まなこの魔女
セヴァストポリの野戦病院の片隅で、砲弾の破片を腹に受けたアレクセイは死につつあった。彼が砲弾の音を遠くに聞き、汚らしい天井を眺めながら思い出していたのは、子供の頃に「まなこの魔女」の閨を訪れた秋の日のことだった。
13歳のアレクセイは、森の中にあるという魔女の閨を求め彷徨っていた。その左目は包帯で覆われている。森は深く、木々に繁る葉は黄や赤に色づき燃えるようだ。見上げれば木漏れ日が白く光り滲んで見えた。
村を訪れたロマの占い師の話によれば、魔女の閨は求める者の前に自ずと姿を現すという。
(自ずと?)
歩き続け、足が棒のようになっていたアレクセイは立ち止った。
(そんなことが本当にあるもんか、馬鹿馬鹿しい)
香具師の話を本気にした自分が情けなくなった。うなだれ、日が暮れる前に引き返そうかと思ったその時、地面に射していた木漏れ日が急に翳った。
驚いて顔を上げたアレクセイが目にしたのは、太い木の幹ほどもある鳥の足と、その上に鎮座する、苔むした茅葺屋根をもつ小さな家だった。
彼は腰を抜かした。
鳥の足は音もなく、そして恭しく跪き、家の扉がひとりでに開いた。中は暗く、見えない。
「どうしたね、坊や?頼みがあって私に会いに来たんだろう?」
家の中から女の声が話した。
それでもアレクセイが動けずにいると、女が姿を現した。
女の波打つ黒髪は腰までのび、その上半身は裸だった。むき出しの乳房と絖の様な腹には複雑な紋様が幾つも刺青されていた。色褪せた赤く長い布を腰に巻き、その裾から裸足のつま先が僅かに見えた。そして、その目、その目は女の顔に非対称な配置で七つあった。
七つの目はそれぞれ色が違い、人の目だけではなく、獣や鳥と思われるものもあった。
その禍々しさに気圧されながらも、アレクセイは震える足で立ち上がり、言った。
「貴女のまなこをひとつ、僕にください」
まなこの魔女は微笑み、答えた。
「代償は高くつくよ、坊や」
【続く】
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