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【ヴァサラ戦記二次創作】ヨモギ外伝②―剣を取る決意―

ヨモギは、暗闇の中にいた。
「ここは……どこだべ……?」
問いかけるその声は、静寂な闇の中へ溶けて消えていく。自分がどこに居るのか、周りに何があるのか……。そもそも自分は地に足がついているのか、それさえ分からない。
「ヨモギ……」
その時、聞き慣れた声が響く。優しい母の声だ。
「ヨモギ!」「姉ちゃん……!」
続けるように父、ズンダとキナコが姿を現し声をかける。
「父ちゃん、ズンダにキナコ! あたしもそっちへ……!」
駆け出そうとするが、足に力が入らない。否、踏みしめる地面がないのだ。
「っ!? な、なんで……」
水中にいるような妙な浮遊感を感じながらヨモギは藻掻くが、どれだけ手を伸ばしても家族のいるところに辿り着けない。それどころかだんだんと遠ざかっている。
「待って! 置いていかんでくれ……! 父ちゃん、母ちゃん……!!」


「待ってッ!! はぁ、はぁ……ん?」
勢いよく身体を起こし、肩で息を切らしながら辺りを見回す。見慣れない建物の中で、自分はベッドに寝かされていたようだ。
「あら、お目覚めのようね」
「ここは……? そ、そういえば村は?! 村は……どうなったべか……?」
さっきまで見ていた悪夢に思い当たるものがある。だんだんと遠ざかっていく家族と、次第に蘇ってくる炎の海に飲み込まれた村の光景、動かなくなった家族たち。結果は分かりきっていても、ヨモギは藁にもすがる思いで白衣を着た桃色の髪の女性に尋ねるしかなかった。どうか、一人でもいいから、生きていてほしいと。
「ここはヴァサラ軍の医務室よ。ワカバ村の生き残りだったあなたをここで診ていたの。……それで、残念だけど、村は……」
桃色の髪の女性は、項垂れて首を力なく横に振る。
やはり、あの村には何も残らなかったのだ。人も、暮らしも、ささやかな幸せも。
「そんな……」
「目覚めたようじゃの」
扉を開けて、医務室に一人の老人が入ってくる。
「あっ、あなたは……!!」
老人の姿を見て、稲妻が走るようだった。町でゴロツキを追い払ってくれたり、村では殺される寸前で助けてくれた、あの"タダもんじゃないおじいちゃん"がそこに立っていたのだ。
「あら、ヒジリおじいちゃま。この子と知り合いかしら? それとも、お孫さん?」
ヒジリと呼ばれた老人は、ホッホッホと女性の冗談に穏やかな笑顔で返す。
「こんなに可愛らしい孫、儂にはもったいないわい。なに、滞在先の街で少し会っただけじゃよ。……まさか、お前さんがワカバ村の生き残りとはの」
「一度ならず、二度も助けていただいて……ホントに、何度お礼言っても足りねぇべ……。それに、ヴァサラ軍って……」
田舎住まいのヨモギであっても、その名はよく知っていた。
――海を裂き、天を割る。生きる伝説の男ヴァサラ。彼は、一国を担える程の力を持つ12人の隊長、そして多くの隊員を率いている……と。
「ええ、おじいちゃまはそのヴァサラ軍の三番隊隊長『聖神』ヒジリ。私は六番隊隊長のハズキよ」
紹介が遅れてごめんなさいね、とニコリとハズキは微笑む。
「ふ、二人はそんな凄いお人だっただべか!?」
「ホッホッホ……」
相変わらず、微笑みを絶やさないヒジリやその横のハズキを見て、あんぐり口を開け、目を丸くすることしか出来ないヨモギであった。

「そうそう、あなた、怪我は奇跡的に擦り傷程度で済んでるのだけど。極度の空腹状態のようだし、早く何か食べた方がいいわよ」
そうハズキが言った途端。グゥギュルルルルルル……。
お腹の虫の鳴る音が、医務室を満たした。
「あぁ……そういや、あの時から何も食べてないんだったべ……」
黒髪の頭を掻きながら、恥ずかしそうに呟く。
「ふむ、では何か持ってこさせるとしよう。……ヨタローよ」
「!?」
医務室の扉の隙間から、物音がする。
(人がいたべか……。気づかなんだ……)
「なんだ、気づかれてたんだー」
無邪気に歯を見せながら、悪びれた様子もなくヨタローと呼ばれた少年が部屋に入ってくる。彼も黒髪だが、整えられている様子はなく、自然体に任せているといった様子だ。年はヨモギと同じくらいだろうか。
「最初からじゃよ。気になって見に来たのじゃろう? ……まあ、良い。これで、団子でも買ってきてくれんかの? なるべくたくさんじゃ」
ヒジリは、懐から財布を出してヨタローに持たせる。
「おおっ、わかったよじいちゃん! 行ってくる!」
ヨタローは、医務室から飛び出していき、近くの団子屋まで走っていった。
「廊下は走るなと言うておるのに……。まあ、元気がある事は良きことかの」
少し呆れを含みながらも、その姿を見送ったヒジリは孫を見守るような優しい老人の姿であった。

