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電車に乗ってチバニアンを見に行った

タイトルを見て「いや『チバニアン』は時代であって場所じゃないだろ。タイムスリップでもしたのか?」と思った人はまことに正しいが、その正しさゆえに豊かな人間関係を犠牲にした可能性も直視すべきだと思う。

というわけで今回は「チバニアン」という地質時代の命名のきっかけとなった千葉県・養老川の地層を見に行った話。略して「チバニアンを見に行った」話である。

2020年の国際地質科学連合において地質時代の新たな名称が「チバニアン」すなわち「千葉時代」に決定し、千葉県が賑わったことは記憶に新しい。「知らなかった」という人は新しく記憶してほしい。

「千葉時代」は更新世の中期。北京原人が中国をうろついていた頃で、77.4万年前から12.9万年前の64万年間を指す。奈良時代が84年きりで終わったのに比べるとすさまじい規模感だ。「桁違い」という言葉があるが4桁も違うことはそうそうない。

また奈良時代のはじまりが平城京遷都、すなわち日本国内の政治的事情だが、千葉時代のはじまりは地球の地磁気逆転である。その意味でも千葉のほうがスケールが大きい。

ただし公平を期すために言うと、千葉時代の千葉はあくまで地層が見つかった場所であり、千葉がその時代にとって特別な意味を持つ場所だったわけではない。もし北海道のヤリキレナイ川付近から地層が発見されていれば「ヤリキレナイ時代」になっていたはずである。

今回は鉄道旅行であり、まずは千葉駅に行く。駅ナカのカフェでモンブランを食べる。食器類が引き出しから出てくるのがなんか面白かった。

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読書をしていたら隣のスーツ客が「助かった……」と声を漏らして、何事かはわからないが「助かってよかった」と思った。自分もときどき往来で声が漏れるのでこういう人には親近感を持つ。

せっかく千葉駅にきたので千葉都市モノレールに乗る。今回の経路とはまったく関係ないが、これは鉄道ファンでなくてもアトラクションとして楽しめる公共交通機関だと思う。まず見た目のインパクトがすごい。線路に乗るのではなく線路から吊るすのである。

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「懸垂式モノレール」というタイプだが、車内から見ると市街地の空を飛んでいるような格好になるため Urban Flyer というしゃらくせえ公式愛称がついている。鉄道業界には覚えづらく呼びづらい愛称をつける謎の文化があるが、これは使いやすさはさておき「上手いこと言ってる感」はある。

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落ちても骨折くらいで済むな、という高さをスーッと飛んでいく。信号機を上から見る機会はあまりない。どこにでもある日本の都市風景を普段と違うアングルから見ていると、世界の立体感が増してくるような気がする。

モノレールを乗り終えると、外房線で太平洋側に出ていすみ市へと向かう。トレーラーハウスのホテルが面白そうだったので泊まる。

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3.11 の原発事故以来どうも自分は「土地の永続性」というのがいまいち信じられず、「何かあったら一切合財持って逃げ出せる」という状態を好むようになった。トレーラーハウスの移動性はそれを体現している感じがして不思議な落ち着きがある。現実的には賃貸住宅を転々するほうが効率的だろうけれど。

外見に反して意外と断熱性がしっかりしていたし、新しいホテルなので水回りも綺麗だが、全室ダブルベッドで2人で泊まっても同一料金のため、1人だと損した気分になる。腹いせに全室備え付けのマッサージチェアをたっぷり30分使い、『あせとせっけん』を読み直す。

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翌朝、大原駅からいすみ鉄道に乗る。1両編成のディーゼル車が停車時からゴトゴト動いてエンジンを温めており、「これぞ第三セクター」という感じがしてとても良い。田んぼや森の中を突っ込んでいく感じも、線路沿いにある謎の建物もよくて、車内の掲示物にしても「いい感じを楽しむための鉄道です」という雰囲気を全面に出している。

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今回はいすみ鉄道に乗るために外房線経由というわけのわからない経路を使っているわけだが、ローカル線全般に言える「公的資金を投入するべき住民の足である」と「田舎風景を楽しむ観光地です」という微妙に矛盾してそうな立場に人間社会のなんともいえぬ味わいを感じる。

上総中野駅で小湊鐵道に乗りかえ、乗車券を車内で買ったら「甲冊」というものをもらえた。290円の区間なので「200」と「90」のところに穴を開ける、というシステムらしい。素晴らしいアナログ感だ。もっと現代的で効率的なやり方がありそうだけど、おそらく効率を求めて小湊鐵道に乗る人はあんまりいない。

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これは降車駅で回収されるが、記念品として持って帰ることも可能らしい。試しに「甲冊」で検索したらメルカリでたくさん売られていた。他人の旅行の記念品なんて持ってて楽しいんだろうか……?

