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人は正直が欲しい - アドボカシー・マーケティングとは?

この本も随分前に読んだもので、中身はすっかり忘れてしまってるのだけど、ここで語られてるスタンスや考え方については、今の僕らのそれとかなり近いというか、そうありたいと目指してるところでもあるので、この機にピックアップしてみた。

ただ、こういう姿勢やポリシーを、「マーケティング」という言葉で括ってしまうのは、個人的にはちょっと違和感はある。本来はそうではないのだろうけど、今、「マーケティング」という言葉は、テクニックとかハウトゥとか、そういいう技術的なニュアンスにまみれてる感じがするからだ。

アドボカシーとはあまり聞き慣れない言葉だけど、「支援」「擁護」「代弁」等の意味で、つまり、アドボカシーマーケティングとは、「徹底的に顧客側に立って物事を考え実行する信頼ベース」のマーケティング手法のことを意味する。

これだけ聞くと、なんだ「顧客志向」「顧客第一主義」かと思ってしまいがちだけれども、本書で紹介される事例は、生半可な掛け声だけの「顧客志向」や「顧客第一主義」ではなく、真に顧客側に立つということがどういうことかを教えてくれる。

徹底した顧客志向ではノードストロームやリッツ・カールトン・ホテルなどがすぐに思い浮かぶ。本書内でもたびたび事例として登場するこれら企業だが、彼らが実践しているのは、自社の利益よりもまず顧客の利益を優先するという徹底的な姿勢だ。

「顧客志向」といっても、ほとんどの企業は、自社の利益があって初めて顧客の利益となるのが普通だろう。しかし、真にアドボカシーな企業は、そんな常識さえも通用しない。たとえ自社に不利になることや、自社の利益に結びつかないことでも、顧客への「支援」「擁護」に惜しみない力を注ぐ。それが顧客ロイヤルティを高め、長期的には利益につながるということを知ってるからだ。

自動車保険会社の米プログレッシブ(Progressive)は、他の保険会社の保障内容を州単位での比較できるようなWebのサービスを提供していたり、商用トラクター販売のジョンディアは、競合他社のトラクターとの比較情報まで提供している。

自社に都合の良い情報だけを寄せ集めて発信したり、比較情報にしても自社製品やサービスにたくさん◯が付くように恣意的に作られた意味のない比較表などでは、もう消費者は簡単に見抜いてしまう。

隠したり、誤魔化しても徹底的に調べられてしまう。であれば、欠点も含めて自身を曝け出し、真に顧客視点にたったサービス&サポートを徹底し、顧客の信頼を獲得していくほうが良い。人は「正直」が欲しくなる。「信頼」を獲得することを第一義に考える。

もちろん、こういう考え方の背景には、自社の製品やサービスに自信があるということは当然必要で、そこに磨きをかけていかなければならないことは言うまでもない。

本書でも、「どこにも負けない品質に価値がある」(質の法則)の必要性が語られている。品質に磨きをかけ、自信があるからこそ、すべてを曝け出す。すべてを曝け出すからこそ品質レベルを高めなければならない。どちらが先というわけではないだろうが、強い信念と覚悟を持って取り組まなければいけない。

商品の良い面、悪い面を伝えること

僕らも、商品については、良い面も悪い面もあるということを正直に伝えるように心がけている。

例えば、SOMALIという石けんのシリーズでは、石けんの様々なデメリットを色んな方法で伝えてる。固まりやすい、石けんカスが残る、黄ばみの原因になるといった、石けんのマイナス面をきちんと理解してもらったうえで、判断してもらいたいと考えている。こういうマイナスはあるけど、石けんの気持ち良さや、石だからこその側面もあって、そこをどう判断するかは、お客さんに委ねる。ただし、判断するための材料や基準はできるかぎり多く提供する。そういうスタンスだ。

最近、発売開始をしたシャンプーの「12/JU-NI」。これもかなり偏った処方なので、合わない人がいる、ということを積極的に説明している。一般的には、「髪やお肌に合わない場合は...」と、小さく説明を入れておくのが普通だけれど、12/JU-NIは、発信するメッセージには出来るかぎり「合う合わないがある」ということを含めるようにしている。

これらは、別にアドボカシー・マーケティングを意識したわけではなく、ただ、会社やブランドとしてできるかぎり正直でありたいと考えたら、良い面も悪い面をきちんと伝えないと、となっただけの話だ。

どんな商品も全方位で良いものなんてない、と僕は思ってる。全方位良いものが良いに越したことはないけど、性能やスペックだけの問題ではなく、人の感じ方や捉え方も違うので、誰もが満足いくようなものはない。

なので、僕らメーカーとしては、まず、その商品がどういうものかを、良い面、悪い面含めて、しっかり情報提供していくことが、重要なのではないか。その上で、無理に買ってもらうのではなく、お客さん自身に納得して買ってもらうようにしていくことが必要なのではないか。そんな風に考えている。

少し話は脱線するが、以前、僕はローバーのMINIに乗ってた。今のBMWのMINIではなく、旧型のローバーのMINIだ。子供の頃から、MINIが好きで好きで、いつかは絶対にMINIに乗ろうと思ってた。ただ、いざ、買えるようになり、選びだすと、MINIの扱いにくさや、故障の多さ、メンテナンスの大変さ、そういったMINIのネガティブな情報がこれでもかというぐらいに溢れかえってて、そういう情報に接すると少し購入を躊躇ったりもした。でも、一方で、そんな大変さはあるけど、MINIはすごく愛おしい、愉しい車だというポジティブな声も沢山あって、最終的に僕は、この大変さも引き受ける覚悟で購入をした。