「へい、じいちゃん! いつもの団子屋で買ってきたよ! いっぱい買ったから、オマケもつけてくれたんだ! へへっ、おんもしろーい♪」
ドンッと団子の包みが入った袋を机に置く。中身はみたらし団子や三色団子、餡子がかかった団子とバラエティに富んでいる。少なく見積ったとしても、50本はあるだろうか。
「こんなに買ってきても、食べきれないでしょ……」
団子の塊から発せられる甘ったるい匂いに、ハズキは引きつり笑いを浮かべる。1本、2本ならともかく、これだけ大量だと匂いだけで胃がもたれそうだ。
「えぇー? だって、じいちゃん、沢山買えって言ったもん」
「すんげぇなぁ、団子ってこんな種類あったべか?」
住んでいた村では、甘味は貴重な物だった為、餡子がついたものや琥珀色をしたタレのかかったものは見たことがなく、ヨモギは物珍しさから目を輝かせる。
「さあ、遠慮せずに。ヨタローも、何ならハズキくんも一緒にどうじゃ?」
「やったー! ここの団子屋、美味いんだよなー!」
「しょうがないわね、少しだけなら付き合ってあげる」
急遽、医務室でお茶会が始まる事となった。


「うん、この団子、なまら美味い……! いくらでも食べられるべ!」
しばらくご飯にありつけていなかったのもあるが、ヨモギは団子を平らげていた。
食べ終わった串が、優に30本を超えていた。

「あなたって、結構食べるのね」
2本程度で終わらせていたハズキが、感心したような呆れたような口調で尋ねる。
「こんくらい食べねぇと、すぐにお腹空いちゃうべ。あたしって、あんまり燃費良くねぇみたいだから」
お腹が満たされたのか、朗らかな表情でハズキに反応するヨモギ。
「すげー! あーんなにあった団子がほとんどないや! おんもしろーい♪」
「そういうヨタローも、かなり食べたようじゃがのぉ」
ヒジリの指摘通り、ヨタローの傍にも10本ほど食べ終わった団子の串が転がっている。他人のことを言えないヨタローは、へへっと歯を見せて笑う。
「……さて、お主はこれからどうするんじゃ?」
お茶を啜ってから、ヨモギの顔を見る。腹も満たされ、生気が戻り明るい表情をしているとはいえ、村を滅ぼされ、家族も殺された彼女の心中は察するに余りあるだろう。
「……あたしには、もう帰る場所も家族も居ねぇ。目が覚める前に、暗闇で家族に会って……でも、全然追いつけなくて」
俯きながら、先程見た悪夢の話を口にする。同時に炎に包まれた村の光景に、冷たくなって動かなくなった家族や村人たちの姿が、目に浮かんでくる。
「あん時、村も家族も全部なくなって……。よく分からない男に刀振り下ろされて『もういっそ死んでしまえば』って思っちまっただ……けど!」
ヨモギは顔を上げて、ヒジリの方を見る。
「ヒジリさんが……助けてくれただ。街で野菜売ってる時も、変な男からも守ってくれて……。ヒジリさんは命の恩人だべ!」
「へぇー! じいちゃん、すんげぇ! さっすがー!」
話を聞いていたヨタローが、素直に賞賛の声を上げて拍手をする。
「いやはや……、もう少し早ければ、お前さん以外にも助けられたかもしれんかったがの」
ヒジリ本人は、ワカバ村での活躍に至らぬ点があったのか、申し訳ないような複雑な表情を浮かべる。
「……だから、命の恩人のヒジリさん……いや、ヒジリ隊長に恩返しする為にも、それに、あたしみたいな人が1人でも減るように。あたしもヴァサラ軍に入りたいんだべ……!」
ヨモギは、椅子からスッと立ち上がり拳を握りしめる。決意を語ったその顔は、凛々しく覚悟を決めている。
「あたし、ずっと知らなかった。……いや、知ろうともしてなかったかもしれん。自分の周りが幸せならそれでいいって」
今の世の中は、誰かが誰かの幸せを無情にも奪い去るような出来事が起きているのだ。戦争や略奪、殺人、強盗……。物事の大小はあれど、今この瞬間にも、幸せを奪い取られ、苦しんでいる人がいる。
今も戦いの火種がどこかで燻っているのは、ヨモギでも、何となくなら感じていた。だが、知ろうとはしてこなかった。自分の周りが幸せならそれで良いと、見て見ぬふりをしてきた。
「もう、あたしみたいな人な思いをする人がいなくなるように……あたしも戦うんだ」
「なるほど、もう腹はもう決まっておるようじゃの」
ヒジリは、立ち上がり杖をついて歩き出す。
「儂は若様にお主の入隊の意志を伝えてこよう。今日は、もう少しここで休んでおくのじゃ」
「ヒジリ隊長……。ありがとうございます!」
ヒジリは穏やかな笑みを浮かべて、医務室を後にした。
「へー、じゃあ、お前も三番隊の仲間になるんだな。あ、おれヨタロー! これからよろしくな、ヨモギ!」
ヨタローは、ポンとヨモギの肩を叩き、軽快な足取りで医務室を去っていった。
「ようやく、静かになったわね。……私も、家族がいなくなる悲しみや苦しみは、分かるわ」
ハズキは軽くため息をつきながら、己の過去について触れる。
「ハズキ隊長も……?」
「ええ、たった一人の妹をね。……ずっと手を繋いでいてあげるって、約束したのに」
ハズキは自分の右手を見る。妹の手を繋いでいてあげられなかった手を。
「ヨモギも、大切な何か……仲間でも友達でも、ちゃんと守れるように、頑張りなさいよ」
医務室は自由に使っていいから、とハズキも自分の隊舎へと戻っていく。
(大切な何か……か)
家族も村も無くなってしまったが、今の自分にはヴァサラ軍がある。自分を助け、受け入れてくれたヒジリ隊長も居る。
(まずは、恩返しできるようにやれることやらなきゃ、だべ……!)
皿に残った団子を食べ切り、「ご馳走様でした」と挨拶をしてから、ヨモギは体力回復の為に休むことにした。


