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豆腐怪談 47話:同じ傘の下

リサイクルショップで食器棚を買ったついでに、傘を買った。たまたまレジの横に陳列されていたのが目に入ったからだ。
外側の色はブラック、内側はターコイズブルーと白のチェック柄、そして柄にもスカイブルーの縞模様が入った、良く言って個性的、もしくは変な傘だ。

おれはいつも500円ぐらいの安い傘を買い、壊れたら買い替えていた。しかし最近は壊れる前に傘をよく盗まれてしまう。そこで個性的な柄ならかえって盗まれないかもしれないと、思いついてあえて変な柄の傘を買ってみることにしたのだ。
そしてなにより値段が安かった。なんとお値打ちたったの300円。
正直0が一つ足りないんじゃないかと店員に聞いたが、やはり300円だった。
「これはイイものが買えた」と、おれはひそかに雨が降る日を楽しみに待っていたのだ。

その日は休日だというのに夜明け前から雨が降っていた。
おれは一日中家にいるつもりだったが、ふとコンビニに行かねばならぬ用があったのを思い出した。おれはあの忌々しい自動車税ってやつをまだ払っていなかったのだ。そして今日が納付期限最終日だった。
「あー、めんどくせえ。ただでさえ少ない手持ちの金がさらに減るぅ…。でも払わないともっとめんどくせえことになるんだよなあ」
コンビニまで一応は徒歩15分以内で行ける距離だ。外の雨は強くない。歩いて行くことにした。

あの個性的300円中古傘はその役割をお値段以上に果たしてくれそうだ。
この傘は開くと意外と大きく見えた。大柄な方に入る男のおれでも十分な広さと、そして驚きの軽さだった。
雨が傘に当たってポッポッとリズミカルに軽い音を立てる。内側のベースのターコイズブルーを通したせいか、手元が青くそして明るい。手元が暗くなりがちな傘の下でこれは案外いいかもしれない。


ビニールを片手にしたおれはコンビニの自動扉から外へ出た。
「やっちまった…」
コンビニで自動車税を納付したついでに、酒のつまみ数点とさらにアイスまで買ってしまった。
手持ちの金がさらに減っていた。こんなはずではなかった。棚に陳列されていたチーカマを見た瞬間、おれは小腹がすいていたのを自覚してしまった。
おのれ孔明もといコンビニの罠め。
「傘は・・・お、あった」
扉横の傘立てにはおれの傘が盗まれずにそこにあった。やはり個性的な柄は盗まれにくいらしい。

周囲に人がいないことを確認して傘のボタンに手をかけた時、傘の中に何か黒いものが見えた。
「ン?」
それが一瞬何かと分からなかったが、目の焦点がそれにあった瞬間、おれは声を上げて傘を落としそうになった。

女がいた。畳んだ傘の中に、濡れた長い黒髪に覆われた女の頭があった。
そいつが首を傾げるように頭を動かし、白濁した目をおれの方にむけるなり口を開こうとした。
おれはすぐさま何も見なかったような顔をして、傘から上の雨雲へ目線を逸らした。
おれは何も見ていない。そうだな、そういうことにしよう。
深い一呼吸のち、再び傘を見る。そこにはターコイズブルーと白いラインがあるだけだった。
「気のせいか。よし、気のせいだな」
俺はそう思うことにした。

帰りも雨と傘による軽くリズミカルな音が鼓膜に心地よく聞こえ、雲越しに届く太陽光がおれの手をターコイズブルーに明るく染める。
そのおれの手を影が覆った。不審に思い立ち止まって見上げると、傘の生地を支える親骨と中心の棒を繋ぐ、受骨と受骨の間から、濡れた半透明の黒髪が垂れ下がっていた。

ひ、と思わず悲鳴が口から出そうになった。
黒髪の塊が反転し、髪と髪の間から白濁した目が現れた。さっき傘を開く前に見た、半透明の黒髪女の頭だった。
そいつがおれの傘の内側からおれを覗き込んでいる。そいつの真っ暗な口が開いた。

「ねえその傘をなんでアンタがもっているの。それあたしに返してよ。これあたしの傘だから返してよ。かさ返してよ。返してよ。かえしてよ、かえしてよ。かえしてよかえして、かえせかえせかえせかえせかえせかえせかえせかえせ傘かえせかえせかえせかえせかえせかえせ傘かえせかえせかえせかえせかえせかえせかえせ」

視界の半分を覆うように黒髪と不気味で白い顔が揺れている。これは反応してはいけないモノだと直感が告げている。
たしかにおれは個性がある傘が欲しかった。しかしこんな“個性”はおれは求めていなかった。

幽霊女が半透明でよかった。向こうが見えるおかげで無視し続けながら歩くことができた。おかげで無事に帰宅できた。
傘をたたむと、女は霧のように消えた。

女はずっと黒髪と黒髪の間から白濁した目をおれに向け、かえせかえせと言い続けていた。
知らんがな。
おれとしてはどう見ても死んでいるオバケから、そんなこと言われても知らんがなとしか言えないし、困る。
傘が激安で売られていた理由が分かった。
レジにこの傘を置いた瞬間、店員の顔が一瞬だけ輝いた理由も分かった。
あのかえせオバケのことを知っていやがったな、あの野郎。


次の日も雨は降っていた。
実は残念なことにおれは他の傘を持っていない。またあの幽霊傘を使う羽目になった。
最寄りの駅まで歩いている間も、受骨の間から黒髪がおれの手や肩を覆うように垂れ下がり、あの黒髪女がささやき続ける。

「だからなぜアンタが傘を持ってるの。それあたしの傘。そのあたしの傘をかえしてよ。かえしてよ。かえしてよ。かえしてよ。かえしてよ。かえしてよ。かえしてよ。かえしてよ。かえしてよ。かえしてよ。かえしてよ。かえしてよ。かえしてよ。かえしてよ。かえしてよ…」

ああ、もう、鬱陶しい。そして怖い。忌々しい悪寒が止まらない。
普通は女との相合傘はロマンというか情緒があるものと相場が決まっている。
しかし、おれは朝からこんな相合傘はしとうなかった。

地下鉄駅から職場に向かう前に、昼飯調達のためコンビニへ寄ることにした。
おれは迂闊にもまたコンビニの罠にかかり、必要以上にお惣菜を買ってしまった。
「やっちまった…」
扉横の傘立てを見る。
あの傘はそこにはなかった。周囲を見渡してもあの個性ある傘はなかった。
盗まれたようだ。
あんな見た目が個性的な傘でも、盗まれるときはあっさり盗まれるものらしい。
不思議でもなんでもなく、俺は心の中で両手でサムズアップをキメた。
あの黒髪女幽霊がおれに囁くことはもうない。なんと嬉しく静かなことか。

おれは人の傘を盗んだ不届き者が、黒髪女幽霊と衝撃的出会いを得て“末永く”共に過ごしてくれることを祈りつつ、500円傘を買いに再びコンビニの中へ入った。

【終】


※豆腐怪談シリーズはTwitter上でアップしたものを訂正&一部加筆修正などをしたものです。

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