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水曜日の湯葉57 ◆ 持続可能な足裏の米粒

自著の Amazon レビューを見ていたら「著者は博士号を持っており……」ということが書かれていたが、僕は博士号を持っていない。なんでかといえば単純な話で、それ相応の研究成果を出せなかったからである。

僕の大学院時代は STAP 細胞捏造事件と、それにともなう小保方晴子氏の博士論文剽窃が明るみになった頃だった。連日の報道を見て「不十分な状態で博士論文を書くと将来こうなる」と身に沁みた院生は僕だけではなかっただろう。そういうわけで、ひとかどの研究者を目指していた僕は「人生のどの段階で見られても恥ずかしくない博士論文を書くぞ〜!」と心に決めた。

だが、いつになってもそんな成果はあがらず、気がついたら博士課程の3年が過ぎてしまった。この時点で査読論文は1stが1本、2nd以下が2本出ていたが、どうも手持ちのデータに無理やり体裁をつけた感が否めず、「これで博論を書いたらずっと後悔する」というのが体感でわかった。

結局そのまま大学院を満期退学し、別の大学で研究員となった。とりあえず経済的な安定が得られたので、ここに在籍しながら満足いく研究成果を挙げ、ちゃんと納得のいく形で博士号をとろう、という腹づもりだった。オーケイ、多少の遅れはあるものの僕の人生計画は想定通り(メガネクイー)と。

ところがここで想定外が起きる。院生時代に書いたSF小説が書籍化され、それが結構売れてしまったのだ。そのまま2冊目の発売、デビュー作の漫画化、新作の連載などが相次いで、気がついたら博士論文に取り組む時間が皆無になってしまった。というわけで研究員の任期が切れるとともに僕は研究者としてのキャリアを終え、博士号はとれずじまいとなった。

無事に小説家として食えるようになったが、未だに足裏の米粒がとれないような気持ち悪さは続いている。あの頃もう少し上手く立ち回っていれば、という感情はずっとある。ただ、「ふさわしい成果が出るまで博士号をとらない」というのは我ながら良い判断だったと思っている。


1月4日 水

「正月明けたらやろう」と思っていた諸々(歯医者とか)に連絡するが「誠に勝手ながら、5日まで正月休みをいただいております」と自動音声にアナウンスされた。みなさん「5日までは正月休み」です。常識をアップデートしていこう。

VR で国際宇宙ステーション(ISS)内を歩き回るゲームがあったので、Meta Quest 2 にインストールしてやってみた。コントローラーで無重力空間を回しながら動き回るもので、とんでもなく酔うけどそのあたりもリアリティがあって良い。そして VR なので空間としての広さが体感で伝わってくる。思ったよりは広いけれど、この空間に6人で半年暮らせと言われるとキツそうだ。

ISS はVR体験する必然性のある施設だ。そういう施設はそんなに多くない。ライブ会場とかは一度行ってみたことがあるが、前の方の客が邪魔でステージがよく見えないし、普通の液晶モニタで動画配信見てる方がいいなと思った。みんなで同じものを見る一体感は僕も好きだが、視界いっぱいのデフォルトアバターよりも同時接続数を見ている方がそれを感じられる。


1月5日 木

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