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ポジ漫画紹介 第1回 「ヴォイニッチホテル」 〜楽しくて、切なくて、残酷で〜

さて、記念すべき第一回の漫画紹介は道満晴明先生の「ヴォイニッチホテル」だ。



書籍情報

タイトル:ヴォイニッチホテル
作者:道満晴明
出版社:秋田書店
連載誌:ヤングチャンピオン烈
連載年:2006年〜2015年
巻数:3巻完結

あらすじ

太平洋南西に浮かぶ小さな国、ブレフスキュ島。内戦やマフィアの横行があるが治安自体はそれほど悪くなく、観光客も度々訪れる。そんな国の非戦闘区域に建つ「ヴォイニッチホテル」。
そこへ日本人のクズキがやって来るが、ホテルマンは義眼を付けた一見中学生にも見える「エレナ」と、首に縫合跡のある「ベルナ」の二人。
何やら普通な感じはしないが、それに負けず劣らず宿泊客もどこか変。そして、それはクズキその人も……
どこか「変」な人々が、どこか「変」な国の、どこか「変」なホテルで繰り広げるエロ、グロ、メタ、パロなんでもござれなドタバタシリアススプラッタダークコメディ。



解説・紹介

さて、ここからはネタバレも含めて感想を書いていく。
この作品は道満晴明先生初の長編だ。先生の作風は、一言でいえば「下ネタと切なさの同居」である。クスッときて、ウルっときて、それを3巻かけてじっくりと味わわせてくれる。
これについては後ほど詳しく書いていく。

話をヴォイニッチホテルに戻そう。
クズキという日本人の男がホテルにやって来たことによって物語の歯車は動き出す。彼は一見すると爽やかな好青年だが、服を脱ぐとアラご立派な彫り物。そう、この男実は元ヤクザであり、兄貴分と結託して会の金を持ち逃げし、ホテルへ身を寄せに来たのだ。
とはいえインテリヤクザだったらしく、作中でも「銃とかドスとか扱ったことない」「もう足洗ったよ」と発言しており、その立ち振る舞いは本当にただの気さくな青年である。

自分が好きなのは読者に彼がヤクザだとわかるシーンだ。
日本人のチンピラがロビーで文句を垂れており、クズキが止めに入る。するとチンピラは「てめえ皇竜会のところの」と言い、ここで彼がヤクザだとわかる。
次いで「日本じゃてめえのこと血眼になって捜してるぞ」と、ここで彼が追われている身だと判明する。
なんとこのシーンは12話での出来事だ。結構引っ張っている。それまで一切そんな雰囲気を見せず(ちょいちょいヒントはあったが)にいたので衝撃が凄かった。
それでこのシーンのどこが好きかと言うと、このチンピラはこのシーンだけの脇役であり、セリフはクズキへの脅しとして使われている。このように「物語の根幹に関わらない人物から、説明臭くない説明」をさせているところがなんともニクい。



この作品は分類すると、恐らく「ギャグ漫画」に入る。下ネタやパロディ、純粋なギャグがふんだんに盛り込まれており、この分類に疑いの余地はないだろう。
しかし先で述べた通り、この作品は道満晴明先生の作風が如実に表れている。つまり、ギャグ漫画でありながらストーリー自体はどこまでもシリアスでどこまでもダークだ。そしてスプラッタでもある。

例をあげよう。
ブレフスキュ島はあらすじで述べた通り内紛が発生しているが、空港があったり、くだんのヴォイニッチホテルがあったり、果てはピューロランド(サンリオではなくサンヨリだが)があったりと、観光面だけはいやに充実している。なぜだろうか。
その答えは島の子供、リーダーが教えてくれる。
「日本人はこの島を食いモノにして荒らしまくって 戦争が始まったらトンズラこいたヒキョウ者だ!」

まだブレフスキュ島が平和だったころ、その好立地に目を付けた日本企業が次々に観光開発に乗り出したのだろう。しかしそれは、自分たちだけの利益を考えたものだった。実際ヴォイニッチホテル自体が、神聖とされ誰も足を踏み入れなかった森を潰して建てられている。そして内紛が発生すると、日本企業たちは撤退。残ったのはハコモノだけ。嫌われるワケである。
しかし実際にこのような罵倒を浴びせ、日本人を毛嫌いしているのは子供くらいで、大人たちは日本人だろうが何だろうが気さくに、にこやかに接している。
実はこのリーダー、3年前に初恋のお姉さんを地雷によって亡くしている。しかも自分を庇うかたちで。
喪失感からくるやり場のない怒りを、紛争の原因である「何か(作中では明らかにされていない)」よりも、「ハコモノ」という目に見える形で存在感を残す日本へ向けていると考えると、なんとも悲しい。

しかし間々に挟まるギャグや下ネタ、パロディがその切なさ、残酷さをコーティングしてくれる。それは決して無意味な引き伸ばしでなく、キチンとした伏線にもなっていく。
しかしクライマックスでは、ギャグは違う形で作用してくる。今までのギャグと、目の前のストーリーとのギャップにより切なさを感じるのだ。
そして伏線が回収されていき、全てのピースがカチリとハマるとき、それは大きなカタルシスとなる。
これが道満晴明先生の作風……人呼んで「道満カタルシス」である。



この作品はストーリーの他にも、魅力的なキャラクターたちによって支えられている。
元ヤクザのクズキを筆頭に、実は魔女だったエレナとベルナ、女三人のヤク密売集団、ホモの殺し屋と姉妹の殺し屋、封印されしモノに恋する車いすの少年、チャック・ノリスの前歯をへし折ったとの伝説を持つヴォイニッチホテルのオーナー、ウサギの面を被った少、少年探偵団、男を誑かして惨殺するシリアルキラー、人造人間刑事、数学者の霊に惚れられた漫画家……
興味を持ってくれたのなら、ぜひ読んでみてほしい。



さて、ここからは自分の考察に入るが、この物語のテーマは「愛」ではないだろうか。
作中でクズキとエレナは惹かれ合い、一つになった。そもそもクズキが高飛びしたのも子弟愛からだった。
また、上記のキャラ紹介を見てもわかる通り恋愛や友情、家族愛の絡みが結構ある。
シリアルキラーはそういった「愛」を悪用して殺しを行うが、その冷酷な殺人鬼にも家族を想う「愛」は確かに存在した。
そしてとある夫婦が新婚旅行にブレフスキュ島へ来たことによって物語は大きく動き出す。
「愛」とはなにか……少し哲学チックになってしまったが、そんなことを心に留めて置きながら読んでみるのもいいかもしれない。



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