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楽器を始めたら音楽の聴き方が変わった

音楽が聞くだけのものでなくて見るものになった。

1. バイオインを始めてみたかった


何年か前からバイオリンをしてみたいなと思っていた。たぶんドラマ「カルテット」の影響だと思う。それを地域の楽団に入っていた人に伝えたら、
「バイオリン? 楽器の中で一番難しいですよ。そんな簡単にできないですよ(なめんなよ)」
というようなことを言われて、すっかりしょげて手を出さずにいた。「楽器自体も高そうだし、習うの大変そうだなー」と思うたびに理由をつけて。

そんなことを何千回も繰り返すうちに今年になり、今年の春先に彼氏の母親が亡くなった。うちからも香典をお送りした。その香典返しでカタログギフトをいただいたのでパラパラとめくっていると、そこにあったのだ。バイオリンが。
「こんな機会でもなければバイオリンなんて一生買わないし、やらない!」
「一生に一回くらいはやってみたいな!」
「できなきゃできないで家に飾っといたらインテリアとしてもよさそうだし!」
と思い、バイオリンを注文。数週間すると届き、さっそく開けて試したが音は出なかった。でもそれでも楽しいと思った。「わー! 本当にむずしい!」と思って笑っていた。

2.あるギタリストの演奏が教えてくれた、私がずっと聴いていた音

バイオリンを始める少し前くらいからNito Ichikaという日本人ギタリストの演奏が大好きになった。きっかけはこの動画を見たことで、以来YouTube/Instagram/Twitterとほぼ全部フォローしている。イチカ氏最高。天才。

「なんでこんなに好きなんだろうな〜」と思っていきついたのが、たぶんエレキの高音だと思った。人間の声帯では(少なくとも私の声帯では)絶対出ない音なのに、普段から私は自分の体内でこの音域の音を聞いている。自分が集中している時とか濃密な時間を過ごしている時は、高音域の音を聞いている感覚がある。メロディーも自分が普段自分の体内から発して自分で聴いているものに近いものがある。こうやって表現してくれる人がいて、初めてそのことに気がついた。(同じ理由でヘビメタやヒップホップも好きだ。アグレッシブな気分の時は私の身体の底の方でああいう音が響いている。)

3. 学校でやったピアノやリコーダーとの違い

学校でやったリコーダーやハーモニカではあの高音は出ない。でも弦楽器なら出る。ピアノの方が音を出すだけだったら敷居は低い感じがするんだけど、私はバイオリンやギターの方が好きだった。たぶん、ピアノでは連続した高音を出せないからだと思う。連打した高音の音ではなく、とぎれない高音が自分が聴いている音に近い。

4. 音楽を聴いて映像が見えるようになった


バイオリンを初めて1ヶ月。まだまだ全然弾けないのだけど、先日たまたまビバルディの「春」を聞く機会があった。そうしたら、情景がまざまざと浮かんできた。あの曲を聞くと、春の暖かな日差しの中で黄色い花がゆらゆらとゆれ、蝶が舞っている情景を見ることができる。何も考えずにその画が浮かんできた。衝撃だった。

最初に出てきた「バイオリンなめんなよ」の人が、よく「この曲聞くとこういう光景が目に浮かぶんですよ。なんていい曲なんだろうな〜と思う」と言っていて、がんばってその光景をわたしも見ようとしたけど、ずっと見られなかった。てか、がんばらないと見られない時点でダメなんだけど、バイオリンを始めてまざまざと情景が浮かぶ頭になった。

5. もともと持っていた共感覚との比較

私はもともと共感覚があって、字には色がついているし、人や言語の印象も無意識に色分けされている。今まで音を聴いて図が出てくる人のことがわからなかったけど、こういう感じなのかな? とも思う。共感覚は結構大人になってからも発達したり獲得したりすることがあるのかも。

6. 楽器は表現方法というより肉体の拡張器官

たぶん弦楽器は私にとって自分を表現するもの以上に拡張器官のようなものなんだと思う。バイオリンを始めて自分自身の知らなかった部分に気がつけたし、意識もできるようになった。お高くとまってすましていると思っていたクラシックがこんなに激しく情緒的で、荒々しく、直接的な勢いのある表現だとは知らなかった。言語的でスポーティですらある。自分の知らない世界の扉が開かれた感覚だ。

バイオリンはまだまだ全然弾けすらしないけど、世界を広げてくれたこの楽器ともっと仲良くなれたらと思う。まだボーイングすらできなくて弾くことさえできないけど、ずっと仲良く楽しめたらいいと思う。練習しよう。

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