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人食いの怪物は紺色の月の下で啼く

軌道エレベーターから見下ろした“仮寓の星”の地表は白緑のオーロラの夜に染まっていた。窓に映るおれの黄色と白の毛に包まれた長い耳の先に、おれの目の色と同じ紺色の月が3本のリングを纏って地平線の上に浮かんでいる。
あれが浮かんでいるってことは今は深夜か。
「帰りがだいぶ遅くなってしまったなあ」

円柱型の住宅が立ち並ぶ街をおれは一人歩く。3輪の紺色の月が真上に輝いて足元を照らし、神秘的な影を作っている。
おれは通信端末に届いたメッセージを見た。
『オレはもう寝る。お先におやすみ、ユニス』
おれの双子の片割れ、パラスからだった。相方が寝たせいかおれも欠伸が出た。
その直後だった。

ドオン!おれの横で何かが爆発した!
え?と言う間もなくおれは何かに吹っ飛ばされた。壁に強烈に叩きつけられ意識が遠のく。


どのくらい時間がたったのだろう。
「あだっ!」
顔を反ってしまうぐらい強烈な衝撃を額をに受けて、おれは目が覚めた。
おれの目の前でだれかの足が浮いていた。宙に浮いた誰かの足がバタバタ暴れておれの額を蹴っていたのだ。思わず見上げた先のそいつの頭は灰色の何かにすっぽり覆われていた。
灰色の何かはごふごふと呼吸のような音を出しながら動いている。隙間から液体がボタボタと垂れ落ち、無数の鋭い白い歯が見えた。

これは口だ。おれの目の前で、人が食われようとしている。

「うわあああ!」
おれは悲鳴を上げて思わず後ずさった。
おれの数倍はあるでかい四つ足の灰色のバケモノが、頭の半分を占めるでかい口で人を貪り食おうと蠢いている。バケモノの腹から出た無数の人のような手と太い触手が獲物を腕ごと掴み動きを封じていた。
そしてバケモノの頭には人の目がいくつもあった。おれはその一つと目が合ってしまった。
それはおれと同じ紺色の目だった。
「パ、パラス…?」
この目はおれの片割れの目だ。おれは何故か確信してしまった。

バケモノは更に口を開き、獲物を押し込んだ。

【続く】

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