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豆腐怪談 66話:荷台

「ヨーオ、見つけた見つけた。アンタを探していたぞォ。怖い話だか変な話だかを仕入れた後に限って、変な話マニアのアンタになかなか会えないときたもんだ」
某輸送会社のドライバーKは失礼するぜと、自販機コーナーの椅子に座った。

アンタのところは新型ウィルスの影響ってあるかい。まあアンタ自身は見たところ健康そうでなによりだ。
こちらとら新型ウィルスのせいで仕事が少なすぎてヤバかった時があったンだ。
俺がある商社へ荷物を運びに行ったときにな、見慣れない某県ナンバーのトラックがいたんだよ。
聞けばそのドライバーの兄ちゃんはわざわざ500km離れた某県の工場からこの商社へ届けに来たんだとよ。それがたった2パレット分の製品を運ぶだけためにここまで来たっていうから驚きだ。
「まあ赤字ですけどね。でもこれがなかったら今はコロナのせいで仕事が全く無いんで、マシなんですよ。赤字でも仕事があるだけ僕はありがたいと思ってます」
ハァー、クソ忙しいのも困るが、仕事が全く無いってェのも辛いよな。
そのドライバーの兄ちゃんから聞いた話だ。


何年か前の秋の終わりごろだったらしい。
その兄ちゃんは某県のある街から500km以上先の某都会へ荷物を運んでいた。10tトラックにパレットを満載してな。
朝8時に目的地に届ける時間指定があったから、ほぼ真夜中に高速道路を走ることになる。ところどころ休憩を取りながら走っていたらしい。
長距離を走る大型トラックの運転席の後ろにはな、人間ひとりがなんとかギリギリ寝ることができるベットがあるんだが、兄ちゃんはそこで足をのばして休憩していたんだと。

3回目の休憩でそこで仮眠をとっていたら何やら音が聞こえてきたそうだ。
ガタガタ、ゴトッ、ガタッ
何か大きなものが近くで動いていると兄ちゃんは思ったそうだ。
エンジンは切ってあるから振動による音じゃあない。では何だ?
耳をすますと荷台の方から音が聞こえてくる。トラックのその席は荷台が近いからな、運転席では気付けない音も聞こえることもあンだよ。

荷物に何かあったら一大事だ。特に輸送中の荷物の破損は避けなきゃいけない。
そこで兄ちゃんは荷台を開けて中を確かめることにした。
兄ちゃんの10tトラックはウィング車ってやつでな。見た目は後ろが開くアルミバンと似てるが、荷台の側面側が飛び立つときの鳥の羽のように上へ開くタイプだ。

このウィング車のいいところは側面全部が開くから荷室全体が見渡せることだが、欠点は扉が大きく開くから開閉スペースが広めに必要になってしまうところだ。
兄ちゃんはまず右の側面を開いてみた。荷台全体を少し離れて横から見る限りは特に異常なし。左側の隣には車が停まっていたから左側を開けることができねえ。
そして荷物の上も見えないから、兄ちゃんは右側から荷台に登って見ることにしたんだ。

パレットとパレットの間には接触して荷崩れしないよう緩衝用の仕切り板を間に挟んでいてな、それがあるせいで荷台に登っても床全体までは見えない。
さて兄ちゃんは右側最後部によじ登った。荷台に夜間作業用の照明はあるんだが、兄ちゃんは他の車の邪魔にならないようにオフにしていた。そこで兄ちゃんは手持ちのライトで荷台を照らして異常を探すことにした。
手前は特に異常なし、その隣も異常なし、順に仕切り板と仕切り板の間を照らしていったのさ。一番奥の方、つまり運転席側を照らした時だ。
仕切り板の上に黒いものが引っかかっっていた。あんなものは出発時にはなかった筈だ。
しかしそこからじゃ何なのか分からねえから、兄ちゃんはいったん荷台から降りて奥の仕切り板の方へよじ登ることにした。
黒い物を照らした時、兄ちゃんは自分の目を疑ったそうだ。

そいつは足だったのさ。それも男の足が足首を仕切り板に乗せてだらんと引っかかっていた。
兄ちゃんはその足の付け根がどこにあるか分かった時、その場から逃げ出したかったそうだが、なんとか思いとどまったそうだ。
まあ、俺も同じものを見たら逃げたくなるな。
足の持ち主様はな、なんとパレットと中心の仕切り板の僅かな隙間に挟まっていたのさ。正確にはパレットの上に積まれた荷物と板の隙間約20cmの間にだ。
もちろん普通の人間じゃない。無理矢理引き延ばされて細くなったような男オバケがそこにいたんだ。

ソイツは焦点の合わない濁った目を半開きにしてな、耳を荷台の壁に引っ付くように近づけていた。まるでその向こうの音を聞こうとするようにな。
しかもな、ひ、ひう、ひう、と時折痙攣するように震えていやがったんだ。そのたびに耳が壁に当たって音がしやがる。
兄ちゃんは悟ったのさ、さっき聞いたガタガタ、ゴトッ、ガタッ、というあの音はこれだったんだと。

兄ちゃんが細長い男を照らしたまま固まっていると、男の眼球がぐるりと回って兄ちゃんの方を見た。
「なんだ、おまえそこにいたのか」
その声は棒読みだったそうだよ。
「おまえ、わたしもつれて行け。ひう。つれていけ。ひ、ひ。つれていけ。ひう、ひう。つれていけ。ひ、ここからつれていけ」
ひう、ひう、と男は震えながら言いやがったそうだ。気ッ色悪イ。

兄ちゃんは震えながら全速で逃げたいのを我慢して、きっぱりと言い切ってやった。
「ダメだ!勝手に人のトラックに乗るな。とっとと降りろ!」
男は無表情のまま「ちっ」と舌打ちし、身震いをした。そして切り板の上の足を下ろし、ずるりと蛇が落ちるように足から荷台の下へ落ちて、沈むようにトラックの影の中へ消えたそうだ。

兄ちゃんは荷台すべてを念のためチェックし、出発した。そのあとはありがたいことに目的地に着くまでご安全に何も起こらなかったそうだ。
しかし、どこであの細長いオッサンを拾ってしまったかは身に覚えがなくて、全く分からねェんだとよ。


「どこで何を拾っちまうか分からねェもんだ。もし俺が出くわしたら、運賃を取り立ててやりたいところだが、できるんかね」
Kは紙コップのアイスコーヒーを飲みほした。
「まあその手のモンは拾わないのが一番だな。アンタもな、変な話聞くついでに変なモン拾っちまわないように気をつけな」
変な話聞く機会があったら、また拾ってアンタに聞かせてやるよ、とKは椅子から立った。


【終】


※豆腐怪談シリーズはTwitter上でアップしたものを訂正&一部加筆修正などをしたものです。

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