見出し画像

スタートアップ向け「取締役会資料」の作り方

スタートアップにとっての取締役会。

取締役会は、会社の重要な意思決定を行う場です。一方で「株主に対して、企業の実績や今後の見通しを報告する場」という目的を兼ねていることも多くあります。事業運営で忙しい中、「資料作りが大変」、「株主に報告するよりも事業に集中したい」、「株主の指摘が辛い」と感じている方もいると思います。

私も株主の立場で取締役会に数多く出席しています。
上場企業と未上場企業の取締役会は異なる点があります。大企業の取締役会は決議事項や報告事項が議題の中心です。一方、未上場企業が取締役会(経営会議)を行う主な目的を考えると、

  1. 上場後の株主総会や、IRに向けた株主コミュニケーションの練習(練習なきままマウンドに上がるピッチャーはいませんね)

  2. 事業成長のインプットをもらう場

  3. 定期的に事業を俯瞰的&客観的に見直す、経営者としての必要不可欠なアクティビティ

がより重要な要素になってくると思います。取締役会というものを活用の場として捉えると、実は資料作りも、その場の仕切り方も、変わってきます。そして、うまくできればその効果は何倍にもなって事業に返ってきます。なんか、良いことばかりに思えてきませんか?

今回のnoteでは、私が様々な取締役会に出る中で勉強させてもらったノウハウを『スタートアップ向け「取締役会資料」の作り方』としてご紹介していきます。

「使える」と思ったら一部だけでも、自社の取締役会運営に取り入れてみて頂けると嬉しいです。

※企業によっては「取締役会」「経営会議」、「株主報告会」「株主定例」など様々な形で株主とのコミュニケーションの場を設けている場合があります。共通する点も多いため、ここでは厳密な区別はせず「取締役会」という言葉を用いて説明していきます。

※この記事の主なターゲット
シリーズA以降の起業家の方、経営層、コーポレートチームの方を対象としています。

①アジェンダ設計

まず始めに、全体に通じる話に触れます。取締役会は、基本的には月に1度、約1~2時間の開催です。その限られた時間で適切な議論を行うためには、アジェンダの設計が大切です。基本となるアジェンダ事項は下記のように考えています。

取締役会では、重要な経営課題について議論する時間を最大化することが理想です。そのために、まず参加者へ適切なインプットを行うことが重要です。ここでいう適切なインプットとは、客観的に企業全体の状況が把握できる情報を指します。参加者が全体像を把握しているからこそ、初めて個別の議題に関しても建設的な議論が行えます。

企業の全体理解を進めるためには、まずは財務状況を報告することが有効です。この際、共通言語であるPLやBSほど便利なツールはありません。しかし、財務状況だけでは、具体的に何が行われているのかわかりません。

そのため、財務報告の後に業務報告パートを設けましょう。部門ごとに何を目指してどのような活動を行っているのか、詳細を説明するパートです。これにより、企業の状況を深く理解することができます。

業務報告パートも、網羅的であることが重要です。実際、営業・マーケの改善活動についての議論に終始していたところ、プロダクトの開発がうまくいっておらず、競合との機能差が課題だった、というケースも起こり得ます。全体が見えることが大前提であることを意識して資料を作っていきましょう。

アジェンダ設計のコツは全体から個別へ。これを意識することで資料の作り方、議論の内容の充実度が変わってきます。

では、これから実際に参考となる資料とあわせて、各パートの説明を進めていきます。

なお、スライドはイメージを掴んで頂くための例として作成したものであり、架空の内容です。また、今回はSaaS企業を想定して作成しています。適切な項目は企業によって異なると思うので、参考として見ていただければと思います。

②全体/サマリー編

最初に入れておくと便利なのが「エグゼクティブサマリー」です。
抑えるべき点は、予実の達成度と評価、課題と対策、そして重要トピックスがひと目でわかるよう示されていることです。1ページにこれらの要素をまとめることで参加者に効率的に経営状況の全体像を伝えることができます。また、冒頭に入れることで参加者に共通の前提理解を促すことができます。参加者は議論の「当たり」をつけることができ、余計な質問を減らせる効果も期待できます。これにより、後続の議論をスムーズに行うことができるようになります。

