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豆腐怪談 62話:屋上の社

某駅ビル喫茶店の窓際の席で、景色を眺めるのがすきだ。地上では見えないものが、ここからなら見える。
よく通る道沿いにあるビルの屋上に小さな社があった。これはここからじゃなかったら決して知ることがなかったものだ。


そのビルはいかにも昭和のビルらしい年季の入ったビルだった。その屋上の隅に小さな社が鳥居と柵に囲まれて鎮座していた。
そこに社がある理由は部外者の自分には分からない。昔そこに神社があったかもしれないし、ビルの所有者が勧請した邸内社ってものかもしれない。
手入れはされているのか、目立った汚れなぞなくゴミが落ちていることもなかった。
なんにせよ、ビルの所有者からの真摯な畏敬の念を感じる小ぎれいな良い社だ。

ある日、そのビルから人の出入りが消え、中は空っぽになっていた。入口や1階の窓が工事で使われるフェンスに覆れていた。
フェンスの張り紙によると、このビルは解体されるらしい。入れ替えに新しいビルが建つそうだ。
あの社も消えてしまうだろうか。寂しいことだ。

その張り紙を見てから数か月が経った。喫茶店の窓から見るあのビルはいまだ解体される気配がない。あの新型ウィルスの影響なのか、放置されてしまっているようだ。

あの屋上社も残っていた。放置されてしまっているのか、社の周辺にはどこかから飛んできたゴミがあちこちに散らばっている。
この喫茶店の窓越しからでは、中の神様はどこぞに移動させたのか、それとも放置されているかは分からない。ただ鳥居の額は外され、しめ縄もなかった。
その鳥居は朽ちてしまったのか笠木に苔が生え、真ん中から折れていた。
よく見れば社も扉は半開きで傾き、格子があちこち欠けている。屋根には苔と雑草が生えていた。
まるで10年は放置されたかのようだ。
手入れされていないだけで数ヶ月でここまで一気に朽ちてしまうものだろうか?

社の扉が風にあおられ、ぐらぐら揺れている。飛ばされてしまわないか見ていて不安になってしまう。
扉の端に何かが引っ付いているのが見えた。
黒い棒だろうか。コーヒーを飲む手を止めて凝視する。
それが何か分かった途端、声を上げそうになった。

社の中から、真っ黒な手が伸び、扉に手をかけていた。

その真っ黒な手はひとつ、ふたつ、4つと増え、扉をこじ開けようとしている。扉は抵抗するかのように揺れ続け、ついには吹っ飛ばされるかのように勢いよく開いた。

中から異様なものが這い出してきた。それは黒いヒトの腕の形をした8本脚の、真っ黒な巨大な蜘蛛だった。
ちいさな社では入りきらない筈の、イノシシほどの大きさのそれは難儀そうに、ずるりと身を引きずるように出た。
ソイツは身をぶるりと震わせ、ヒトの腕の足をのばし、深呼吸するかのように、びくり、びくり、と腹部を縮ませ膨らませている。

「なんだあれは…」
その禍々しさは神様とは到底思えなかった。

やがてソイツは立ち上がった。
黒い粘液のようなものを残しながら、這いずり回るように屋上を一周する。
そして屋上の扉の前に止まると、扉を通り抜けビルの内部に入り、視界から消えた。

社を見ると崩壊寸前までボロボロになっていた。
「一体なんだったんだ…」

元々あの社はアレを封じ込めるためのものだったのか、それとも稲荷とか普通の神様を移動させた後にアレが入り込んだのか、どちらかは分からない。
後者の方がマシに見えるが、アレがこのあたりをウロウロしているかと思うと寒気がする。

ともかく社の類は放置してはいけないものらしい。

【終】


※豆腐怪談シリーズはTwitter上でアップしたものを訂正&一部加筆修正などをしたものです。

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