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豆腐怪談 63話:後ろ姿

友人の話
「先月2回も親戚の葬式で受付係やったんだよね。しかも同じ家で」

親戚と言っても彼女から見れば遠縁だという。友人が故人たちに会ったのも子供の頃に1回だけ。
そんな縁の浅さにも関わらず、同じ市内に住んでいるし、とにかく人が足りないからとお通夜へ引っ張り出されてしまった。

「まずね、90越えたお婆さんが亡くなったの。長年連れ添ったお爺さんはそれはもう気の毒なぐらい落ち込んじゃってたみたい。で、その人は化け物かってぐらい健康だったのが、その3週間後にポックリ後を追うように逝っちゃった」
同じ家で続けて二人も死者が出るのは普通なら異常だが、二人とも90代後半という大往生だったことから、むしろ和やかな雰囲気の葬儀だったそうだ。
「だからお葬式自体は久々に会った親戚同士が故人の思い出をひたすら語ってる、ほのぼのお葬式だったよ」

その親戚の数が多かった。お爺さんはなんと11人兄妹の次男だったそうだ。若くして亡くなっている3人とお爺さんを除き、残りの兄妹夫婦とその息子と娘、その伴侶、さらに孫たちも連れてきた兄妹もいた。お婆さんの葬儀でもそうだったが、親戚だけでも30人近くの参列者が来たそうだ。
お爺さんの家族はその相手をせねばならず、兄妹一家と接点がない遠縁の友人なら受付に集中できるだろうと引っ張り出されたという。

「受付ってお香典や、参列してくれた人に渡す会葬返礼品の管理もしないといけないから、そこにずっといないといけないんだよね。お金と物の管理は大事大事。あ、そうそう、私の地域は葬儀でわたすやつは香典返しじゃなくて会葬返礼品。香典返しは四十九日後に渡してる」

会葬返礼品は家単位ではなくて個人に渡しているため、減った数を数えれば参列者はどれだけいたかとだいたい分かるそうだ。それを後ほど芳名帳と照らし合わせて参列者数を把握する。
「人数がやたら多くてさあ、もう大変だったよ。私一人がそこで立ちっぱなしでしんどかったぁ」


そんなわけで、小さな葬儀会場は親戚でほぼ埋まっていたそうだ。
受付もひと段落した頃、話す相手もいない友人は参列者の様子ををながめていたそうだ。
「顔がお爺さんと似てる人達がお爺さんの若いころの写真を見てるなーとか、あの親戚たちはずっと誰それが何やってると人の噂話してるなとか、誰かのお孫さんが介護要員兼荷物持ちで家族分の会葬返礼品をずっと持たされているのはちょっと気の毒だなとか、まあそんなことを思いながら見ていたの」
見るからに濃そうな親類関係の部外者でよかったと友人は思った。

「で、その親族オンリー参列者の中にどう表現したらいいのか、なんか引っかかる女の人がいたんだよね。お婆さんとお爺さんの葬儀の参列者ってほぼかぶっているんだけど、その人はお婆さんの葬儀の時はいなかった。その人はスタイル良くて長袖の喪服をかっちり着てさ、髪もお団子で固めてた。」
葬儀会場ではありふれた女性だ。しかし友人はなぜか違和感を感じたという。

「その人、ずっと私に背を向けていたの。私は受付なのにあの人の顔を見ていないんだよ」

これだけの人数がいるから、他の親戚と混同しているのかもしれない。会葬返礼品を持っていなかったが、誰か連れの人がいて持っているのかもしれない
でも違う、この人は間違えない。そう友人は思ったそうだ。
「その人さ、スタイルと姿勢がよくてさ、モデルが一人だけ急に現れたみたいな感じだった。でも、それにプラスなんかこう、強烈な違和感があって、異物が紛れ込んだ感じ」


