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豆腐怪談 61話:水が溜まる場所

一昨日から降っていた雨が、やっと今日の昼に止まった。

よく通る山道の交差点は、水が溜まりやすいのか大雨が降った後によく大きな水たまりができている。
山の斜面からガードレールの下をくぐって水が流れ込んでいるらしく、雨が止んで1日が経ってもその水たまりは残っていることが多い。しかもそこだけへこんでいるのか、ゆっくり通っても水しぶが上がってしまう。

昼過ぎにその交差点が見えた時、その水たまりは雨が止んだ直後とあっていつもより大増量で水を湛えていた。
見えた時点であの水たまりを避けて通ることは放棄した。なにせこちらの車線は完全に水たまりに浸っていた。これを避けたければ反対車線に侵入して避けるしかない。
離れていてもガードレールの下から水が勢いよく流れ込んでいるのが見えてしまう。
「山のどっから流れ込んでいるんだアレ…」
自然の嫌がらせに思わずため息が出てしまう。

水たまりの目の前まで車を進めた時にふと何かでかい物体を見つけてしまった。
「何かの木の枝が落ちているのかな?」
人間の足ほどの大きさの枝は、そのまま放って置いていいような代物では見えなかった。ガードレールの外側へ移動させないと事故が起きるかもしれない。
路肩に車を止め停車する。交通量はかなり少ないとはいえ、ハザードランプを点灯させた方がいいだろう。軍手を手にして車の外に出た。

その水たまりを間近でしげしげと見るのは初めてだ。
木の葉や小さな枝が溜まっているかと思いきや、何も浮いておらず、日陰ではなかったら透明なきれいな水たまりだったんだろう。しかし、今は完全に日影に入ってしまって僅かに漏れた日の光を反射する薄黒い水だ。
「意外ときれいなモンだな。おかげでこの枝を排除しやすくていいか」


木の枝に手をかけた。想像していたとは違う感触が軍手越しに手に伝わる。
「ンン?軽いな?」
人の足ほどもあり、見た目は水をたっぷり吸っているはずのその枝は片手で軽く持ち上げることができるほど軽かった。まるで中身がスカスカで乾燥し干からびたかのように軽い。
不思議だが、とても楽ではあるのでありがたい。
「まあ、いいか。よっと!」
人や動物がいないことを確かめ、枝をガードレールの向こうに勢いよく投げ込んだ。
バサっと音がして落ちる音が聞こえた。その時だった。

ビチャ!

背後で水がはねる音がした。あの水たまりからだった。
なんだ?と振り返る。
なんと、水たまりから大きな真っ黒な木の枝のようなものが生えていた。
「何だ…?枝がなんで……いや違う」
枝の先端を見た。それは枝ではないと気付いた。

その先端は節くれだったヒトの手だった。真っ黒なヒトの右腕が水たまりから出ていた。
想像もしなかった光景に、思わず固まってしまう。
腕はさらに上へ手を伸ばし肘まで現れた。

バシャ!

腕が振り下ろされ水しぶきがはね上がる。
真っ黒な腕はこちらに向け、水たまりから這い上がるように腕を伸ばす。
肩口まで現れた時、手は私の足元まで伸びていた。その瞬間、そいつは一気に私の足を掴もうと更に手を伸ばした。
「ひいっ!」
情けない声を上げながら、かろうじて後に転ぶように避ける。
水たまりから出た右黒い腕に続いて、もう片方の黒い左腕が水たまりから生え始めた。そしてその奥で黒く丸みを帯びた水の盛り上がりが続こうとしている。
「あああああ?!!!」
悲鳴を上げ、車へと必死に逃げる。
あの丸いアレは……ヒトの頭だ!

車に飛び込むとほぼ同時にエンジンスタートさせ、アクセルを踏み込猛烈な勢いで反対車線に入り込んで水溜まりを避けた。
バックミラーに映ったヒトの腕は未練がましく手を這わせていたが、やがて諦めたかのように水たまりの中へ沈んで行った。


水たまりが完全にミラーから消えたところで、思わず安堵の息を大きく吐いた。
「ぶはああ〜〜怖かったああ〜〜〜!なんだアレ!なにアレ!怖すぎるだろ!」
恐怖を振り払うようにでっかい声で言った直後だった。

チッ…!

己のものでない、舌打ちが車の中に響いた。

【終】


※豆腐怪談シリーズはTwitter上でアップしたものを訂正&一部加筆修正などをしたものです。

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Photo by Prashant Gautam on Unsplash

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