➂全体/業績報告編

業績報告で抑えるべきポイントは「予実ベースで報告する」ことです。
取締役会参加者の視点は、

  • 事業が予定通りに進捗しているか

  • 予定通りでない場合の課題は何か

  • その課題に対して適切なアクションが行えているか

が中心です。
ここでは、事業が予定通りに進捗しているか、の理解を促すために、売上・費用の予実、前年、前月対比での成長率が分かるようにしましょう。
企業によっては予算と実績の乖離が大きく、実績の評価が難しい場合があります。その際、前年比や前月比の数字が役に立ちます。例えば、「予算には未達だったが、昨年比では2倍成長している」、「前月比で+10%の成長をしている」ということがわかれば、事業が着実に進捗していることを説明できます。またその数値を元に市場平均や競合と比較の比較ができたりします。実績評価を正しく報告することで、議論の質を高めていきましょう。

➃全体/売上編

次に売上について述べます。
まずは全体的な売上を報告し、別のスライドで詳細な報告を行うようにしましょう。ここでもポイントは、予実と成長率がひと目でわかることです。またこのような数字を見せる時は、時系列を長く、かつ視覚的に見せることが大事です。過去の数字を正確に覚えられている人は少ないと思います。

また「前月と今月の比較だけ」、あるいは「グラフではなく表数値だけ」、の報告では直感的に状況理解ができず、問題に気付かなかったり、理解が十分でなかったりして適切な指摘が行えません。数値の変化を察知するためにも、グラフなどで時系列を長く、視覚的に報告できるようにしましょう。

全体数値だけでは説明がざっくりとしすぎてしまう場合があります。複数の事業を運営している、マネタイズ手段が複数あるなどの場合は内訳をみせましょう。売上については、詳細を報告することが大切です。例えばSaaSプロダクトであれば、主要プロダクトのMRRや利用企業数の変化がひと目でわかるように示すと良いでしょう。

⑤部門別/営業・マーケ編

全体報告が終わったら、次に個別部門ごとに業務報告を行います。
まずは新規顧客を獲得するための営業・マーケについて説明します。業績に紐づく営業、マーケ施策の振り返り分析を行います。ポイントは「数字で報告する」ことです。リード数や成約率など、客観的に観測可能な数字を元に報告を行いましょう。数字があることで、参加者は共通の指標を元に、適切な状況把握が可能となります。また、具体的なパイプラインリストを共有することで現在の営業戦略、売上見込についての理解が得られやすくなるでしょう。

報告における基本的な考え方は全体報告と同じです。

  • 予定通りに進捗しているか

  • 予定通りでない場合の課題は何か

  • その課題に対して適切なアクションが行えているか

という視点を意識すると良い報告ができると思います。
時折、数字を見た結果である「振り返り」だけが書かれている資料を見ることもあります。(例えば、「○月は商談化率が○○%と前月と比較して低下した。」)この場合、「その結果が生じている要因や課題」がわかりません。また、その状況が良いのか悪いのか、今度はどうなるのか、が伝わりません。結果を「振り返り」、「本質的な課題は何か」を特定し、「次に何をするのか」具体的なアクションまで落とし込んだ報告を行いましょう。

⑥部門別/カスタマーサクセス編

カスタマーサクセスは既存顧客への対応状況を報告する場です。
ここでも、まずは数値の報告を行いましょう。解約アカウント数やチャーンレートの推移を示すことが基本となります。解約があった際は、解約理由の分析結果を説明できるようにしておきましょう。このパートにおいても、分析を元にした振り返り、要因・課題、今後のアクションを報告するようにしましょう。

⑦部門別/開発編


続いて開発状況の報告についてです。
特にスケール段階にあるスタートアップは、営業・マーケの報告に寄りがちで、プロダクト開発の状況報告が少なくなる傾向にあると感じます。
しかし、スケール段階でもプロダクトの開発状況を報告することは重要です。重要な機能開発の優先順位や進捗状況を示し、企業として適切な場所にリソースを投資できているのか、議論できるようにしましょう。
少し話がそれますが、開発が想定通りに進んでいるにも関わらず、事業計画を達成できていないことがわかると、営業・マーケに課題があるのではないか、という議論が行えるようになります。その課題を部門間で共有するための指針にもなると考え、準備されることをおすすめします。
また、スタートアップにとって、中長期の開発ロードマップを描くことは、エクイティストーリーに繋がります。普段、目の前のことに集中しがちですが、取締役会という貴重な場で将来的な方向性について、経験のある取締役や株主とディスカッションにつなげるために、報告を心がけていきましょう。

