とある道化師の誕生日会

 「姫サマ~、どこにいらっしゃいますか~?」
舞踏会で被るような仮面を身に着け、派手なピンクの燕尾服を着たピエロのような出で立ちをしたこの男はホロウ。エタンセル王国四天王の一角を担っている。
 新作の大道芸が出来たので、今日のお茶会の余興にでも、と四天王が仕えている王女、プラチナ姫に披露しようと城中を軽い足取りで探し回っていた。

 「おや、あそこに見えますは……」
ほぼ白色に近い水色のショートヘアに、黒のカチューシャを身に着けた、全体的に幸の薄そうな少女。四天王の一角、レインテイカーが荷物を抱えながら廊下を静かに歩いていた。もしかしたら、彼女もプラチナ姫に用があるのかもしれない。タタッと軽めに駆けて、そちらへ近づく。
「あ……、ホ、ホロウ。どうしたの……?」
小さく肩を跳ねさせながら、近づいてきたホロウにおずおずと尋ねる。
「いえ、姫サマはどちらにいらっしゃるのかなぁ~と。それにしても、レイン、それは何の荷物ですか? 少々重たそうに見えますが……ボクが持ちましょうか?」
ホロウがレインテイカーが抱えている荷物に手を伸ばすが、彼女はサッとその荷物をホロウの手から遠ざける。
「あっ……! こ、これはダメ……! それに殿下は、ぼ、僕も知らない……! それじゃ!」
「え、あっ……」
呆気に取られているうちに、荷物を大事そうに抱えながらレインテイカーは走り去っていった。
「なんだったんでしょうかねぇ……」

 引き続き、ホロウはプラチナ姫様を探して城内を探索していた。
「おやぁ、あれはミラじゃないですかぁ」
「……チッ、こんな所で貴様に鉢合わせするとはな」
黒の軍服を身にまとった石膏を思わせるような整った顔立ちをした、四天王の一角、ミラと呼ばれた男は、苦虫を嚙み潰したような顔で舌打ちした。
「会うなりゴアイサツですね~。ボクが何をしたっていうんです?」
「フン、貴様には関係のないことだ」
「いやいやァ、人の顔見て舌打ちするなんて、いくら四天王同士、姫サマに仕えるもの同士でも、礼儀ってモンがあるでしょう?」
腕を組み、顔を背けるミラにホロウはわざわざ視界に入るように絡んでくる。
「なんだ、貴様。やる気か?」
「キミがお望みなら、ボクはいつでも?」
バンッ!と勢いよく開いたドア、そして続いてドタドタとした足音が一触即発の雰囲気を一気に打ち崩した。
「ミラ!! 会場の準備は整いまして!?」
「ひ、姫!」「姫サマ~!」
やや焦った様子で、ミラは元気よく駆け付けたプラチナ姫に走り寄る。
「あら、ホロウもいらしたの? 今日はとてもめでt……モゴモゴ!!」
「いけません、姫! 姫の考えた計画が、頓挫してしまいます! 会場でしたら、私がご案内いたしますので!! 行きましょう、姫!」
ミラは何か言いたげなプラチナ姫の口を抑えて、ブンブンと首を横に振りながら、やや強引に姫を連れ去っていってしまった。
「え? 何が起きてるんですか……?」
さすがのホロウも、ここまでの出来事でやや疎外感を感じずにはいられないのであった。

 「ボクが何をしたっていうんですかねぇ……」
城の中庭のベンチで、ぼんやりと空を見上げながらホロウは考えた。皆に冷たくされている気がする。ここに来るまでの間、城の兵士やメイドにも挨拶を交わしたが、どこか皆よそよそしいのだ。
(思い当たる節は……ないんですけどねぇ……)

 「あら、ピエロさんがたそがれているなんて、珍しいわね」
コツコツとヒールを鳴らしながら現れた豊満な体つきの眼鏡の女性は、同じく四天王であるマギア。
「マギアですか……。さすがのボクでも、今日の出来事は堪えたのですよ……」
どこか遠い目で、しおれた声で応えた。
「何があったのかは知らないけど。貴方に招待状よ。お姫様じきじきのね」
「姫サマが、ボクに?」
マギアは、エタンセル王国の紋章が入ったシーリングスタンプで封をした白い封筒をホロウへ手渡した。
「期待を裏切らないことね」
それだけを言うと、マギアは悠然と歩いて去っていった。
「わざわざ、こんな封までして……一体何に招待されたんですかねー」
封を開けて、招待状を取り出し、文面を読む。

仮面の奥の瞳が、驚きの色に満ちていった。


 ホロウは脇目も振らず、城の屋上へと駆けていた。全ては、招待状に書かれていた会場へ向かうためである。

 ドアを勢いよく開け放つ。日も暮れ、夜になり、照明のついていない屋上は漆黒の闇に包まれていた。
 しかし、突如自分に向けてスポットライトが放たれる。間髪入れず、城の音楽団による盛大なファンファーレが鳴り響く。会場のステージにもスポットライトが放たれ、そこにはプラチナ姫を中心に、四天王メンバーが横並びに待っていた。
「いきますわよ……せーの」
『ホロウ、お誕生日おめでとう!!』
「……へっ、え?」
ここまでの出来事が、整理できず、口からは間抜けな声しか出てこなかった。
「さあ、ホロウ! ステージまで上がってきてくださいまし! 本日の主役の登場ですわ!」
プラチナ姫に言われるがまま、そして案内人に促されるままにホロウは夢見心地のような感覚で、ステージに登壇した。

 「姫サマ……ボクの為に……」
「そうですわ、今日は他でもないホロウのお誕生日ですもの! 先ほど中庭でお会いした時に、この計画を言ってしまいそうになったのは本当に危なかったですわ……。いつも、驚かせたり楽しませてくれる側のホロウを、驚かせてみたくて、四天王の皆さんやお城の皆さんと協力して、このパーティを作り上げたのですわ。本当におめでとう、ホロウ」
太陽のように暖かく、何者も照らすような笑顔でプラチナは真っ赤なバラの花束をホロウに贈る。
「本当、一時はどうなるかと思いましたよ、姫。……まあ、おめでとうと言ってやる。今日だけは休戦だ、存分に楽しめ」
「さ、さっきは、変な態度取って、ごめんなさい……。内緒の計画、だったから……。お、おめでとう……」
「ピエロさんの驚いた顔も愉快なものね。おめでとう、ホロウ。姫様の考えたパーティ、存分に楽しみなさい」
普段は、プラチナ姫の忠誠心に関して、密かに争い合っているメンバーだがこの時だけは、皆一様に祝福の言葉とプレゼントを用意して待ってくれていたのだ。
「姫サマ、皆……。ありがとうございます! ボクの本業が取られちゃうなんて、思いもしませんでしたよ~! そうだ、こんなパーティを考えてくれた姫サマに、お礼をしようと思います!」
 元は姫サマに見せようと思っていた新作の大道芸。こんな形で見せるとは、もちろん思っておらず、一本取られたという気持ちだが、全て姫サマの作戦だというなら、全然悔しくなどなく、むしろ嬉しさや喜びで溢れている。ホロウは、ステージの中心に躍り出て芸の構えを取る。
「それじゃあ、そこで見ててくださいね、姫サマ……!」

 パーティは夜中まで続き、皆飲めや歌えの大騒ぎをしたという――。

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