確かにメンテナンスは大変だったし、実際に、何度も調子が悪くなり、専門店のお世話になったりもしたけれど、でも、モノとしての愛おしさや、その車で街中を走っている時の楽しさは、その後も色んな車を乗り継いではきたけど、今もなおMINIに勝るものはないな、と思ってる。僕の中で、MINIは唯一無二の存在だ。今は、もう手放してしまったけど、生活に余裕ができたら、一台は、あの旧型のMINIが欲しいなと今でも思ってる。

僕らが作ってるのは日用品だし消耗品だ。MINIみたいなある種、嗜好品的な要素があるものと比較にはならないかもしれない。

でも、僕としては、その商品に、多少駄目なところがあっても、それを上回るような愛おしさや、使ってる時の楽しさや喜びみたいなものがあって欲しいなぁと思ってるし、そういう商品をつくりたいという想いがある。

顧客ロイヤルティを測定する質問

本書内には他にも様々な事例とともに、アドボカシー・マーケティング実践のためのヒントが散りばめられている。その分野だけで有に一冊は本がかけるんじゃないかという内容の断片がいくつも盛り込まれているので、何度でも読み直したい。実際の企業と事例も豊富なので話のネタとしても知っておくと使えそうなものばかりだ。

例えば、顧客ロイヤルティを測定する方法として、顧客に次のような質問を行い、その結果を定量的に分析するという事例が紹介されているが、これなんかも簡単、単純だけれどすごいノウハウだと思う。

この会社を友人や同僚に紹介したいと思いますか?」これだけだ。なるほど。推奨意向を訊けば、それはそのまま顧客の企業に対してのロイヤルティを表す。

「ぜひ紹介したい」を10、「全く紹介したくない」は0、「どちらでもない」を5といった段階評価で設定し、顧客にアンケートを行う。その結果、顧客は「推奨者」「中立者」「誹謗者」のいずれかに分類することができる。

推奨者を増やして、誹謗者を減らすことが顧客ロイヤルティ育成の実践となる。

飛行機業界、レンタカー業界などでは明らかにロイヤルティと利益成長率に相関性が見られた。ロイヤルティと売上や利益の相関性というのは、あまりきちんと測定されたものを見たことがなかったが、この調査では明らかに、ロイヤルティが売上増とコスト減に貢献するということが明らかにされていて、これは興味深い。

本書で紹介された様々な事例

本書内で紹介されている事例の幅広さや内容を見ると、「アドボカシー」という言葉で括られる活動や事業が極めて広範囲ということに気づく。

「アドボカシー」という新しい言葉(少なくとも僕は全然知らなかったのだけど)で括ってるので、何か最新のマーケティング手法や仕掛けなのかと思うかもしれないが、決してそういうものではなく、どちらかというと典型・基礎的なマーケティングについて、もう一度、「アドボカシー」というキーワードから見直してみたというような内容なのかもしれない。以下は備忘録として一部事例を抜粋。

●患者本位の医療方針を貫くメイヨ・クリニック
患者数ではなく、提供する価値によって一定の給与が支払われる仕組みを取り入れ、患者一人一人に十分な時間をかける。

●ネスレグループ
ロイヤルティ育成の徹底、顧客の声(VOC)を商品開発や広告展開などへも生かす

●オーケーストア
正直すぎる説明書きが店内のあらゆる商品につけられるスーパー。

●ハーレーダビッドソン
ハーレーをコアにした生活提案「ライフスタイル・マーケティング」を実践。

●USAA
顧客を会員と呼び、会員の保険料を最適にすることを第一に、自社の儲けが少なくなる安い保険料のアドバイスも行う

●ニコン
外部部品を除いた内部一式部品をまるごと交換することで修理時間の短縮と品質向上を図りる「クールピットサービス」

●MKタクシー
徹底した従業員教育、顧客志向で、タクシー業界の慣習や常識を打ち破る

●Z会
毎年1000万通以上あったDMをなくして、ネットでのSNS「パルティオゼット」の開発と運営費にまわした

●アスクル
単体を「小アスクル」、メーカーやエージェント、顧客までも含めて「大アスクル」として定義し、大アスクルでの利益の最大化を目指す。

●TOTO
流通業者との信頼関係構築「TOTOリモデルクラブネットワーク」。
全国各地のエリアごとに「リモデルクラブ◯◯店会」を発足させて、同じエリアで活動する競合同士がコミュニケーションをとれる仕組みを提供。

●SASインスティチュート
利益は公開せず、世界からの注目を浴びることを避け、従業員を一番大切にする企業文化。
「幸せな社員がお客様を幸せにする」の企業ポリシー。年間離職率平均22%というソフトウェア業界において、SASの離職率は4%。

●未来工業
年末年始に約20連休、GWに10連休を含めて年間の休日は140日。仕事は4時45分まで。
それでも給与水準は地域で一番。高いQWL(Quality of Work Life)を実現して、従業員満足度を高め、高い生産性をあげる。

●IKEAのサイト
Annnaと呼ばれるバーチャルオペレーターの導入。
(バーチャルオペレーターは、インテルの消費者サポートサイト導入の事例では、PCカメラ用ソフトのダウンロード成功率で63%→85%となった。これだけで年間100万ドル以上のコスト削減になったそうな)

そして、ジレットの元会長兼CEOジェイムズ・キルツの言葉。
リスクテイクを奨励する必要があります。我が社では、成功の反対は失敗ではなく惰性であることを常に心に留めておくことをテーマにしています

(この記事は、2010年1月に自身のブログに投稿したエントリーをnoteに再編集して移行させたものです)

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