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豆腐怪談 44話:地下鉄駅の通路

よく利用する地下鉄駅の3番入り口から改札までの通路は古臭く、そして薄暗い。

その通路の天井の照明はLEDだが、構造上の理由なのか、それとも壁のタイルが古くて色映えがしないせいなのか、どうしても薄暗いと感じてしまう。
掃除はマメにされているが、壁と床にはところどころ黒か白か何かの液体が流れたような跡が消えずに残っている。タイルもヒビ割れがあったり、色味が微妙に違うタイルで取ってつけたかのように補修されていた。

そんな古い通路に“彼”はよく佇んでいた。

照明と照明との中間点、ちょうど少し暗くなっているところの壁際。
そこで黒い霧のような薄い影に覆われた、スーツ姿の男が立っている。“彼”はだいたい壁を背にしているが、稀に壁の方を向いていることがあった。
“彼”は雨が降っていないのになぜかずぶ濡れだった。“彼”の足元には常に水溜りができ、頭から水が顔へ伝い続けても拭うことなく棒立ちで立ち続けている。
“彼”は半開きの虚な目で、目の前を通り過ぎる人々をじっと見ていた。
異様な青年だったが、周囲の人たちは彼が見えないのか無反応だった。

それ以上の彼の容姿は分からない。じっと見てると彼に気付かれてしまうからだ。
いつだったか、彼が見えてしまった人が驚愕の顔で、彼から目を離さずに見つめてしまっていた。
その人はこの駅でよく見る人だった。この時間帯に自分とよく改札ですれ違う人だった。

“彼”はその人が、自分が見えていると分かったようだった。
雑踏の中ノイズに紛れ、低い笑い声が聞こえた。

アハハーア………

“彼”は片目は半開きのまま、もう片目は大きく開き、顔半分だけで歪んだ凄まじい歓喜の笑みを浮かべていた。その口角を上げた口の端からは水がボタボタと溢れ出ていた。

“彼”に見つけられてしまったあの人の姿をそれ以来、この駅で見ていない。

【終】

※豆腐怪談シリーズはTwitter上でアップしたものを訂正&一部加筆修正などをしたものです。
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Photo by Mak on Unsplash


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