつは"約束"を覚えているだろうか。ソラトがウキグモに相応しい剣を打ち、そして自分もその剣に相応しい一人前の剣士になると約束したのだ。一人前の定義とは何かと考えた際に、まず浮かんだことがある。
(一人前、っていえばまずは隊長になることだよな)

 剣の才があるとはいえ、ヴァサラ軍内ではウキグモはまだまだヒラ隊員だ。隊長になって、隊を率いる程の実力があれば、それは一人前と言えるだろう。もちろん、引き続き剣を扱う技量も上げていかねばならない。一人前の剣士とは、名実ともに一人前と呼ばれてこそだろう。それでこそ、親友が打つ剣を持つにふさわしいはずだ。
(あいつより早く一人前になって、あっと驚かしてやるか)
次に会える時を、早くも心待ちにしながらウキグモは剣の手入れを始めるのであった。


 次の日。今回の任務のターゲットを視界に捉えた。
アイビーの街は鍛冶師の街で優秀な武器職人が多くいる街だ。戦争の機運が高まる中、商隊、商人等がこぞって仕入れにやってくる有数の街として有名である。それ故に、その武器を狙う山賊や盗賊達も蠢いている。昨今、強奪事件が多発している為、その山賊を摘発する……というのが今回の任務だ。

 九番隊は、武器の商隊を装い狙ってきた山賊を一網打尽にする囮作戦に出た。ヴァサラ軍でも面の割れていないヒラ隊員達は、商人のフリをしながら馬車を動かし、罠にかかるのを今か今かと待つ。
(この時間に現れるはずだ……)
戦力が見込まれたウキグモは、山賊と直接対決する部隊に配属され、積荷の中に潜んで、目的の山賊たちが現れるのを待つ。
「リラックスだよん、ウキグモくん。過度の緊張は、普段の力を出せない原因になるからねぇ」
ロポポは顎に手をやりながら、穏やかな笑みを浮かべる。
(さすが隊長……こんな時でも余裕か)
ふぅ、と少しでも緊張した気持ちを追い出すように息を吐いた、その瞬間。
「敵襲ー!!」
馬車を動かしていた隊員が叫ぶ声が聴こえ、刀の柄を握る手に力を籠める。
「へっへっへっ、その武器を寄越しなァ……。そうすりゃ命だけは助けてやるよ」
「その言葉、そっくりそのまま返すぜ!」
下品な笑い声をあげる盗賊に、ウキグモは積荷から飛び出して盗賊達へ斬りかかる。
「ぐぁっ、何だこいつ!」
「雲の極み――浮浪雲(はぐれぐも)!」
霧状のものを刀身に纏わせ、間合いや攻撃の道筋を分かりにくくした斬撃がクリーンヒットする。いきなり現れた上に、間合いの読みづらい攻撃に対応できずに盗賊はその場に倒れる。
「おやおや、ウキグモくん……さすがだねえ。僕も早くマイハニーに会いたいし……。こちらから行かせてもらおうかぁ」
素早く斬りかかったウキグモの攻撃を褒めつつも、ロポポもゆるりと積荷から降りて、刀を構える。
「こ、こいつはっ……! 革命の生き残りのロポポ!?」
「に、逃げるぞ!」
山賊達は相手が悪いと見たのか、恐れおののき、慌てて踵を返す。――が、その瞬間に風の斬撃が襲いかかる。目にも止まらぬ速さですれ違いざまに無数の斬撃を叩き込んだのだ。
「な、に……?」
何が起きたか分からないまま、山賊達は地に伏せる。
「僕達から逃げられると、思ってるのかい?」
「俺達はヴァサラ軍だ。おとなしく投降しろ」
圧倒的な実力差に、山賊達は持っていた武器を捨て両手を上げた。
九番隊隊員総出で盗賊一味に縄を掛け、今日の任務は終了した。

 「やるねぇ、ウキグモくん。いつの間に極みが使えるようになったんだい?」
「俺、早く一人前になりたくて……軍に入ってからも、ずっと鍛えてたんです」
ぐっと拳を握る。その拳には夢を叶える決意、友人との約束を守る意思が込められている。それを見て、ロポポはフッと微笑む。
「君は元々、剣の才はあるしねえ。その調子で鍛錬していけば、いずれ隊長にもなれるんじゃないかな? ま、その調子で頼むよ、ウキグモくん」
穏やかな笑みを崩さず、肩をポンと叩いて励ましの言葉を掛けながら去っていく。
(よし……これで一人前に一歩近づいたかな。見てろよ、ソラト。お前より先に、一人前に辿り着いてやるぞ)
見上げた空は、いつもよりも青く澄んで見えた。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?