竹田人造『AI法廷のハッカー弁護士』を読もう
本記事の主旨は竹田人造『AI法廷のハッカー弁護士』が面白いのでみんな読もうである。したがって買っていただければ本記事は読まなくていい。
とはいえマクドナルドやうまい棒の値上げが相次ぐご時世、ゼロ知識で2310円する小説本を買えるのはイーロン・マスクと鹿鳴館キリコ様くらいだろう。そこで以下では、この小説がどう面白いのか、なぜあなたが2310円出すべきなのかについてご説明させいただきたい。
(※本記事には前半部分のネタバレがあります。気になる人は先に本を読みましょう)
裁判官AI時代の法廷サスペンス
舞台は裁判官がAI化された近未来。主人公の機島雄弁は、想像もつかない手段でAIの裏をかいて、次々と無罪を勝ち取っていくハッカー弁護士。というのがこの物語の大筋である。
……ここでSFファンであれば「待て、なんで裁判官がAI化されてるのに、弁護士は人間のままなんだ?」と思われただろう。技術を愛好する者ほどそう考えるはずだ。だが、そこは実にきちんとした経緯が用意されている。
端的に言えば、弁護士の収入を増やしたいが客単価が上がらないため、裁判の回転率向上が求められ裁判官がAIになった、という資本主義側の事情による。なるほど弁護士はAI化しようがないな! と納得せざるを得ない。原則として技術は市場経済に勝てない、という技術者のリアルが染み付いた枠組みでとなっている。
「道具」としてのAI
「AIをテーマとしたSF」というと、一昔前は「人類に取って代わろうとするAIと、それに抵抗する人類」といったターミネーターな枠組みが主流であったが、現実のAI技術が発達するにつれ「AIってそういうヤツじゃないのでは?」と人類が気づき始めた。SF業界にもその風潮が流入し、結果的に「現実のAIが進歩することで、SFのAIがポンコツ化する」という逆転現象が起きている。
本作はそうした潮流の最先端である。著者の竹田人造さんは本職がAI技術者ということもあり、作中のAI技術がやたらと現実的だ。「AI裁判官」は昔のSFに出てくる預言者のようなコンピュータではない。Siri に毛が生えた程度の機械である。
したがって本作の裁判は「いかに真実を証明するか」ではなく、「ポンコツなAIをいかに攻略するか」というハッカーの技術バトルなのである。現代社会で問題になりつつあるAIの偏見も、主人公にとっては積極的に利用すべき攻略要素のひとつに過ぎない。
AI法廷とバトルの意外な相性
バトル物全般を描くにあたって普遍的な問題が、リアリティと面白さの両立である。
戦記モノが典型例だ。戦争をリアルに描けば描くほど、兵站など絵的に地味な事前準備が重要になり、「天才将軍による奇跡の逆転劇」といった読者の望む展開は難しくなる。リアルな戦場とは、既についた勝負を確認する場なのだ。
現実の裁判も同様で、事前提出した証拠によって概ね決着はついていている(らしい)。『逆転裁判』が喧々諤々のバトルになるのは「あれはゲームだから」ということになり、リアリティ面では減点1となってしまう。それを補ってあり余る面白さがあるから、作品として成立するわけだが。
ところが本作では「AI裁判官」というフィクションをうまいこと利用し、裁判を「現場のバトル」に変貌させているのだ。
このため、裁判所で弁護士が法廷で折り紙ナイフを作って人を刺すなどのエキセントリックな行動が(ちゃんと必然性に基づいて)登場し、裁判の場を絵的に盛り上げてくれる。
癖しかない登場人物たち
技術的にリアルなAIと、それを利用した熱い法廷バトル。こうした枠組みが本作の魅力だが、それら同様、あるいはそれ以上に魅力的なのが登場人物たちである。とにかく出てくる連中が癖しかない。
まず主人公。「AI裁判官の技術的な裏をかいて無罪を勝ち取る弁護士」という文字列だけでろくでもない人物であることは明瞭だが、そのあたりは世間にも伝わっているらしく、この人物を語る言葉はやたら充実している。そして概ねそのとおりの人物である。
この倫理観の湾曲した弁護士の部下となるのが、巻き込まれ体質の若者・軒下智紀、得意科目は道徳というが、ちょっとした特殊能力によって作中でずいぶんな活躍を見せる。本作はこの2人のバディ物としての関係性も完成度が高い。得意科目は道徳。(面白いので2回言った)
あと個人的にツボだったのは、十本の腕を持つ義肢開発者・千手樟葉。自分以外の人類を全体的に見下しているが、その罵り言葉が「二本腕」なのがたまらない。
壮大な話のスケール
本作は4編の事件からなる連作構成である。現実世界を LiDAR によって仮想世界にコピーする「クローンバース」を利用した殺人事件解明、脳波と連動する人工義肢による医療事故など、非現代的でありつつも非現実的でない、ちょうどいい距離の近未来だ。シリーズ化して無限に続けられそうな枠組みでもある。
だが本作は「事件→解決」を4回繰り返して終わり、という平板な構成ではない。「AI裁判官」という制度そのものから宿命的に生じた問題、それを埋めるために生じた国家的陰謀が、裁判を通じて徐々に明らかになり、そこに主人公がある因縁から切り込んでいく。こうした全体構成の見事さも外せない魅力だ。なんなら2時間映画にしてほしい。しなさいよ。
技術的なリアリティを追求しつつも、SFがエンタテイメントであることを決して忘れない。それがデビュー作から継承されている竹田人造SFの魅力といえる。
↑こちらは同著者のデビュー作。発売前に改題騒ぎで悪目立ちした印象があるが、こちらも自動運転車や画像認識などをテーマに「AIを道具とした技術者同士のバトル」を描いていて非常に面白い。そしてこれは声を大にして言うが、改題後のほうが内容に合ってる。なんでみんな読んでもいない小説のタイトルに文句言う?
本書の発売にあわせて、出版社から著者インタビューが公開されている。こちらも一読の価値ありである。あと僕の名前が挙げられてるので嬉しい。
わかる〜
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