数日後。
回復したヨモギは三番隊とワカバ村跡地に来ていた。ヴァサラ軍には三番隊志望の見習いとして入隊する事が叶った。
ヒジリから聞いた話によると、ヨモギが気絶した後、ヴァサラ軍の活躍により、カムイ軍は撤退を余儀なくされ、結果として、この地が駐屯地になることは無くなったという。
そして、今はここに亡くなった村人たちを弔いに訪れていた。
今は亡くなってしまった人が、静かに眠ることの出来る土地が残ったことが、せめてもの救いかも知れないと、立ち並ぶ墓標を見てヨモギは少しだけ救われるような気がした。ここには何も残らなかった、そう思っていたから。

「ありがとうございます。あたしのワガママを聞いてくれて」
「良いのじゃ。亡くなった人をちゃんと弔ってやることは、大事なことじゃからのぉ」
「おい、大じい! ここら一帯の遺体は全部、埋葬したぜ!」
大柄で気の強い、三番隊副隊長のクマゴロウが大きな声で報告した。
「ありがとうのぉ、クマさん」
それぞれの墓には、簡単ではあるが花も供えられている。これはヨタローがやってくれているようで、今も作られた墓の傍に、順番に花を手向けている。
「それじゃ、あたし少し、祈ってきます」
家族の眠る墓の前へと駆け出す。自分の家族の眠る墓標に花を手向け、手を合わせて祈りを捧げる。
(父ちゃん、母ちゃん。ズンダにキナコ……あたし、ヴァサラ軍に入る事にしたべ。刀すら握ったことねぇあたしだけど……。けど、みんなみたいな人をこれ以上見たくねぇ。あたしみたいな人を生み出しちゃいけねぇ。だから、戦うよ。ヴァサラ軍のみんなと一緒に……!)
祈りを捧げ終えて、ヨモギは振り返る。そこには三番隊の仲間が待ってくれていた。
「祈りはもう済んだかの?」
「はい。ちゃんと家族にも、ヴァサラ軍に入ること、伝えました。きっと心配すると思うけど……」
「大丈夫だよぉ、じいちゃんも、クマさんもおしゃべりガラさんも、みんなもいるしね!」
ヨタローがヘラヘラと笑いながら、口をはさむ。
「ホッホッホ。なんの、儂は、若い者の将来を見守るだけじゃ」
「何言ってんだ、ヒジリのじいさんがいりゃあ百人力でぃ!」
ヒジリの隠居宣言とも取れる発言に、ガラが笑い声を辺りに響かせながらツッコミを入れる。
「確かに、ヒジリ隊長は強ぇもんなぁ。絶対恩返しするんだ」
「気負わずに、じゃが、全力で、自分の出来ることを全うするのじゃ。そうすれば、自ずと結果はついてくるじゃろう……。では、帰るとするのかの」
「……はい!」
ヒジリの掛け声で、三番隊は来た道を戻り始める。
その中で、ヨモギは振り返って、
(……行ってきます、みんな)
と挨拶して、ワカバ村を後にした。

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