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上総大久保駅は自分の利用した駅のなかで「秘境度」トップクラスに入ると思う。トイレだけやたらと綺麗なので助かった。ちょうど地域で芸術系イベントをやっていて、その一環で建てられたらしい。古いものは全体的に好きだが、OSとトイレだけは新しいほうがいい。

ここから地層まで歩く。天気もよく山並みの風景が気持ちいい。歩道がほとんどない上に途中何箇所かで道路工事をしており、片側交互通行の信号(カウントダウンが付いてるやつ)を徒歩で通るというちょっとレアな経験をした。

交通整理のおじさんに「どこ行くんだい?」と聞かれ、「チバニアン」と時代名を言うのは不正確なので「千葉セクションにです」と地層の名前を言ったところ、「は? 千葉アクション?」てなことを言われて少々苦労をした。

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歩いて行ったら思いっきり「チバニアン」と書かれた看板があったしバス停の名前にもなっていた。たぶん地元的には「チバニアン」は地名でいいと思う。

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「地層に行く前にビジターセンターにお立ち寄りください」とわざわざ書いてあったので行った。「ビジターセンター」というので黒大理石ガラス張りの現代建築を想像してしまったが、さすがに地質年代というコンテンツひとつでそこまでの予算はつかないようで、建築現場の隅にありそうなコンテナハウスだった。

チバニアンに関する資料が展示されて、スタッフの方がかなり丁寧に説明していた。缶バッチのガチャなどもあった。なぜか沖縄の軽石も展示されていた。ここから10分ほど歩いて、地層の露出している川まで下っていく。

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農業用モノレールがあった。岩石を運ぶのに使うのだろうか? 一度でいいからこれ乗りたい。(徳島県で乗れるらしいのでいつか行きたい)

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ぱっと見はなんのことのない崖だが、これが何なのかといえば地磁気逆転の記録である。等間隔に打ち込まれている杭はサンプル採取の跡らしい。

地球はおおきな磁石である、というのは小学校で習うのでご存知かと思うが、実はこのN極とS極はときどき入れ替わる。一番最近の入れ替わりが77万年前に起き、千葉の地層がそれをいい感じに記録しているため、77万年前以後の地質年代がチバニアン(千葉時代)となった、とのことである。

なんで77万年も前の磁場がわかるのかと言えば、溶岩が冷えて固まる際に、内部の磁鉄鉱などが地磁気の向きに揃うからである。いったん固まってしまえば地磁気が変動しても動かないので、岩石の年代さえ特定できればその時代の地磁気がわかるという寸法である。テープレコーダーやハードディスクと同じ仕組みだ。

なお地球の地磁気はここ200年一貫して減衰しており、このペースで減り続けると1000〜2000年後には地球の地磁気はゼロになってしまうらしい。そうなると太陽から吹き付ける荷電粒子が遮断できなくなり、電波通信に相当な悪影響がある。

地磁気の変動は複雑かつ未解明で「このペースで減り続ける」必然性はあんまりないのだが、1000年後まで人類文明が存続していれば、なにかしら対策が取られるかもしれない。まあ気候変動対策ほど難しくはないだろう。

より詳しく知りたい方はブルーバックス出ている本を参照してほしい。「伊能忠敬が地図を作った時代はたまたま磁北極が北極と一致していて、それが地図の正確さに貢献した」という話が面白かった。


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ひとしきりチバニアンを見たあと、すぐ近くの古民家風カフェでカレーを食べ、月崎駅から小湊線に乗って帰った。撮り鉄の人気スポットらしく太いカメラを抱えた人が大勢いたが、入場券を向かいのヤマザキショップで買えというのがなんとも斬新だった。

以上、「電車に乗ってチバニアンを見に行った」話でした。

「いや、小湊鐵道はディーゼルだから電車ではなく気動車なのでは?」と思った人はまことに正しいが、その正しさゆえに豊かな人間関係を犠牲にした可能性も直視すべきだと思う。ということを最後にもう一度言っておく。

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