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豆腐怪談 43話:羽虫

「あーーもう!虫が鬱陶しい!!」

虫が触るムズムズした感触に我慢しきれず、手を振りますように払った。
とても小さい羽虫に朝からたかられるようにまとわりつかれてしまっていた。どこか近くに巣があったのか、原因が全く分からないが、いま羽虫が大量発生している。
窓を網戸にしても、その羽虫共は小さすぎて易々と網戸をくぐり抜けてしまう。
羽虫どもは服の中へ、髪と髪の隙間へ、耳たぶのはざまへ入り込む。痛くはないが、もぞもぞと動く感触が鬱陶しくとても気持ち悪い。

更に腹立つことに、奴らは淹れたての、とっておきのレモングラスティーに飛び込んだ。羽虫退治につかれた身を癒そうと飲む寸前に、集団で入茶自殺しやがったのだ!

私は激怒した。必ず、かの醜悪奸邪の虫どもを除かなければならぬと決意した。私には自然の理が分からぬ。私は虫が全くダメなただの人である。けれども趣味のハーブティーのお時間に対しては人一倍こだわりを持っていた。


猛烈な怒りに染まった足ですぐさまホームセンターに向かった。
殺虫剤売り場には羽虫共をオーバーキルできそうな代物が陳列されていた。
なんて頼もしい。やはり頼るべきはホームセンターである。
「これだ。これなら羽虫を一気に倒せる!」
私はあるものを手に取った。
それはスズメバチにすら対抗できるというジェット噴射殺虫剤。噴射距離は10m以上。
最終兵器・ジェット噴射殺虫剤と蚊取り線香を腰のホルダーに下げて装備した私は発生源と考えられる地へ向かった。
熱い復讐心を胸にして。

「羽虫殲滅すべし!慈悲はない!」

目的地付近に近づいた途端、羽虫共がまとわりつく。
白い服が、細かいゴマ状の模様に染まっていく。
羽虫がマスクの下と耳たぶの中、そして服の下深くにに入り込み、とてもかゆくなってしまうと同時に怖気が走る。
「どうせ夕方までには死ぬのに、世代交代までして何故奴らは最大限の嫌がらせをするんだ…」


ボヤキながら家の裏の空き地へ踏み入れた。
この辺りは水が溜まりやすい。
ならば発生源はここだろうと見当をつけたのだ。お向かいの空き家と自宅に挟まれた空き地は、放置された木が枝を伸ばし、更に背の高い草が生い茂っているので、昼近くでも薄暗い。
その空き地には黒いもやみたいなものが漂っていた。
間違いない、あの黒いもやは羽虫共の群れだ。なんておぞましい。

私は揺るがぬ固い殺意と共に、腰に下げたジェット噴射殺虫剤を引き出した。ストッパーのピンを抜いて構える。
「羽虫全滅すべし!慈悲はない!」
殺虫剤の噴射トリガーに指をかけたその時だった。


「こ……ザザッ…し……し……ザザッ…た……ザリッ……ろ…」

ノイズ交じりにヒトの声が聞こえたような気がした。
誰かいるのかと周囲を見渡した。
「誰もいないじゃん」
目の前のもやに目を戻した。
羽虫もやはいつの間にか膨張し、自分の背より高くなっていた。
「え」
羽虫もやは意思を持ったかのように蠢き始めた。みるみるうちにそれは丸い輪郭を一番上にし、核となる太いもやを中心に4本の棒上の黒いもやを形成していく。

あっという間に羽虫もやは2mほどのヒトの形となっていた。

うげえ。思わず声が出た。
黒い朦朧とした人の虫影はゆらりと体を左右に揺らすように振っていた。

「し……ザザッ…しィ………た……ザザッ…た……ザリザリッ……したァ…ザザァッ……」

ノイズ交じりの声が耳に羽虫と共に入ってくる。
これは殺虫剤でなんとかなるモノではない。ただの羽虫ではない。
怒りと殺意はとうに消え、構えたジェット噴射殺虫剤は下ろしてしまっていた。
思わず後ずさりしたその時、人型の虫影が動いた。

それは意思をもってこちらを振り向いた。顔がこちらを真っすぐ見すえた。そういうヒトの動作そのものだった。

「……ザリザリ………こォこでェ…………ザザァッ……………ザザッ………………ころした。」

聞き取れた言葉の意味を理解した瞬間、私は思わず悲鳴をあげた。振り向かずに空き地から高速で飛び出した。
家に入り、すぐさま痛いぐらい勢いよくシャワーを浴びて羽虫共を流し落とした。

三日後、パトカーが向かいの空き家の前に停まっていた。
翌日の新聞に、あの空き地を挟んだお向かいの空き家の押し入れから、遺体が発見されたという記事が載っていた。その家には空き地から引きずった跡があったらしい。

【終】


※豆腐怪談シリーズはTwitter上でアップしたものを訂正&一部加筆修正などをしたものです。

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Photo by Kevin Fitzgerald on Unsplash

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