⑧部門別/新規事業編

新規事業は「なぜこれをやっているのか?」を理解してもらうところからスタートします。
どのようなリスクを取り、その狙いを掴みにいっているのか、全体戦略に対する位置付け、費用対効果を株主に対して、粘り強く伝えていきましょう。「そもそもこれはなんでやるの?」「いつまでに何をやるんだっけ?」と聞かれる前に新規事業の概要と進捗を報告できるようにしておきましょう。

⑨部門別/人事・採用編

スタートアップの競争力として最も重要とも考えられるのが組織です。採用情報・人事の情報は必ず報告しましょう。
スタートアップでは、初めて組織づくりを経験する人も少なくありません。様々な組織を知り、客観的な視点を持つ株主からのインプットを積極的に取り入れていくために、どのようなメンバーを採用・アサインし、従業員向け施策を行っていくのかを伝えることで組織づくりのアドバイスをもらうことができます。
「採用がボトルネックで事業が進まない」「成長ができない」と言った声が多く、これはある程度成長した企業でも聞かれることです。経営者やマネジメントリソースを一定使うことが多い分野でもあります。課題分析をしっかりと行い、適切なアクションが打てているか議論できるようにしましょう。
人員数の動向(入社・退社)、採用パイプライン、組織全般に対する課題の共有とアクション設定をベースに議論できるよう、資料を作成しましょう。

⑩部門別/ファイナンス編

スタートアップのファイナンスにおいて、最も重要なことは資金繰りの状況です。ありがちなのは、資金調達にかかるスケジュールの見積もりが甘くなるケースです。見積もりが甘い結果、資金がショートする…といった致命的なミスにつながることもあります。

月々のバーンレートとランウェイについては必ず報告し、次回の資金調達のスケジュール、金額、バリュエーションの想定を共有しましょう。

また、金融機関からの借入は、株主を活用できるポイントです。金融機関の担当者の紹介を受けることを想定して、相談したい金融機関のリストを作成しておくのも手だと思います。

⑪部門別/相談・依頼事項編

相談・依頼事項のパートでは、株主に協力を依頼したいことや、相談したいこと、その他ディスカッションしたい議題を記載します。

これまでの経験上、取締役会では参加者の立場によっては発言のタイミングが難しいと感じる場合もあります。しかし、成長のためのインプットを得るためには、多くの人に話してもらう機会を作ることは重要です。このパートで投げかけを行ったり、協力への感謝を伝えたりするだけでもコミュニケーションが発生し、長期的な関係構築に役立ちます。

せっかくなので、過去に「これは上手い!」と思った事例を紹介します。株主名を並べて「先月のご支援状況一覧」という形で、紹介などの支援内容を報告している企業がありました。他の株主の活動状況を知ることで、株主間に適度なプレッシャーを与えることができ、(こっそりですが)おススメです!

⑫全体/マインド編

最後にこれは必須!というマインドについてお伝えします。

『悪い情報こそ率直に共有、Bad News Firstで報告し、みんなで解決することでWin-Winの結果を作る』

建設的な議論を行うには、参加者が企業の全体を理解していることが前提にあるというお話をしました。実は、それよりももっと重要な前提があります。それは信頼関係です。重要なことを後から知らされた、というのは悲しいですよね。
スタートアップにとって課題があるのは当たり前です。
プロダクトの開発が遅延している、人材流出の予兆がある、採用が想定ほど進んでいない、など悪い情報こそ、率直に共有して改善に向けた議論をしていくようにしましょう。

最後に

ドイツ初代宰相のビスマルクの「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」という言葉があります。愚者は自分で失敗して初めて失敗の原因に気付き、その後同じ失敗を繰り返さないようになるが、賢者は過去の他人の失敗から学び同じ失敗をしないようにするということです。これは限られた時間、人員、リソースの中で行うスタートアップ経営において、とても重要なマインドだと考えます。

月に1回の取締役会は多くの知見を持つ人達が一同に会する貴重な時間です。色々な人達の知見を有効活用し、自分の力以上に会社を成長させる、有益な機会として捉えてみましょう!

Z Venture Capitalでは起業家の皆さんと、ZVCのキャピタリストが資金調達や事業の壁打ちを行うオフィスアワーを常時開催しています。これを機に、Z Venture Capitalに関心を持って頂いた方は、ぜひご連絡を頂けると嬉しいです。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?