ゼロ年代インターネット:自己表現と産業の幸せな結婚

書くことがなくなった - phaの日記
もし書くことがなくなったら、俺らは一体なんなんだ - シロクマの屑籠
結局みんなキャッキャウフフしたかっただけなのか - phaの日記

シロクマ先生やphaさんなどの投稿をきっかけにして、いわゆるゼロ年代の、わたしもそこに参加していた、はてなダイアリーを中心としたブログ、あるいはweb日記の盛り上がりはなんだったのか、と考えた。

ブログ(やそれ以前のweb日記・テキストサイト)以前には、特に有名でもない個人が思うことを文章に書いて共有などできなかった。そういう個人による表現の面白さと、それを可能にするインターネットで表現のプラットフォームを作る産業の盛り上がりが同時に起こり、当時はある種のハネムーン期だったとおもう。なんだか社会が変わるかも的な期待があって、でもまだまだブログなどを書いたり読んだりする人は社会全体からみたら少数派なのでそこを接点に出会う人は案外似たもの同士だったり、梅田望夫さんなどがweb2.0を唱え、ネット業界に転職した、ネットで恋人や生涯の伴侶を見つけた、ブログが人気で本になった、といった「ネットで人生変わった」人をたくさん生み出した。

以下は2004年の、(初期の)mixiに惚れこんでmixiに転職した女性のストーリー。

「mixi依存症なんです」――ソーシャルネットで人生が変わった26歳女性:ITは、いま──個人論 - ITmedia NEWS

個人的には当時こういう記事をたくさん書いていた岡田有花さんがとても羨ましくて。ちなみにこの記事で紹介されているふぁるさんの現在のブログもはてなブログであり、初期mixiとはてな界隈の近さがうかがえる。

当時ははてなを含む各種のブログサービスにせよ、mixiにせよ、国産のネットサービスをみんな使っていて、開発者とユーザーが近かった。でもいつの間にか、mixiや当時あったあまたの国産SNSよりもfacebookが残り、twitterのようなミニブログと呼ばれるものも、はてなハイクやwassrなど当時乱立したけど、結局twitterだけが残った。アメリカ産で全世界に広まるネットサービスの洗練を感じたが、開発者と日本の一般ユーザーは遠くなってしまった。はてなユーザーにIT技術者、特にweb系エンジニアが多いと言われるのはその頃の名残りだ。

今日「ファッション・イン・ジャパン」展に行ってきたんだけど、90年代にあった裏原系ファッションとかギャル系ファッションとかで「あの頃あの界隈にいたあの人、(アパレル業界などで)成功したよね」って言われたりするような感じも、似てるんじゃないかなあ。これも個人の自己表現と表現を支える産業の幸せな結びつきなのではないか、とこのあたりを読むと思うんだけど当事者ではないのでよくわからない。

わたし自身はというと、今これを書いているのも、はてなブログではなくnoteだというところに「はてな界」から微妙に引いたスタンスが今でもあると思う(笑)

でもそんな私にとってもはてなは、人力検索はてなとはてなアンテナくらいしかサービスがなかった頃からID取って利用してて、はてなダイアリーもメインのブログではないけど使ってて(メインはレンタルサーバ にインストールしたtDiary、のちにWordPress)、はてなブックマークはもっとよく使っていたし、よく読んでたり交流のあった人には、はてなダイアリーユーザーも多かった。文学とか出版とか「書く」方面と、IT業界とかネット業界とかプログラミングのような「作る」方面の両方に興味があったわたしにとって、はてな界隈は居心地のいい場所だった。

当時は、もともと知り合いじゃなくても近い界隈でブログ書いてる人どうしの独特の距離感の近さがあった。互いのブログに言及したりコメントしたり、マイミクになってオフ会で会ったり。あんな時代はもう来ないんだろうな。私にとってのあの時代はネット業界に惹かれて転職したけど結局辞めてしまい、本になるほどの人気ブログは書けなかったし、夫は学生時代の同級生でネットとは関係ない。それでもいくらかの思い出と当時からの「ネット同級生」とも呼ぶべき友人ができて、今でもfacebookでゆるくつながっている。

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