その人は親戚の輪に入り会話に参加しているように見えた。親戚たちもどその人を違和感なく受け入れているようだった。
「よく見てたらさ、“後ろ姿の女”は会話の輪の中に入っているのに、だれも彼女を見ていないんだよね。話しかけてもいなかった。それでいてみんなは“後ろ姿の女”が輪の中に入るスペースを空けて彼女を受け入れているの。で、“後ろ姿の女”も相槌をうって頷いたりしていなくて、会話を聞いていなそうなの。私には背中しか見えないのにさ、何もせずにその輪の中の人達をジッと見ているように見えたんだ」

そこまで観察したとき、参列者の人にトイレの場所を聞かれたので友人は“後ろ姿の女”から目を離した。
たった数秒のことだった。“後ろ姿の女”がいたところに目を戻した友人は、思わず自分の目を疑った。

「そこにいた筈の“後ろ姿の女”が消えてた。しかも、離れたところの別の会話の輪の中にしれっと入り込んでいたんだよ。私の前を通らないとその輪の中に入れないのに、瞬間移動したみたいにそこにいたんだ!」
そして“後ろ姿の女”は友人に背を向けて立っていた。その会話の輪の中でも彼女はただ棒立ちして親戚たちを見ているようだった。

「そこでさ、違和感の理由が分かっちゃった。“後ろ姿の女”は棒立ちどころか微動すらしていなかったの。普通、人間ってさ棒立ちしていても呼吸とかで僅かに揺れている筈だけど、ソイツはマネキンみたいに全く揺れない。人間の中に血色のいい生々しいマネキンが紛れ込んでいる異物感が違和感の正体だった」

友人が瞬きした瞬間、“後ろ姿の女”はまた離れた別の会話の輪の中に移動していた。背を友人に向けたまま。
“後ろ姿の女”は顔を見せることなく、歩くことなく、それぞれの会話の輪の中に飛び込み紛れ込む。これを繰り返していた。
寒気が走る中、ふと友人はある直感を得た。

「あ、コイツ、すべての参列者の顔を見る気なんだって。見て誰かを選んでいるんだ。そう、アイツの目的がこれなんだって分かっちゃったんだよ…」

どうしよう、アイツ絶対私も見る気なんだ。
そう思った時、“後ろ姿の女”は会話の輪の中から外れ、ひとり受付台から少し離れた正面に、背を向けて立っていた。
ひっという声を押し殺し、友人は俯き目を背けるように受付台へ落とした。

その直後、人型の影が受付台の上に落ちていた。音もなく影はそこにいた。視線を強く感じた。
誰かが私の前に立っている。それも無言で突っ立っている。私を見つめている。
呼吸音すらないソイツは、私をただただ見続けている。
怖くて顔を上げることも声も出すこともできず、友人は寒気と嫌な汗が背中を流れるのを感じながら動けずにいたそうだ。

不意にお棺が開く音が聞こえた。目の前の影が、ぶるりと震えた。
数分後、お棺を閉じる音が耳に入ったと同時に影が消えた。
顔を見上げると誰もおらず、お棺から遺族と葬儀社のスタッフが離れていくのが見えた。
友人は会場を見渡した。“後ろ姿の女”は会場から消えていた。
「よく分らないけど、私は助かったんだなって思ったよ」


通夜が終わり、芳名帳とお香典を遺族に渡すときに、友人は気になったことを聞いてみたそうだ。
「さっき通夜が始まる前に、お棺を開けていたみたいですけど、あれは何だったんですか」
「あれはね、クマのぬいぐるみをお爺さんに添えていたんです。葬儀社の方が仰るには、ひと月に同じ家で二人も亡くなると3人目を“連れていって”しまうんだそうです。そこで、この地域では手足がある人形かぬいぐるみを三人目の身代わりとしてお棺に入れることになっているんですって。言い伝えとはいえ、三週間で二人が亡くなってるのは本当なので念のためそうしたの」
「へぇーそんな言い伝えがあったんですねえ」

「あの場では明るく言ったけどさ、“後ろ姿の女”はそういうモノだったんだと震えそうになったよ…」
翌日の告別式でも友人は受付をやったが、“後ろ姿の女”は現れなかったそうだ。

【終】


※豆腐怪談シリーズはTwitter上でアップしたものを訂正&一部加筆修正などをしたものです。

ヘッダー引用先
acworksさんによる写真ACからの写真

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